星野佳路氏の「(GoToで)高価格施設ばかり利用されたということではなかった」は正しいか?
本記事はGoToトラベルの是非について取り上げるものではなく、昨年のGoToトラベルが高価格帯の施設ばかりに恩恵をもたらしたか否かの考察であることをはじめに断っておく。
高価格施設ばかり利用されたということではなかった?
2月10日に観光庁から興味深いデータが出された。2020年7月~10月のGo To トラベル事業における利用実績について、一人あたり泊の宿泊代金を利用価格帯分布でまとめたものだ。
これを見ると、5000円未満が25.8%、5000円以上10000円未満が41.1%で“10000円未満が計66.9%”を占めることがわかる。一方、20000円以上は11.4%、内3万円以上に限ってみると4%に過ぎない。これについて、数多くのメディアで観光についての提言や発言をされている星野リゾート代表の星野佳路氏がツイート、賛同するレスポンスをはじめ疑問を呈するものなど様々な意見が寄せられた。
GoToトラベル(以下「GoTo」とする)に関しては、キャンペーン時に高級宿へ人気が集中しビジネスホテルなどの低価格帯は割を食っているという報道が多くなされた。星野氏のツイートがそうした指摘を念頭においたものかどうかはさておき、冒頭のグラフを見ると低価格帯の施設が多く利用されており、「高価格施設ばかり利用されたということではなかった」という星野氏のツイートは正しく、確かにグラフを“絵”としてみた場合に低価格帯のボリュウムは相当であったことがわかる。
今回はこのツイートに端を発した形になるが、果たしてGoToトラベルは高価格帯の施設へ恩恵をもたらしたか否かの考察もしてみたいと思う。
高級宿の軒数・割合は?
一方で、当時多く報道されていたのは「高価格施設ばかり利用されている」という実質的な利用率の話ではなく、高い宿の方がお得感が高いという制度設計から、高級ホテルへ人気が集中、GoToトラベル活況にあってビジネスホテルなど低価格帯の稼働が芳しくないというものであった(高価格=高級施設か否かに考察ついては別の機会に譲る)。当時はキャンペーン中ゆえ全体を纏めたデータはないわけで、一部現場の声や心象的な取り上げられ方がなされており、すなわち利用された総数ではなく高級施設に恩恵が偏っているか否かというニュアンス的な問いであったと記憶している。
恩恵という点を考えると、各価格帯の分母(施設数)はどのくらいなのだろうと思った人も多いだろう。すなわち、高級施設は何軒(何室)あって低価格帯の施設は何軒(何室)あった上での利用率だったのかという前提である。筆者は統計学の専門家ではないが、冒頭の価格帯分布図を眺めていると素人目にも単純にそうしたデータは気になるところ。
ところで、日本に宿泊施設とされるものはどのくらいあるのだろうか。Hotel Bank(メトロエンジン株式会社)のデータによると、日本全国に宿泊施設数は5万1987施設、部屋数にして162万5219室とされる(日本全国ホテル展開状況/2020年1月現在)。他方、ホテルと旅館を合わせた3万円以上の室数については、シンクタンクなどのデータから全国約160万室のうちおおよそ2万室とされる。宿泊施設全体の1.2%ほどだ。
宿泊施設とはいっても様々な形態があるが、上記の全国宿泊施設総数のうち一般的に認知されているシティホテル、ビジネスホテル、リゾートホテル、旅館に限ると2万5221施設/130万9622室とされる。その他、OTAの掲載件数や繁閑価格帯など様々なデータから計算すると、GoToトラベル登録施設のうちおおよそ1.5%~が3万円以上の高級施設だったとみることができる。これらはあくまでも筆者の推計であるが、1.5%の宿に4%の利用という数字の捉え方や高級という定義も含め、考えは人それぞれであることは言うまでもない。
稼働率押し上げ効果はどのくらい?
本記事における問題提起の発端は「GoTo期間中の指摘は高級施設に恩恵が偏っているか否か」であったと前述したが、冒頭の利用価格帯分布データから、3万円以上の利用率は4%程度なので恩恵というほどにはあたらないという主張もあり、利用率という点を鑑みるとそれはそれで理解出来る部分もある。一方、恩恵という視座でさらに考えた場合、単純に利用価格帯分布だけではなく価格帯別に稼働率押し上げの効果を比較することが必要といえる。
この点について纏めたデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーのデータがある。検証によると期間中に提供された客室数は延べ約81万室、高級宿を見た場合に1室2人利用と仮定するとGoToで約37.7万泊分活用され、結果GoToにより高級宿の稼働率は46%押し上げられた計算になるという。一方で3万円未満をみた場合、冒頭のデータにもある通りボリュウムゾーンである1万円以下にはビジネスホテルも多く含まれるので(1人利用も多いことから)1室1.5人で計算、押し上げ効果は15%弱にとどまったとする(2020年12月28日/時事通信)。
この数字をみると、ビジネスホテルを中心とした低価格帯施設は、その軒数はもとより客室数の多さも特徴であるが、GoToの限られた効果を多くで分け合っていたという印象を持つのは筆者だけであろうか。さらに、各価格帯での利用金額とそれぞれの占める割合に加え、(冒頭のデータは宿泊単品によるということなので)パッケージなどのデータを加味する必要もある。GoTo全体のデータが出そろうまでは時間を要するだろうが引き続き注視していきたい。
タイトルの答えとしては、利用価格帯分布のグラフから「高価格施設ばかり利用されたということではなかった」という星野氏のツイートは正しいが、同時に今後のGoToあれこれを考えるに当たり、恩恵という点では高級施設に偏る傾向があったのではないかと推考してみることも大切かと思料する。
憧れの宿という魅力発信
GoToで高級宿に恩恵があったのか否かについてみてきたが、割引とはいえ利用者は相応の金額を支払う必要がある。最も重要な視点はそういう機会だからこそ行きたいと思わせる宿であるか否かということだ。今回の記事では星野氏のツイートを引用させていただいたが、星野リゾートを例にすれば「一度は行きたい憧れのブランド」という人は大変多く、全軒制覇を目標とする知り合いもいる。
筆者も多くの施設を取材したが、日々ゲストの満足度を高める現場の努力を知るにつけ頭が下がる思いになる。GoToの制度設計が功を奏したのか否かは別にしても、これまで積み重ねてきた顧客満足度の充足やブランディングなどトータルなポテンシャルが、結果としてGoToの集客効果を何倍にも高めていると評することが出来る。
他方、GoToは「そもそも高級宿へ誘引することが前提の制度だった」と憤る(低価格帯施設の)関係者もいる。また、宿泊業全体の救済キャンペーンということからも、(GoToを再開するのであれば)価格帯別に利用上限を設けるなど制度を見直す必要があるとする主張も見られる。確かに、賛否渦巻くなか貴重な財源から捻出されるキャンペーンということからも、公平性が尊ばれるのは当然といえる。
いずれにしても、仮にGoTo再開ということになれば、観光・宿泊業全体へ機会や条件が(そもそもビジネスとは機会の均等が要素にあるのか否かは別として)より均等化するキャンペーンになることが求められる。無論、これ以上複雑な制度になることは決して誉められないが、様々な角度から昨年のGoToをいま一度精査する必要があるのかもしれない。