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NHK「クロ現」に、ひとこと言いたい

大西連認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

NHK「クロ現」に、ひとこと言いたい

■女性の貧困を取り上げた「クロ現」

1月27日(月)に放送されたNHKクローズアップ現代「あしたが見えない~深刻化する″若年女性″の貧困~」という番組。

女性の貧困、特に性風俗の世界で働く貧困状態の女性にスポットライトをあてた番組で、託児所と連携した風俗店の存在など、性産業が結果的に公的なセーフティネットよりも彼女たちを支えている現実と、そこで働く女性たちの姿を描いていました。

放送を見損ねた方のために、NHKのHPにて文字おこしされたものが掲載されています。

貧困の背景にある教育の問題や公的住宅など低所得者向けの住宅政策の課題など、提起も含めて放送していて評価できる部分もありました。

しかし一方で、生活困窮されている方と普段、接している立場としては、少し違和感のある内容にもなっていました。

っていうか間違った情報が流れていたので、訂正していただければと思います。

■生活保護の申請には2~3か月もかからない

「市役所にいくら通っても、申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよって。

待ってるわけにはいかないじゃないですか。

だったらもう自分で働こうって決めて、気持ちだけですね。」

体調を崩して働けなくなり、生活保護を申請しましたが、生活状況を細かく調べるのに時間がかかると言われ、断念しました。

女性は、再び風俗の仕事に頼るしかなかったといいます。

まず間違っているのは、生活保護の申請に2~3か月もかからないということです。

生活保護の申請はその日にできます。そもそも、市役所が申請を受理しないのは違法です。(生活保護法2条・7条・24条)

また、生活保護の申請を受けて、決定か却下か役所が判断をくだすまでの期間は、原則14日以内と定められていて、状況に応じて申請日からの生活保護決定も可能とされています(生活保護法24条)。

ですので、上記のようなことは、法律に反した対応を市役所がおこなったということであり、「水際作戦」と呼ばれる窓口での違法な追い返しの被害を受けたということです。

それを考えると、この女性は、生活保護行政の違法な対応により、本来利用できる制度利用にいたらず、風俗の仕事に頼らざるを得なくなった、ということです。

■正しい情報を伝えてほしい

生活保護制度に関しては、さまざまな誤解や偏見が広がっています。今回放送された内容を見て、生活保護の申請には時間がかかるため利用できない、という誤解を抱いてしまう方も多くいるかもしれません。

テロップでもナレーションでもかまわないので、

・生活保護申請はその日のうちに可能であること

・申請から決定(却下)まで法律上原則14日以内であること

・状況に応じて即日での制度利用等が可能な場合もあること

等について、正しい情報を伝えていく必要があったと思います。

■「社会保障の敗北」って簡単に言わないで

また、スタジオでのトークのなかでは、

「性産業というのが、実際、職と共に、住宅であるとか、夜間や病児の保育も含めた保育にまで、しっかりとしたセーフティーネットになってしまっていて・・(中略)・・これ、社会保障の敗北といいますか、性産業のほうが、しっかりと彼女たちを支えられているという現実だと思いますね。」

と語られています。

「社会保障の敗北」というのは、かなり重い言葉でもありますが(共感する部分もあるのですが)、しかし一方で、ここで問題なのは、「公的な支援があるのに適切に利用させてもらっていない」という現実です。

先述したように、公的なセーフティネットは存在し、本来利用できるはずなんです。

でも、窓口での違法な対応により、または制度に対しての誤解や偏見により、結果的に利用できずに、性風俗の世界に頼らざるを得なくなっている。

これって「社会保障の敗北」ではなくて、社会保障を運用している役所の対応の問題や、そもそも私たち一人ひとりが公的制度に対して持っている偏見や無理解の問題なのではないでしょうか。

■抜け落ちる「生活支援」という発想

同様に、番組のなかでは今後の課題として以下の提起がみられます。

・教育段階から支援の手を入れて、生活や就職、自立の支援をしていくこと

・低所得者向けの住宅政策を充実させること

・就労について具体的な支援をしていくための仕組みを作ること

どれも必要な指摘ですが、一番大切な「当座の生活をどう支えるか」という発想が抜け落ちています。

例えば、その日の宿や食事に困っている人が、中長期的な就労について考えるのは難しいですよね。

多少違法な仕事だったり、嫌な仕事でも、生きていくためにやらざるを得ない状況に追い込まれてしまう。

だからこそ、自分の将来を考えたり、心と身体を休めて再出発していくためには、制度を利用して生活を安定させることが何よりです。

「生活を支える」ということは、ぜひ忘れないでもらいたい大きな視点です。

■相談機関の連絡先を載せてほしい

個人的に、実はこれまでNHKも含めたメディアの取材等にはかなり協力しているのですが、その際に必ずお伝えするようにしていることが、番組の最後に、相談機関の連絡先を流してほしい、ということです。

例えば、同じNHKの「ハートネットTV」では、HP上に各相談機関の情報を掲載してくれています。(もやいも協力しています)

ちょっとしたことなんですが、ぜひお願いしたいです。

■NHK「クロ現」に期待を込めて

今回の放送に関わらず、NHKの「クロ現」では、意欲的なテーマに取り組んだり、丁寧な取材によってさまざまな社会の問題を提起してきたりと、僕自身も非常に見ごたえのある番組として、いつも多くの学びをいただいています。

今後も、「貧困」をテーマについて扱う際は、取材協力も含めて協力していきたいと考えていますが、正しく制度理解を進めることや、必要な支援を紹介することなどを、ぜひ心の隅にとどめて、番組作りに活かしていただければ幸いです。

以上

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。主著に『すぐそばにある貧困」』(2015年ポプラ社)。

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