ゲームの行方は“衝撃”か“笑撃”か? 男たちのオトナげないようでオトナな闘い『ストロングマン』
エーゲ海でクルージングを楽しむ6人の男たちが、アテネに帰港するまでの暇潰しに「誰がストロングマン(最高の男)か」を決めるゲームを始める。しかし、気楽なゲームのはずが、次第に船内には険悪な空気が漂いはじめることに。
お馴染みのスターが出演していなくても、話題作のスタッフが関わっているとなると気になるのが映画好き。『ビフォア・ミッドナイト』の共同プロデューサーであり、出演もしているアティナ・ラヒル・ツァンガリが監督・脚本の本作は、第89回アカデミー賞外国語映画賞ギリシャ代表でもある。同じ年の日本代表作品は『母と暮せば』なので、なんとなくギリシャにおける作品の格や認知度も想像できますよね。けれども、この作品の最大の引きは、共同脚本がギリシャ人監督ヨルゴス・ランティモスの初の英語作品『ロブスター』でも監督とともに脚本を手がけたエフティミス・フィリップだということ。45日以内にパートナーを見つけられないと動物に変えられてしまうというシュールな物語は、今年のオスカーレースを賑わせた『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』に続いて、エンターテインメント・ウィークリー誌が選ぶ「2016年映画ベスト20」で第4位に選ばれ、アカデミー賞脚本賞にもノミネートされました。その展開も結末も衝撃的。実はコメディらしいのですが、トーンがシリアスなので、いわゆるコメディを観たという感覚にはなかなかなれない風変わりな逸品です。
しかし、『ロブスター』はコリン・ファレルやレア・セドゥ、レイチェル・ワイズなどスターがずらりと揃っていたのが大きな魅力。対して、こちらは『ビフォア・ミッドナイト』でツァンガリ監督と夫婦役で出演しているパノス・コロニスをはじめとして、日本ではほとんど馴染みのない方たち。しかも、いわゆるイケメンは約1名。それでも観たいと思わせる『ロブスター』効果、恐るべし。
イヤミスならぬイヤコメか?
さて、『ストロングマン』。くだんのゲームは、ズボンのベルトの位置やら、寝相の良さといったどうでもいいことを中心に、あらゆる側面から参加者を観察し、点数をつけて評価し合うというもの。いい大人が子供っぽいことをして遊んでいる感じなのですが、そんな他愛ないことでも、いったん競い始めると負けたくなくなるのが人のサガ。最年長のドクターと 空気の読めない娘婿ヤニス。その心優しい弟ディミトリス。ドクターの病院で働くイケメン医師クリストス。一見常識人のヨルゴスと ビジネスパートナーの暴走中年ジョゼフ。6人それぞれのキャラクターと、かねてからくすぶっていた人間関係の問題もあいまって、船内に立ちこめていく嫌な空気は、彼らの闘いが壮絶を通り越して、凄惨な事態を迎えるのではないかという不安にかられるほど。チラシに「その結果は、誰も予想だにしない笑撃の方向へ!」と書いてあるにもかかわらず…。そう、シリアスなトーンの底に 笑っていいのかどうか戸惑うような笑いが潜んでいるのは、まさに『ロブスター』にも通じるところ。イヤミスならぬ イヤコメとでも言うべきか?
娘可愛さでドクターが義理の息子のヤニスには辛辣だったり、観客の目からすると優勝の最有力候補が意外な弱点を持っていたり。コレステロール値、そして男なら必ず比べたがる例のモノまで真面目に記録を取り合うおじさんたちの風景や、男のプライドや体面がかかった結果を受け入れられない苦悩には、「バカだねえ」と失笑してしまうのですが、このへんの笑いは男と女では受け止め方がちょっと違うかも。
とはいえ、自分の負けや弱点を認めたくない男たちが自室に戻ってみせる苦悩の行動のかずかずが だんだんかわいく見えてくる。ゲームへの一挙一動はオトナげないようでいて、自分の評価が低くても平静を装おうと努めるあたりも、彼らが抱える肉体的、健康的、人間関係的な悩みも、オトナなればこそですから。
そんな感じで高みの見物を決めこんで、ストロングマンの座を争う男たちを上から目線でシニカルに笑うことになるのだろうなと思っていたのですが。
気づいたら、いつのまにか彼らと同じ目線に立っているじゃありませんか。ゲームの行方を見守るクルーズ船のスタッフの存在が実に効いていて、その結末はまさに“ショーゲキ”。そしてリアル! 面白い映画に出会った時に感じる、思いがけない余韻がここにもあります。
『ストロングマン』3月25日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
(c) 2015 Faliro House & Haos Film