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アントラーズ、よもやのV逸。「王者のメンタリティ」が最後に仇となる

杉山茂樹スポーツライター
J1最終節 磐田と引き分け川崎に逆転優勝を許した鹿島(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 首位鹿島アントラーズの勝ち点は71。追いかける2位川崎フロンターレは69。Jリーグの優勝争いは勝ち点2差で、最終節にもつれ込んだ。

 川崎の相手は、降格が決まり元気のない大宮アルディージャ。しかもホームでの対戦だ。一方、鹿島の相手はジュビロ磐田。当初、降格候補と目されていたが、リーグ戦中盤から調子を上げ、最終節を前に5位にまで順位を上げてきたチームとのアウェー戦だ。

 優勝の可能性はどちらが高いかと言えば、鹿島ではなく川崎だった。鹿島は追い詰められていた。前節の柏レイソル戦は、7対1という枠内シュートの数が物語るように、内容で大きく上回りながら0-0の引き分け。同様に前節、浦和レッズに圧倒的に押し込まれながら1-0で勝利を拾った川崎とは、まさに対照的な姿を描いていた。お互いの関係は、この最終節を前に事実上逆転していた。

 だが、鹿島はスロースターターだ。前半から積極的に攻め立てることはしない。早々に失点を食らうことを警戒し、王者らしく慎重な姿勢でゲームに入ろうとする。磐田戦も例外ではなかった。それは一方で、後半に強い理由でもあるのだが、絶対に勝たなければならない立場に追い込まれたチームの戦い方と、これは矛盾する。

 攻める磐田。守る鹿島。振り返れば、鹿島、川崎両チームの明暗を分けたポイントは、この関係で推移した前半の戦いにあった。

 等々力で大宮と戦う川崎は、開始わずか1分に先制点を挙げていた。「ピッチの選手には等々力の試合の情報を伝えないで戦わせた」とは、大岩剛鹿島監督の試合後の言葉だが、気配は薄々、ピッチにまで伝わるものだ。0-0でしかも劣勢。この時間が長くなれば、平常心は失われがちだ。

 対する磐田は、ヤマハスタジアムを満員に埋めたファンの声援をバックに、ピッチを幅広く使うダイナミックなサッカーを展開した。中でも効いていたのはアダイウトン。左のウイングの位置に張って構える彼は、いつも空いている状態で、そこにボールが収まると、磐田の攻勢は鮮明になった。右の中村俊輔は若干、中寄りで構えたが、ボールを収める力があるので、その間を利用して右ウイングバック、小川大貴が攻め上がることができる。

 その両サイドの動きに鹿島は振り回された。意図的に慎重に試合を運んだというより、受け身になることを磐田に強いられた格好だ。

 鹿島は逆に、サイドをうまく使えなかった。その傾向がより強かったのは左。左サイドハーフのレアンドロが、多くの時間、真ん中付近で構えたため、左の前方には誰もいない状態に陥った。

 前節の柏戦も同様だった。左サイドを有効に活用できないことと、試合を押している割に、真の決定的なチャンスが作れない理由とは密接に関係していた。そこをどう立て直すか。それこそが最終節最大の見どころであり、優勝の行方を占うポイントだと見ていたが、鹿島に改善の跡は見られなかった。

 後半に突入すると、予想通り鹿島は押し返した。自慢のプレッシングが決まり始め、ボールを奪い返す局面がグッとよくなった。レアンドロが内に入る傾向は相変わらずだったが、左サイドの問題は2トップの一角を占める金崎夢生がそこに流れることで、6割方解消された。

 後半3分には右サイドバック伊東幸敏がGKと1対1になる絶好のシュートチャンスを掴む。後半7分にも金崎がゴール前で大きなチャンスを迎えた。いずれもサイド攻撃がもたらした産物である。

 この時点で優勝に迫っていたのは川崎。だが、追いかける側に回っていた鹿島が磐田からボールを奪うや、そのたびにスタジアムは緊張感に包まれた。1点決まれば、川崎と鹿島の関係は逆転する。目の前で劇的なゴールを目撃することができるのか。長いリーグ戦の結末としては、滅多に味わうことのできないスリリングな展開だ。試合のエンタメ性は、最高潮に達していた。

 後半31分、遠藤康と交代で入った鈴木優磨が左に入り、同時に2トップの一角を占めていた土居聖真が左に回ると、左右の関係はすっかり整備された。中盤でも、成長著しい三竿健斗がレオ・シルバとともに、鹿島らしいクレバーなプレーを見せる。終盤に強い鹿島の本領を発揮する舞台は、これで万端整った。磐田もホーム戦の手前、攻めに出なくてはならない。打ち合いを挑まざるを得なかったことも、逆に鹿島には幸いした。

 79分、81分と、鹿島は終盤、立て続けに得点に紙一重のチャンスを掴んだ。そして86分、右サイドバックの伊東が、狙いすまして送り込んだセンタリングに、ファーサイドで待ち構えていた左サイドバック山本脩斗が、ヘディングで合わせると、大逆転劇は成立したかに見えた。

 ボールはしかし、無情にも際どくバーを越えていった。最後は運のなさ、ツキのなさも手伝う、鹿島には”追ってギリギリ届かず”の惜しい「敗退劇」となった。

 ノーゴールに終わったとはいえ、「後半に強い鹿島」の本領は、この試合でも十分に発揮された。しかし、点を奪わなければ後がない切羽詰まった状況と、それはミスマッチの関係にあった。前節の柏戦もしかり。過去19冠の王者らしい、慎重な戦いぶりが最後にきて仇(あだ)となった。

 鹿島と川崎の関係は、昨季とは逆のパターンだった。昨季は鹿島がリーグ戦4連敗で迎えたチャンピオンシップ準決勝で川崎に勝利。これを弾みにして決勝でも浦和レッズを撃破しチャンピオンの座に就くと、続くクラブW杯でも快進撃を続け、見事日本勢として初めて決勝に進出。レアル・マドリードと名勝負を繰り広げた。元日の天皇杯決勝でも川崎に勝利。盟主の座を揺るぎないものにした。

 昨季、引き立て役に回った川崎に、鹿島は敵(かたき)を討たれた格好だ。災いしたのは王者のメンタリティ。鹿島の偉大な伝統が、最後にきて、昨季終盤に魅せたチャレンジャー精神を忘れさせ、受けに回らせた。理屈を言えばそうなるが、単純に、勝っていても何ら不思議のない、運に恵まれなかったがゆえの敗退劇だったとも言い表せる。

 舞台を去るその姿は、少なくとも第三者には美しいものとして映ったのだった。

(集英社・Web Sportiva 12月3日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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