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台湾防衛の盲点を狙ったか?中国人の男がゴムボートで台湾に侵入

宮崎紀秀ジャーナリスト
台湾軍の演習。台湾は海の防衛に力を入れるが...(2024年1月31日高雄)(写真:ロイター/アフロ)

 中国人の男が、ゴムボートで台湾に不法侵入する事件が起きた。男は「借金があり、台湾で新たな生活を始めたかった」などと話しているというが、台湾では、中国のグレーゾーン作戦への警戒心が強く、不法侵入の真の意図をいぶかる声も上がっている。

「喉が渇いた」

 新聞「聯合報」によれば、9月14日早朝、台湾の消防や沿岸警備当局が、台北市に隣接する新北市の林口海岸でゴムボートに乗った男一人を救出した。

 男は黒い雨合羽にオレンジ色の救命具を着用。ボートには空いたミネラルウォーターのペットボトルや空の燃料タンクが散乱していた。

 男は脱水症状だった。憔悴しきった様子で救出された時に「喉が渇いた」と話したという。

借金で中国から逃げ出した?

 男は王と名乗り、本人の話によれば中国浙江省の寧波出身の31歳。今月9日に船外機付きゴムボートで寧波の港を出発し6日間かけて台湾までの約444キロを航行してきたという。携帯電話を使って自分で救助を求めた。

 動機について、「中国で借金があり、自由な台湾に向かった。台湾で新たな生活を始めたかった」と話したという。

 男の行為は台湾の入出国及び移民法の違反に当たり、今後、取り調べを受ける。

侵入を見逃した警戒態勢

 この事件のショックは、台湾側にとって小さくない。

 先ずは、最高の警戒監視態勢を敷いているはずの海上防衛だが、男のボートがその監視を楽々と突破して、台湾本土に辿り着いてしまった点だ。台湾側には、レーダーシステム、海上巡視、岸からの監視という3つの警戒監視系統があるわけだが、いずれもボートを捕捉できなかった。

 沿岸警備当局である海巡署は、全長3.6メートルのゴムボートは小さすぎ、しかも航行速度が遅いか漂流していたために、レーダーで捕捉できなかったと説明している。

2つの侵入事件の不気味な共通点

 台湾側が更に肝を冷やしたのは、中国からの密航者の侵入が今年に入り2度に亘った点とその2つの例の不気味な共通点だ。

 今回、男が辿り着いた林口海岸とは、政府の中枢機関がある台北の中心部まで流れ込む淡水河の河口に近い。

 前回の密航事件は、3か月前の6月、中国海軍の元少佐という人物が、「亡命」を主張し小型船で台湾に不法侵入したものだが、元少佐が辿り着いたのも淡水河の河口だった。この時は、海巡署のレーダーは当該の小型船を捕捉はしていたが、台湾の漁船と誤認して侵入を防げなかった。

斬首作戦も可能に?

 淡水河は水深が浅く、大型船の航行は難しいとされるが、小型船なら淡水河を使って台北中心部まで侵入することは可能だ。中国が斬首作戦を実行するなら、有効な侵入経路になりうる。さらに、淡水河が枝分かれする基隆河に入れば、国防部や松山空港の直近まで到達できる。

 今回と前回の事件はいずれも休暇の直前に起きたという共通点もある。今回は17日に迎える中秋節という休暇を前にしており、6月は端午節という休暇の前日だった。

中国当局が関与か?

 こうした共通点から、それぞれの事件が偶発的なものではなく、中国側のグレーゾーン作戦の一環ではないかという疑念が残る。グレーゾーン作戦とは、明確な武力行使などではなく、平常時の手段を用いで現状変更や圧力の強化を図るものだ。中国側が、台湾側の海上防衛の盲点を探っているのではないか、という疑いは晴れていない。

 事件を受け、沿岸警備での赤外線探知機の設置やドローンの配備を急ぐ声や、防衛資源の配分の再考を促す声などが上がっている。

 2度続いた不法侵入事件に中国当局の明確な意図があったかどうかは、今後調べが進まないと分からない。しかし、台湾の防衛の脆弱さが露呈してしまったことは事実だ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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