「ハリポタ」作家の大人向け小説、いよいよ英国で発売へ
ベストセラーの児童向け小説「ハリー・ポッターシリーズ」の著者J・K・ローリングが初めて書いた大人向けの小説「ザ・カジュアル・ベイカンシー(The Casual Vacancy)」が、27日、いよいよ発売となる(邦訳版は12月発売予定)。
映画化もされたハリー・ポッターシリーズだが、その世界的な人気から察すると、新作もベストセラーとなるのは間違いなさそうだ。
出版を前にして、英日曜紙「サンデー・テレグラフ」(9月23日付)がローリングの人生を振り返る記事を掲載した。また、ガーディアン紙(22日付)はローリングにインタビューし、出版前の心境を聞いている。2紙の記事を紹介しながら、作家ローリングに注目してみよう。
突然の成功に遭遇
ローリングは、1965年、英イングランド地方南西部グロスタシャーで生まれた。現在47歳。
南西部デボン州にあるエクセター大学ではフランス語と古典を勉強している。
もともと物語を書くことが好きだったが、ハリー・ポッターの話を思いついたのは、1990年、マンチェスターからロンドンに向かう電車の中であった。
サンデー・テレグラフによれば父との仲は良くなく、難病の多発性硬化症にかかっていた母はこの年の12月、ローリングが25歳のときに亡くなってしまった。
その後、英語教師としてポルトガルに渡り、知り合った現地のジャーナリストと結婚する。娘を一人もうけたが、結婚生活は破綻。まもなくして英国に戻り、妹がいるスコットランド・エディンバラに住むようになった。
生活は社会福祉の給付金でまかなっていたものの、離婚の痛手と貧困に苦しみ、自殺願望まであった。うつ病状態になったローリングはカウンセリング治療を受けるまでになった。
ハリー・ポッターの出版までには複数の出版社から原稿を拒絶され、最終的にブルームズベリー社が2500ポンド(約31万円、今年9月末計算)で買った。当時の編集者はローリングに児童小説を書いて、それだけで生活費はまかなえないだろうから、「教師の仕事は続けたほうがよい」とアドバイスしたという。
サンデー・テレグラフによると、発売直前も精神が不安定になり、カウンセリングを受けだした。発売後の2-3年は、突然の成功に戸惑った。自分ほどに一挙一動が注目されるような著名人の友人がいないことも、孤独感をもたらした。
2001年、ローリングは医師ニール・マレー氏と再婚し、個人的にも新たな人生を踏み出す。
飛ぶように本が売れるという、作家としては最高の環境にいても、今度は「資金面で助けてほしい」というお願いが「津波のように押しよせて」、大きく悩むことになったという。
15年前に初のハリー・ポッターシリーズを発売してから、ローリングは4億5000万冊以上を売り、個人資産は5億6000万ポンドと言われている。慈善事業のために1億ポンド以上を寄付してきたが、「みんなの問題を解決する人物と思われた」ことに大きなプレッシャーを感じたという。
「冷たい人」?
本が売れるにつれて、ローリングへの取材攻撃は熾烈になった。
昨年11月、 新聞業界の文化、慣習、倫理を検証するために立ち上げられた独立調査委員会の公聴会の1つに出席したローリングは、メディア被害について証言している。
ローリングとのインタビューの機会を得るために、ローリングの子供の一人(現在は、娘二人と息子一人がいる)が通学用に使うバッグの中に取材依頼のメモを滑らせた記者がいたという。自分ばかりか、子供にまで「メディアの手が及んだ」この一件を、ローリングはプライバシーの大侵害として受け取った。
また、郵便局の局員や税務署の人間であるふりをした記者が、ローリングの個人情報を取ろうとしたという経験もあるという。自分の家にいても、外に出ればパパラッチに追われるので、「人質のような心境だった」。
こんな取材攻勢が続けば、ローリングがメディアを避けるようになっても不思議はない。
私生活を細かく報道されることを嫌うローリングを、いつしか、英国のメディアは「冷たい、尊大ぶった世捨て人」と呼ぶようになったとガーディアンは書いている。
「本当にありがとう!」
しかし、実際にローリングに会って話を聞いた、ガーディアンのデッカ・エイトケンヘッド記者は別の印象を持ったようだ。
あるホテルのロビーでローリングにインタビュー取材をしたエイトケンヘッド記者は「たくさんの人が通るロビーで、本当に大丈夫?」と、当初思ったようだ。
ところが、ローリング自身はまったくこれを意に介さない様子。会話に熱中して声が大きくなると、そばについているPR関係者がびくっとしてしまい、「もっと小さい声で話してください」と注意するほどだ。「私って、声が大きすぎますか?でも、夢中で話しているときに、ささやくような声にすることはできないんですよ」と答えたという。
インタビューの前に、記者は既に新刊を読んでいた。「この小説、大好きです」と記者が伝えると、ローリングは両腕を上に上げて、喜びを表現。「本当ですか?とってもうれしいです。本当にびっくりしました。ありがとうございます!あなたの言葉でとっても幸せになりました。ああ、びっくりです」-。まるでデビュー小説を出した作家のような反応をしたという。
ハリー・ポッターのアイデアがひらめいたのは電車の中だったが、今回の小説のひらめきは飛行機の中だった。「突然、地方選挙はどうか、と思ったんですよ。どんなネタだったらよい小説になるのか、体が教えてくれるんです。アドレナリンが一斉に出てくる感じです。ハリー・ポッターのときもそうでしたが、この小説もそうでした」。
「ザ・カジュアル・ベイカンシー」とは
小説の舞台はイングランド中部の架空の村、パグフォード。ある教会区の議員バリーの死から始まる。
パグフォードには低所得者用の公営住宅フィールズがある。俗物根性にあふれた住民たちにとって、フィールズ住宅が自分たちが住む教区の管理下にあるのが気に入らない。そこで、フィールズの責任を隣の教区に押し付けることができる人物を、バリーの後釜として議員に選択しようと思いつく。この選挙ドラマの中で、さまざまな人間模様がつづられてゆく。
小説が批判の対象とするのは、英国の中流階級だという。「私自身が中流階級に属しているので、自分が一番よく知っているし、最も気取りや見せ掛けが多いのが中流階級だからです。最も可笑しさを誘うのもこの階級です」。
もっとお金をもうけることには興味がない?
ガーディアンの記事によれば、ハリーポッターの成功で、次から次へと「商機」の話を持ってくる人がいるという。しかし、書く事を最上の喜びとするローリングにとって、ビジネスの会議は「とても退屈」だという。「こうすればもっとお金がもうかりますよ」という話には乗らないのだという。
今回の新しい小説も「どれぐらい売れるか」ということにまったく興味はないそうだ。
それではなぜ、この小説を書いたのだろう?
児童小説をたくさん売ったために、普通の大人向けの小説は書けないだろうという文学評論家が少なからずいる。この批判をかわすために、大人向けに書いたのだろうか、とガーディアンの記者が聞く。
ローリングによると、「違う」という。「私は書けるのだ」ということを示すためにこの小説を書いたわけではない、と。「そういう理由で小説は書けない」からだ。
「どうしてもこの小説を書きたかったから、書いたのです。この小説が好きだし、誇りに思っています。自分としてはそれで十分です」。
この小説を出して、最悪の事態は「なんてひどい小説なんだ。だから子供向けだけに書いていればよかったんだよ」といわれることだという。実際にそうなったら、「祝賀パーティーを開いたりはできなくなりますね」、でも、「これからも生きていきますよ。ええ、そうしますとも」―。