「この国は終わっている」北朝鮮 “腐った地場産業” の内部侵食
北朝鮮第2の都市、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)は、工業都市として知られている。
その一方、咸興化学工業大学などの理工系大学、興南製薬工場などの化学工場の集積地帯であることなどから、覚せい剤の密造密売が一種の「地場産業」と化している。
先月初旬、咸興市の沙浦(サポ)区域で30代の労働者が、密売容疑で逮捕された。それが入り口となり、現地の幹部が芋づる式に逮捕される事態となったと、デイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)
逮捕されたのは30代男性のチェ氏だ。彼は国営企業に籍を置き、一定額のワイロを支払って出勤を免除してもらう「8.3ジル」を行い、過去10年にわたって密売を行ってきた。
逮捕のきっかけとなったのは、住民の通報だった。今年3月末ごろ、地域住民が「違法な取り引きが行われている、チェ氏が怪しい」と咸興市安全部(警察署)に通報した。安全部はチェ氏の監視を始めたが、彼と取り引きを行っている顧客の一部が一般住民でないことがわかった。
3カ月にわたる捜査の末、安全部は朝鮮労働党咸興市委員会(市党)の幹部2人、朝鮮労働党沙浦区域委員会(区域党)の幹部1人、沙浦区域安全部の安全員(警察官)1人など、合わせて9人を逮捕した。
10年もの間、大規模な密売が明るみに出なかったのは、こうした権力者たちの後ろ盾に加え、チェ氏の商才が飛び抜けて優れていたからだという。
彼は、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)から生地を取り寄せて、人を雇い入れ、アパレル工場を営んでいた。かなり儲けていたため、わざわざリスキーな違法薬物の密売に手を出すとは思う者は誰もいなかったという。
幹部が多数逮捕された今回の事件だが、市民の関心は幹部がきちんと法の裁きを受けるかどうかに集まっている。
市民の中には、チェ氏だけに死刑判決が下されて、幹部は逃げおおせるのではないかと予想する向きがある一方で、複数の幹部が同時に逮捕された重大事件だけあって、いつものようには逃げられないと予想する人もいる。
北朝鮮の薬物問題において、許されざるべき存在は故金正日総書記だろう。
彼は、外貨獲得のために大学教授や国営製薬工場に覚せい剤を製造、輸出するよう命じた。しかし、おりしも当時は大飢饉「苦難の行軍」の真っ只中。飢えた人々は生き抜くために横流しと密売を始めた。それで国内にも流通するようになり、不足する医薬品の代用品としても使われるようになった。かくして北朝鮮には、常用者があふれかえるようになったのだ。
当時を知るある脱北女性は、「この国はもう終わっている」と嘆き、「たとえ経済が好転しようとも、乱れきった秩序が元に戻る日は来るのだろうか」と語っていた。
金正日氏の悪行が、腐った地場産業による内部侵食の道を開いたのだ。
(参考記事:一家全員、女子中学校までが…北朝鮮の薬物汚染「町内会の前にキメる主婦」)
北朝鮮は2013年に刑法を改正して「不法アヘン栽培・麻薬製造罪」を新設、取り締まりに乗り出したが、時すでに遅く、根絶は見通せていない。
2021年7月には「麻薬犯罪防止法」を新たに制定して処罰を強化したが、監視する立場の幹部が覚せい剤に手を出す始末だ。また、密売人のバックに幹部がいることは皆が知っている公然の秘密だ。
「売人をやっているトンジュ(金主、ニューリッチ)のバックには幹部が付いている。国は原則(を守れと)叫ぶが、(地方の)幹部は原則すらなっていない」
「国がやるなという麻薬、売春、収賄などができてこそ認められると言われるほどだ」(情報筋)