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大麻を使ったら、人格攻撃されて親の代まで非難される。こんな野蛮なこと、もうやめませんか

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロ)

繰り返されるバッシング

 大麻取締法違反の容疑で逮捕された伊勢谷友介さんへのバッシングが続いています。それは何も今回に限ったことではなく、薬物を使用したとされる芸能人へのバッシング、作品の「自粛」という動きは、いつもセットのように繰り返されています。

 そして、それ以上に問題だと思うのは、ことさらに本人の人格攻撃をしたり、過去や生い立ちを掘り返して、薬物とは関係のない本人の生き方や親きょうだいまで貶めようとすることです。

 もちろん、違法薬物所持や使用は犯罪です。しかし、それを裁くのは裁判所です。仕事や周囲の人々に迷惑をかけたというのであれば、それは迷惑を被った人々が対処すればよい話です。損害賠償を請求する人もいれば、怒って縁を切る人もいるでしょう。それは仕方のないことです。

 しかし、毎度毎度、事件に便乗して勝手な「分析」をして誹謗中傷をするメディアや「専門家」が後を絶ちません。まるで「待ってました」とばかりにこの手の人が現れて、得意げに根拠のない憶測を披歴しています。

 今、SNSでの誹謗中傷が問題になっていますが、週刊誌やWebメディアで、ライターや「専門家」を自称する人が誹謗中傷を繰り返すほうが、SNSよりよほどタチが悪いのではないでしょうか。

あるライターの「分析」

 たとえば、『週刊女性PRIME』 ではライターが、伊勢谷さんが大麻に走ったのは、「父親からの負の連鎖」と「自信のなさ」が原因であると、それこそ「自信」たっぷりに語っています。すでに逝去した父親の過去の行状を晒し上げ、「過度の飲酒や暴力をふるう親が子どもに与える影響というのは、決して小さくありません」と断言しています。そして、これが世代間連鎖であるとも分析しているのです。

 さらには「親から暴力を受けることで、子どもは自信のなさを抱えて成長し、大人になって自分も暴力をふるうようになったり、薬物やアルコールに溺れる可能性があるということです」とも述べています。

 もちろん、暴力やDVは責められるべきものですが、それが世代間連鎖をするというエビデンスはありません。また、依存症の原因が親からの暴力などのトラウマが原因だというのは俗説であって、そんな単純なものではありません。

 たった1冊の啓蒙書の類を読んだだけで、専門家でもあるかのように心理分析を自信たっぷりにすることもまた、一種の暴力であり、本人や故人に対する冒涜であるとも言えます。

 伊勢谷さんが数々の社会貢献をしていたことについては、「これは伊勢谷の自信のなさの表れではないでしょうか。(中略) 伊勢谷の闇をよく表しているように思えるのです」「見た目や聞こえは華やかでも、自分は無力な存在だと心のどこかで思っているから、社会貢献を通して「自分は役に立った、価値がある」と肌で感じたいのではないでしょうか。もしそうなら、それは他人を使って自分をなぐさめる、一種の依存だと思うのです」

 開いた口がふさがらないとはこのことです。よくもまあこれだけ見てきたかのように、自信たっぷりに「分析」できるものだとあきれるほかありません。単なる断片的な聞きかじりをつなげて、多くの人々が目にするメディアで、これだけ自信たっぷりに他人を中傷することは、もはや軽率を通り越して、重大な人権侵害です。

「専門家」による分析

 もう1つは、自称「専門家」によるコメントであるだけに、一層問題です。『デイリー新潮』の記事で、精神科医の片田珠美氏がインタビューに答えて、「彼の心には、“深い闇”がありますね」と述べています。

 今時陳腐な三文小説でも使わない「深い闇」といった言葉がまた出てきました。そして、伊勢谷さんは怒りや攻撃をコントールできない「間欠爆発症という一種の病気です」などと、会ってもいない人のことを軽々しく「診断」しています。

 そして、その理由として「育った環境が大きく関係していると思います」と述べて、先のライターと同じように父親への中傷を繰り返しています。さらに、「伊勢谷の心の根底には、父親に捨てられた、可愛がってもらえなかったという恨みがあるはずです。とはいえ、その怒りを父親にぶつけることはできません。怒りは溜まっていくと、どこかで出さないといけない。それで怒りの矛先の向きを変え、交際女性などにぶつけるのです。このメカニズムを“怒りの置き換え”といいます」と心理分析をしてみせる。

 驚いたことに、先ほどの素人のライターと同じレベルのクオリティです。「怒りは溜まっていくと、どこかで出さないといけない」というあたりは、20世紀前半の古臭い理論です。今や怒りについては、もっと洗練された理論があり、「溜まっていくと、どこかで出さないといけない」などとは考えられていません。何を根拠に「父親に捨てられた怒りが交際女性に向かった」などと言えるのでしょう。

 大麻や社会貢献については、こう「分析」しています。「伊勢谷さんが大麻を使用したのは、怒りの衝動やイライラを抑えるのが目的でしょう。大麻で衝動をコントロールしようとしたのです。父親に捨てられたからこそ、彼は自分の中で理想の父親像を描いたはず。いろいろな社会貢献を行っていたのも、理想の父親像を体現させたいという気持ちがあったからかもしれません」。

 この人たちに共通するのは、過去がすべてを決めるというフロイト的な「決定論」です。片田医師は精神科医であっても、薬物問題には素人なので、何でもお得意の「トラウマ物語」の中に無理にはめ込もうとしています。

 データや科学的事実を見ないで、「物語」ありきなので、いつもどんな事件のときも変わりばえのしない内容の解説になっています。先のライターの陳腐な「分析」にそっくりなのもそのためです。

 責任ある専門家なら、「伊勢谷さんがどうして大麻を使ってしまったのでしょうか」と聞かれたときに、「わかりません」と答えるはずです。薬物使用の原因は十人十色であり、さまざまな複雑な要因が相互に作用しているからです。単純な説明は、作り話か嘘かのどちらかです。

国連決議違反

 「専門家」を自称する者が、メディア受けを狙って、勝手に頭の中で創作した陳腐な「物語」を語ったり、本人だけでなくその家族まで平気で中傷するなど言語道断です。

 国連は2016年に採択された国連総会決議では、「薬物問題への対処において、すべての個人の人権と尊厳の保護と尊重を促進すること」と規定されています。それは何も薬物使用を認めようとする意味ではありません。これまで薬物使用者に中傷や排斥がなされてきたことへの反省に立ち、それでは薬物問題の解決にはならないという事実の積み重ねによるものです。

 しかし、日本はその国連決議違反をし続けています。メディアや「専門家」を自称する人が、それを先導しているという事実を見るとき、何とも言えない情けない気分になります。

 一方、薬物依存症の当事者や専門家は、薬物使用者の人権を擁護し、安心して「回復」を目指して、社会復帰ができるように支援をする一方で、社会に対しては懸命な啓発活動を続けています。安易なバッシングや中傷は、そうした真摯な努力に冷水を浴びせるような無責任な行為です。

 薬物使用は決して褒められたものではありません。その責任はもちろんこれから本人が負うべきものです。だからと言って、国連決議や人権を蹂躙するような暴力的な行為をすることは決して看過できないものです。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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