ある日、夫が消えた。〜「あなたは悪くない。自分を責めないで」
中国当局に突如、身柄拘束され国家政権転覆罪で有罪判決を受けた弁護士、王全璋(44歳)。夫の生死さえ分からない絶望の中で、事件が闇に葬られないよう声を上げ続けた妻、李文足(35歳)。妻や息子も当局の圧力を受け続けた壮絶な闘いの日々だった。刑期を終え5年ぶりに自宅に戻った夫に、妻は「自分を責めないで」と声をかけた。
「妻は強くなった」と夫は笑った
国家政権転覆罪で懲役4年6か月の実刑判決を受けた人権派弁護士、王全璋は、今年4月出所し、北京の自宅に戻った。2015年7月、突如、夫が音信不通になってから、5年間、妻の李文足は情報を求め奔走し、行動し、声を上げ続けた。
今年7月、取材に応じた王全璋は、ソファに並んで腰掛けた妻、李文足を見てこう言って笑った。
「妻がこんなに大きく変わっているとは思ってもなかった。(自分が)拘束される前、妻は非常に弱い女性で、メロドラマをよく見ていて、社会の現実にはあまり関心がなかった」
李文足はそれを聞き、「今も非常に弱いよ」と夫の肩にしなだれて、笑った。王全璋は、こう続けた。
「彼女はずっと私のため声を上げ続け、大きく変わった。成熟し強くなった」
子供を学校に行かせない当局の卑劣な手口
李文足は、2019年6月に最初の面会が許されて以来、毎月1回、服役中の夫との面会に向かった。李文足は、王全璋が面会を重ねるごとに、落ち着きを取り戻し、彼女の話にも耳を傾けるようになったと明かしていた。ただ、体は痩せているのに、顔が浅黒くむくんでいるように見えた。夫は、刑務所内での生活については「良い」としか言わないので、本当のことを話しているとは思えず、健康状態が一番の心配だった。
「(息子の)泉泉が作ってくれたの。すごく優しい子なんです」
えへへ、と悪戯っ子のように笑って、李文足が左手の薬指にはめた銀色の指輪を見せてくれた。2019年10月、5回目の面会に向かう前の晩だった。その横で、当時6歳の泉泉は、テレビから流れるアニメに見入っていた。
しかし、泉泉の学校の話に及ぶと李文足の笑みは涙に変わった。警察は、王全璋と李文足の息子である泉泉を受け入れないよう、小学校にも圧力をかけたという。
「子供が学校に通う権利を奪われたと知った時、とてもショックでした。警察はそのように私たちを脅し苦しめているけど、私たちはそれに立ち向かっていくしかない。最初の頃は、他の子供たちは学校に行っているのに、自分の子供が家にいるのを見るのは非常に辛かった」
そんな李文足を支えたのは、弁護士らの妻たちだ。2015年7月9日を境に中国当局は、王全璋を含む人権派と呼ばれる弁護士や市民活動家を一斉に拘束した。中国で「709」と呼ばれる当局による一連の弾圧の対象とされた者たちの妻である。この日は、北京から同行した3人の妻、そして現地で合流した王全璋の実姉と共に、王が服役している刑務所の近くの町に1泊した。
夜は、自炊し皆で食卓を囲んだ。泉泉もすっかり皆になついていた。笑い声も起きる賑やかな晩餐の様子は、1つの家族のようだった。
一斉拘束された弁護士・謝燕益の妻で、常に李文足と行動を共にしてきた原珊珊はこう話した。
「(李文足を)応援すれば、当然当局から圧力を受けます。尾行されたり、監視されたりします。しかし、私たちには良心、良識があります。『709』の家族たちは最初から今日まで互いに抱き合い、ぬくもりを取り合ってきました。それしか選択肢がなかったからです。互いに支え合わなかったら、それぞれの家庭がすでに既に壊されていたはずです。それぞれの家庭の存続のためにも、立ち上がるべきなのです」
妻は「あなたは悪くない」と夫に声をかけた
こうした友人たちに支えられ行動を続けたこの5年間で、泣き虫だった李文足は、確かにとても強くなった。
「彼女は本当に努力をしてきたんですよ」と私が言うと、王全璋は黙ってうなずいた。李文足は、「ありがとう。あなたたちの話は私にとって大きな励みになります」と涙ぐんだ。
李文足は夫の横でこう言った。
「彼は家に戻ってきた後、よく『自分は君たちに悪いことをした、すまない』と言うんです。でもここでもう1度強調したいのは、そんな考えは捨ててほしい。自分を責めないでほしい」
そして夫の方に向き直り、こう続けた。
「私たちはあなたを責めない。あなたの責任ではない」
王全璋はその妻の言葉をただ黙って聞いていた。
この日、王全璋と李文足へのインタビューは2時間に及んだ。その最後に王全璋はこう言った。
「2016年に弁護士たちが次々と釈放された時、私も楽観的に思っていた。いつでも出られるだろうと。でも、案件にかかわった人たちは自分たちのメンツのため私を監禁し続けた。その点から言うと私は負けた。
しかし、別の面で得たものもある。自分の尊厳を保つことができたし、この闘いを通じて周りの人々や社会の支持を得られた。それがまさに大事なことだった」
その言葉に李文足は頷いた。子供を諭すように優しく微笑んだ彼女のその時の表情を、私は一生忘れないであろう。
家の壁には、虹の下で家族3人が並んでいる絵が貼ってあった。泉泉が描いた絵だ。2人の大人の真ん中でバンザイをしている子供の頭上には大きなピンク色のハートが浮かんでいた。
家族が共に暮らす。そんな当たり前の生活さえ、ある日、突然消えてしまう。中国で弁護士らがおかれた状況には、李文足らの発信もあって、国際社会も懸念を示し続けてきた。しかし、一斉拘束から5年を経ても、彼らがおかれた環境は改善されるどころか厳しさを増しているのが現実である。