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イスラーム過激派の対日脅威の兆候を見逃すな!

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
一部は確実に復興局面に入ったシリア。一般人の生活水準の改善は急務だが…(写真:ロイター/アフロ)

はじめに

「シャーム解放機構」(シリアにおけるアル=カーイダ。旧称「ヌスラ戦線」)傘下の自称報道機関「イバー通信」が、日本政府による対シリア復旧支援事業を非難する記事を掲載した。記事は、日本政府が4日(日本時間)にUNDPと「東グータにおける人道的早期復旧及び強靱性強化計画」(5億5700万円を限度額とする無償資金協力)に関する交換公文の署名式を行ったと発表したことを指す。

「イバー通信」による対日非難記事
「イバー通信」による対日非難記事

  記事そのものは、「イバー通信」自身の論評も「シャーム解放機構」の見解も含まないよう、「活動家たち」が日本政府の事業を非難する体裁をとっている。しかし、イスラーム過激派の広報の在り方や「イバー通信」の位置づけに鑑みれば、これは反日プロパガンダとして軽視できないものと思われる。

「イバー通信」の位置づけ

 イスラーム過激派諸派は、2000年代にはいるとインターネット上での動画・音声・画像の発信を強化した。彼らは、最初は「広報委員会」のような組織の一部として、後に「広報製作機構」の組織を整備して情宣活動を行うようになった。最近では、「イスラーム国」の自称通信社「アアマーク」に代表されるように、「報道機関」を偽装したり、特定のニュースサイトにだけ情報を発信させたりする形式も目立っている。

 「イバー通信」は、直接「シャーム解放機構」の声明類を発信するわけではないが、同派を宣伝したり、「シャーム解放機構筋」の話として同派の意向や関心事項を伝えたりしている。彼らは一見するとシリアの「反体制派」、「革命勢力」的な態度で情報を発信しているが、それは「反体制派」を偽装してイスラーム過激派としての性質を隠蔽し、シリア領内に確固たる活動基盤を構築しようとする「シャーム解放機構」の方針に沿ったものと思われる。例えば、「シャーム解放機構」とその他の「反体制派」とが対立した際は、前者を正当化する論調をとる。つまり、「イバー通信」のネタの選択や論調・表現ぶりは、「シャーム解放機構」の意向を汲んだものと判断すべきなのである。

 今般の記事は、「活動家」の発言として「(日本政府は)犯罪政権(注:シリア政府のこと)に破壊と殺戮の報奨を与えた」と非難した。シリアの「反体制派」にとって、シリア政府の制圧下に住むシリア人は、「独裁政権による弾圧や虐待に押さえつけられ、恐怖の中で暮らしている」人々のはずであり、「反体制派」の占拠地域やシリア国外にいるシリア人よりも厳しい環境にあると認識されるべき存在である。ここで、どのような主体が何をしようとも「独裁政権」への支援であり、いかなる形でも一般のシリア人の生活状況の改善・復旧のための事業を認めない、というのは何とも視野の狭い行為に見える。それどころか、今般の「イバー通信」の記事は、「反体制派」を称するイスラーム過激派や犯罪集団にとって、実は一般のシリア人が置かれている状況やその改善のための努力というものは関心事ではなく、単に自らのプロパガンダと敵方を貶めるためのネタでしかないことを如実に示すものとして興味深い。

イスラーム過激派は普段日本になんて感心ない

 実は、ビンラーディン、ザワーヒリーら今や古株となった活動家から、「シャーム解放機構」、「イスラーム国」などの諸派に至るまで、イスラーム過激派が攻撃・非難の対象として日本に言及することは、皆無でないが現実にはほとんどない。日本や日本政府の政策に言及することもほとんどない。ただし、これはイスラーム過激派が「いかなる犠牲やコストも顧みずに日本人・日本権益を攻撃対象として探し出したり付け狙ったりしていないようだ」、という意味であり、イスラーム過激派が「絶対に日本人や日本権益を攻撃しない」とか「何かの折には日本人を見逃してくれる」などということでは決してない。以前も用いた言い回しを繰り返すが、イスラーム過激派から見て日本や日本人が敵方に分類される理由は、その時々の日本政府の政策や動向、個人や企業の振る舞いに起因するものではなく、世界を「正しいムスリム対不信仰」の二分法でしか認識できないイスラーム過激派の思考・行動様式に起因する。イスラーム過激派が通常日本にほとんど関心が無いとしても、彼らが日本は「攻撃対象として、プロパガンダの素材として“おいしい”」と認識すれば、関連の活動をどんどん強化するであろう。

 これまでも、日本に対してさしたる関心を示さないイスラーム過激派も、彼らにとって「おいしいネタ」があった時や、日本側からイスラーム過激派に対し何か問いかけた時には当然のように反日扇動・宣伝・脅迫をしてくれた。日々のモニターにおいては、論理的には日本もそこに含まれる「十字軍とその仲間」のような表現にも多少気を遣うし、攻撃対象として特定の場所や施設が挙げられた場合は偶発的な巻き添え被害も心配しなくてはならない。さらに、日本社会のいずれかから、イスラーム過激派への「ネタ」の提供がないかも、実は非常に気になる問題である。だからこそ、今般の「イバー通信」での日本のシリア復旧支援への言及は異例だし、非常に嫌な気持ちになる動きなのだ。

打ち出の小槌もなければ夜中出てくる小人もいない

 日本を含む各国の政府がシリアに対してどのように振る舞おうが、個々人がシリア紛争やその当事者に対してどのような意見を表明しようが、それは各々の責任であり、本稿の関心事でもない。しかし、イスラーム過激派の対日関心・対日脅威を高めるような現象や行為は看過できない。

 今後しばらくは、「シャーム解放機構」が直接的な反日宣伝や対日攻撃に出るか否かだけでなく、「イバー通信」の記事がイスラーム過激派やそのファンの間でどのような反響を呼ぶのか、警戒を要する。それに必要な情報や判断材料は、それなりに長期間の、それなりに継続的は、それなりに真剣な観察を通さなければ得られない。また、これまでのイスラーム過激派の動きについての情報が集積されていることも不可欠である。これらは、普段全く関心が無い者が気まぐれにちょっとのぞけば適切な材料がすぐ見つかる、などという都合のいいものではない。イスラーム過激派への警戒、という文脈では、些細なものでも兆候を見逃さない観察力・分析力の強化こそが「情報収集の強化」である。「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派は、再び長期低迷期に入ったように思われる。しかし、だからと言って監視の手を緩めていいわけではない。今般の記事を、イスラーム過激派対策に限っても「のど元過ぎれば熱さ忘れる」を繰り返す日本社会と、筆者を含む専門家への注意喚起として重視したい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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