デジタル化の謎が解けた、今後も成長し続けるアナログ半導体
長年、「デジタル化」という言葉に違和感を覚えてきたが、IoTとデジタルトランスフォーメーションの登場で、ようやくその意味が解けた。長い間の違和感とは、アナログICが成長し続けていることであり、これからも成長し続けることにある。デジタルと言われるこの時代になぜ、アナログICが売れ続けるのか。IoTやデジタルトランスフォーメーションにとって、アナログICは欠かせないデバイスだからである(参考資料1)。
では、なぜデジタル化にアナログICが欠かせないのか。この疑問に対して、言葉の使い方の違いに気がついたのだ。いわゆるデジタル化やデジタルトランスフォーメーションとは、デジタルICやアナログICなどの半導体チップを駆使して、社会の問題を解決することである。経済産業省のホームページ(参考資料2)に長々とデジタルトランスフォーメーションの定義が掲載されている。それによると、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジ タル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とある。これはもっと平易にいうと、「半導体とエレクトロニクス技術を用いて社会を変革し競争力を持つこと」になる。
すなわち、デジタル化やデジタルトランスフォーメーションに必要なテクノロジーが半導体・エレクトロニクス技術であり、半導体・エレクトロニクス技術をデジタル化と言い換えているだけにすぎないのである。
半導体やエレクトロニクスという言葉は古いという印象を持つらしい。現実に、大学に学ぶ理系の学生には、電子工学ではなく、機械工学が人気あるという。機械工学はロボットの研究ができるのに対して、電子工学は日本の半導体産業に象徴されるように古臭いイメージを持つからだそうだ。電子工学や半導体はこれからのデジタルトランスフォーメーションのキモになるテクノロジーだ。ロボットは目に見えるが、電子工学や半導体は見えないことも、学生の専攻選択に影響を及ぼすようだ。実はロボットでさえ、中身はエレクトロニクスやアナログ半導体が多数使われている。
デジタルトランスフォーメーションの中核となるIoTシステムは、図1のように、IoTセンサがあり、そのデータをクラウドに送り、クラウド上で分析し、ユーザーの下に「情報」として届けるという仕組みだ。ハードウエアとして、データを拾って送るIoTセンサ、クラウドに上げるためのネットワークに飛ばすトランシーバ、クラウドを実現するデータセンターの巨大なコンピュータシステム、分析した「情報」をユーザーの下に届けるためのトランシーバなど半導体チップはかなり多い。この間、ゲートウェイを通せばゲートウェイを作るためのエレクトロニクス・半導体も必要になる。
IoTシステムは、ハードウエアから、ソフトウエア、データ分析とそれに必要なAI技術、データを上げたり下ろしたりするための無線通信技術(今後は5G)、これらをまとめるオーガナイザ、などからなる総合技術である。1社で全て賄えるシステムではない。さまざまな企業が参加するエコシステムが必要となる。
吸い上げるデータが工場内の機械の振動や温度、湿度、流量などであれば、インダストリ4.0につながるし、空気中のダストや気温、湿度、照度などを検出し街を快適に過ごせるようにすればスマートシティやスマートビルにもなる。水田の水位や水質、温度などを明確に把握し稲の発育状態を予測できるようにすればスマート農業、牛の首にカウベルを着けて健康状況や発情を管理できれば効率の良いスマート酪農になる。働く人の首から下げる名札に赤外線センサや加速度センサなどを取り付けて分析すれば、人の動きがわかりオフィスの生産性を上げるための指針が得られる。これら全て、エレクトロニクス・半導体のハードウエアと、データを収集・管理・保存・分析・可視化するソフトウエアなどを駆使している。
このような仕組みだから、もはやハードウエアしか知らない、ソフトウエアしか知らない、ITしか知らない、ではすまされない。つまり世の中が見えなくなる。この中のデータ分析にはAI(ディープラーニングや機械学習)が欠かせないが、コンピュータサイエンスも未来志向のテクノロジーや考え方に必要である。そしてテクノロジーのコアとなるのが、日本の総合電機企業が捨てた半導体チップである。
特にIoTセンサ端末は、アナログ半導体の塊である。センサ、そのインターフェース、センサハブ、アンプ、デジタルモデム、送受信回路、パワーマネージメントIC、デジタル部分はMCU(マイコン)だけ、と言っても差し支えない(図2)。
IoTセンサからのデータを無線通信で基地局へ飛ばし、さらにクラウドへ届ける。基地局では、華為、エリクソン、ノキアなど通信機器メーカーが独自に開発した半導体チップが活躍する。コンピュータやストレージの塊があるクラウドではCPUやメモリ、ストレージのデジタル半導体だけではなく、やはりアナログ半導体が活躍する。特に電源となるアナログのパワーマネージメントICがなくてはコンピュータもIoT端末も動かない。
日本の低迷感は、こういったハードウエアとソフトウエアの総合技術の弱さ、半導体を軽視してきた罰、革新的なアーキテクチャの乏しさ、などの要因がある。本質を見極められなかった総合電機の経営陣や、強かった製造業をないがしろにしてきた政府など、反省すべき点は多い。
(2019/09/14)
参考資料
1. 「デジタルトランスフォーメーション~推進役はアナログ半導体」、Tower Jazz Technical Global Symposium 2019