いま東京五輪の”開催都市契約書”を読み返す 中止なら「ファクスに始まりスイス法で〆」か
その”重要資料”はどこかの金庫に厳重に保管されているわけではない。見ちゃいけないものでもなんでもない。
「東京オリンピック開催都市契約」
これ、じつはかなり簡単に入手できる。東京都関連の公式サイトからダウンロードが可能なのだ。
東京五輪を開催すべきかどうか。関連報道が止まらない。13日には大会組織委員会の武藤敏郎事務総長が中止の際の賠償金問題について「考えたことはない。あるのかどうかも、ちょっと見当もつかない」。18日には「『東京五輪の延期・中止』8割以上に/ANN世論調査」。
ここらで一度、原点に立ち返ってみるのはどうだろう。原文に当たってみるのだ。
契約書を今、読み返して大発見があるわけではない。しかしだ。昨今ニュースで言われている五輪中止論について「じつのところはどうなっている」という点の確認にはなる。重要項目を抜粋したうえで、読み返していきたい。
※筆者の読解能力により読んでいきます。法律の専門家の見解ではありません。
日本政府はいったい何してんだ? という話について
本論に入る前にまず再整理しておきたいこと。
日本政府、しっかりしてよという問題についてだ。4月27日の菅義偉首相の会見時の発言には驚いた。ジャーナリストの江川紹子さんの質問に対するものだ。
「東京五輪の開催はIOCが権限を持っています」
「東京大会を開催することを、すでに世界それぞれのオリンピック委員会で決めています」
えっ? 相手がやるというからやるの?
緊急事態なのに本当に東京五輪を開催するの?→菅首相「東京五輪の開催はIOCが権限を持っています」
政府の役割は何なのか。確かに開催都市契約は、「IOC―東京都+日本オリンピック委員会」の間で締結されている。
いっぽうで日本政府の立場も契約書に明記されている。菅首相が「相手がやるからやる」言うほどに無関係には見えない。契約書の序文23項目のなかの7番目(G)にこうあるのだ。
G. IOC は、開催都市と NOC が所在する国の政府(以下、それぞれ「開催国」および「政府」という)が行った、オリンピック憲章および本開催都市契約(以下、「本契約」という)を遵守するという誓約を確認し、特にこれを信頼した。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京) 日本語版 6ページ「序文」より 太字部分は筆者による
つまりは、「東京都+日本オリンピック委員会」の契約の背景には政府の「後ろ盾」があってこそ、ということ。その「遵守します」という後ろ盾が無くなったら、不成立。この項目を読む限り、日本政府からも意思の表示ができるようにも読み取れる。
「開催国の安全」は契約に含まれず!
では、昨今大きな話題になっている「中止」の関連項目について。これは契約書本文の「第11章」に当たる「契約の解除」の項目に多くが記されている。少しだけ長いが、抜粋しながら紹介しよう。
Ⅺ. 解除
66. 契約の解除
a) IOC は、以下のいずれかに該当する場合、本契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有する。
i) 開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず、いつでも、戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、または IOC がその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京) 日本語版 72ページ「解除」より 太字部分は筆者による
中止の権利はIOC側にある、という内容は昨今報じられている通り、契約書にもある。さらには「大会期間中も中止可能」と記されている。これは17日に報じられた「アーチェリー銀メダリスト・山本博氏「オリンピックは前日でも中止できると聞いた」と一致する部分だ。仮に開幕後、選手に感染者が相次いでの「大会中の中止」までも「想定内」ではある。
いっぽうで、IOC側が中止の権利を有する理由として「疫病」は含まれていない。ただし、今回のような新型コロナウィルス蔓延は太字部分の「合理的な根拠」に該当するだろう。
ただしこの太字部分、見過ごしてはならない点がある。
まずは「安全」の対象は「大会参加者」のみに限定されている。開催国の国民については明記されていないのだ! 「開催国が大会の開催によりどうなるか」についてのIOC側の立場は、少なくとも契約上は記されていない。
そして次にIOCトーマス・バッハ会長はこれまで複数回「WHOの勧告に従う」と発言したことがあるが、それはIOCの「逃げ」にも見える。「今の日本の新型コロナ感染状況が上記理由に適するかどうか」は単独の裁量で決められるのだ。情報を基にご自身たちが判断する権限もある。ただし「単独の裁量で決めなさい」ということでもないのだが。
「2020年内に開催」されなかった現状はどう解釈?
解除の章(IOC側が東京都に対し開催都市契約条件を解除できるケース)について、続きを読んでいこう。
ii) (本契約の第 5 条に記載の)政府の誓約事項が尊重されない場合。
iii) 本大会が 2020 年中に開催されない場合。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京) 日本語版 72ページ「解除」より 太字部分は筆者による
太字部分はとても大きなポイントに見える。延期となっている現状は「例外の事態」ということになるのだろうか。だとすると、ここから紹介するこの契約書の以下の項目も「適用外」扱いとなり無効化という面も出てくるのだろうか。
2020年3月24日に「1年延期」が決定した際、当時の安倍晋三首相がバッハ会長側に提案し、これが受け入れられたと報じられた。「そもそも例外の事態を先に提案したのは日本だった」という点が今後、中止の場合の状況に影響を及ぼすのか。このあたりは法律の専門家の分析に耳を傾ける必要がある。
その時…ファクスが届くのか
さらに続きを読んでみよう。
iv) 本契約、オリンピック憲章、または適用法に定められた重大な義務に開催都市、NOC または OCOG が違反した場合。
v) 本契約第 72 条の重大な違反があり、是正されない場合。
b) IOC が本契約を解除し、本大会の中止を決めた場合、(IOC がその単独の裁量で、緊急の措置が必要ないと決めた場合)次のように進行する。
i) IOC が上記第 66 条に定める事由が生じた、または生じている(または合理的に生じそうである)と判断した場合、IOC は、書留郵便、テレファックス(確認用コピーを書留郵便で送ることを条件とする)または配達証明付きの国際宅配便で、開催都市、NOC および OCOG に対し連名でおよび/または個別に通知し、当該当事者の一部またはすべてに対し、IOC が特定した事由に開催都市契約 第 32 回オリンピック競技大会(2020/東京)ついて、その通知の日付から 60 日以内に是正または改善するように求める権利を有するものとする。ただし、IOC が通知を送付した日において、本大会の開会式までの残余期間が 120 日を切っていた場合、上記の 60 日の期限は通知送付日から開会式までの残余期間の半分に減らされるものとする。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京) 日本語版 73ページ「解除」より 太字部分は筆者による
中止(契約解除)の場合、まず連絡は「テレファクス」...つまりファクスで届くことになっているのだ。現実になった場合、報道では「ファクスの写し」の写真や映像が証拠として伝えられるだろうか。
いっぽうでIOC側はこの通達の際、「60日以内に開催都市側に改善するよう求める権利も有する」としている。今回の事例にあてはめるのなら、東京のコロナ感染状況について「本当に開催したいのなら、状況の改善」を求める権利もあるにはあるのだ。しかしこれは行使されず、5月14日の時点で開幕日まで「あと70日」となった。
事務総長…ホントに知らないんですか?
第12章「解除」は最後にこの一文で締めくくられている。
理由の如何を問わず IOC による本大会の中止または IOC による本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOC および OCOG は、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断から IOC 被賠償者を補償し、無害に保つものとする。OCOGが契約を締結している全ての相手方に本条の内容を通知するのは OCOG の責任である。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京)日本語版 73ページ「解除」より 太字部分は筆者による
筆者が太字で記した部分のうち、「請求」は昨今、メディアで多く報じられる「アメリカのテレビ局による莫大な放映権料の違約金」が含まれているように見える。
武藤事務総長がこれを「知らない」などということはありうるのだろうか? あるいはもうすでに放映権料の違約金問題は保険などで決着がついているということか。
紛争解決…最後の地はスイスか
さらにこの契約書を読み進めていくと、第12章「その他」の最後にこんな項目がある。契約書の最後は「揉め事の解決法」となっているのだ。
87. 準拠法と争議の解決:免除特権の放棄
本契約はスイス法に準拠する。その有効性、解釈または実施に関するいかなる争議も、スイスまたは開催国における通常の裁判所を排除して、仲裁によって最終的に判断され、スポーツ仲裁裁判所のスポーツ仲裁規則に従いスポーツ仲裁裁判所によって決定される。仲裁はスイスのヴォー州ローザンヌで行われる。スポーツ仲裁裁判所が何らかの理由でその権限を否定する場合、争議はスイスのローザンヌにある通常裁判所で最終的に判断されるものとする。開催都市、NOC および OCOG は(ⅰ)IOC が提起した、(ⅱ)特に上記第 9 条に従って IOC に対して第三者が提起した、または(ⅲ)上記第5 条に反映されるように政府ならびに地方および地元の当局が誓約したコミットメントに関して提起されたいかなる訴訟、仲裁またはその他の法的措置に対して免除特権を主張する権利を定める法規定の適用を明示的に放棄する。当該放棄は、管轄についてだけではなく、いかなる判決、決定、または仲裁判断の承認と執行についても適用されるものとする。開催都市および NOC は、法的措置およびその他の通知が OCOG 宛に送付された場合、当該措置および通知が有効に送達されたことになることについて同意する。
出典:開催都市契約 第32回オリンピック競技大会(2020/東京) 日本語版 80ページ「その他」より 太字部分は筆者による
この項目でも「いかにIOCが有利か」が記されている… 07年に当時の石原慎太郎都知事の気まぐれから誘致運動が始まったとされる東京五輪。14年後、最後はまさかのスイス法にて締めくくられるという展開になるのだろうか。
大会運営側からの情報は「大会をやります」という話ばかりでこういった細かい話があまり出てこない。契約上の話のみならず、大会開催時・大会後のコロナ感染状況のシミュレーションも然り。それもストレスを感じる一因。そういったところではないか。