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芥川賞・市川沙央さんの衝撃の告発にペンクラブなどが取り組み!11月20日に桐野夏生会長と公開トーク

篠田博之月刊『創』編集長
市川沙央さん(撮影・深野未季)

作家・ジャーナリスト団体の本格的取り組み

 芥川賞を受賞した『ハンチバック』作者・市川沙央さんの告発は衝撃だった。

 これまで障害者の問題にはいろいろ関わってきたつもりだったが、私たちが読書という営みから障害者を排除し、しかもそのことに全く無自覚だという告発は、「目からうろこ」でもあった。

 この告発を受けて、私が所属する日本ペンクラブの言論表現委員会で、読書バリアフリーの問題に取り組むべきではないかという意見が出て、この何カ月か、日本文藝家協会とも話し合いを重ねてきた。そして、いよいよ11月20日(月)、日本ペンクラブの会議室に桐野夏生会長や文藝家協会の三田誠広・副理事長らが顔を揃え、市川さんもオンラインで参加するという試みを行うことになった。その一部始終はYouTubeで配信を行うので、ぜひ多くの人に視聴してほしい。

 ペンクラブでは今、日本推理作家協会にも呼びかけを行っているが、作家・ジャーナリストのこうした団体が本格的にこの問題に取り組むというのは歴史的な出来事と言えるかもしれない。私はペンクラブの言論表現委員会副委員長という立場から(委員長は金平茂紀さん)、この間、文藝春秋を経由して市川さんに連絡をとったり、20日のイベントへ向けて尽力してきた。

 当日の詳細についてはペンクラブのホームページで告知が行われているのでアクセスしてほしい。

https://japanpen.or.jp/post-3377/

 タイトルは《読書バリアフリーとは何か――読書を取り巻く「壁」を壊すために》だ。市川さんの当事者の立場からの問題提起を受けて、読書を取り巻く「壁」を壊す試みに取り組み、それを出版界を始め多くの人たちに提起しようという企画だ。第1部は金平さんの進行のもとに桐野さんと市川さんのトークという、とても興味深い企画だが、第2部では読書バリアフリーをめぐる現実はどうなっていて今後私たちに何ができるのかを、この問題にこれまで関わってきた人たちの間で議論する。

ウクライナ戦争反対でも作家3団体が取り組み(中央が桐野夏生さん)筆者撮影
ウクライナ戦争反対でも作家3団体が取り組み(中央が桐野夏生さん)筆者撮影

 作家・ジャーナリスト団体が本格的に読書バリアフリー問題に取り組む意思を示すという、とても意義のある取り組みだ。

市川沙央さんの衝撃の発言の数々

 それにしてもこの間の市川沙央さんの一連の発言はとても強烈だった。

 私は相模原障害者殺傷事件には相当関わってきたし(今でも植松聖死刑囚とやりとりをしている)、そのほかにも障害者問題やそれに関わる事件には幾つか関わってきた。今回の市川さんのユーモア精神あふれる雰囲気から思い出したのは脊髄性筋萎縮症で人工呼吸器ユーザーだった海老原宏美さんだが(実は『ハンチバック』にも「E原さん」という名称で言及されている)、その彼女の突然の死は今でも強烈に脳裏に焼き付いている。この記事を書くために海老原さんの名前で検索したら私がかつて書いた彼女についての記事が上位に上がっていた。興味ある方は読んでほしい。海老原さんは重い障害のある女性だったが、とても明るくて前向きで、ステレオタイプな障害者観をいつも吹き飛ばしてくれた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d895f5819452288f40d42554c09b0fdcd37de820

「生きてます。辛うじてw」海老原宏美さんの命の格闘と、その死に思うこと

 さて市川沙央さんについては、この間、新聞やテレビでも取り上げられているが、読書バリアフリーについての彼女の問題提起を少し整理しておきたい。

 まず彼女が芥川賞を受賞した『ハンチバック』でそれに言及したのがこの一節だ。かなり強烈でいろいろなところで紹介された。

    『ハンチバック』文藝春秋刊
    『ハンチバック』文藝春秋刊

《私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。》

 この訴えは大きな反響を巻き起こしたのだが、その反響について市川さん本人はNHKの取材にこう答えている。

《(「健常者の特権性」を指摘した部分については)結構大きな反応をいただいてしまって、私としてはそこまで刺さるのかという気持ちで…。そこまで刺したいとは思っていなかったのですが、でも通じたことはとてもうれしく思っています。》

 ちなみにこのNHKのWebリポートは、市川さんについてとてもわかりやすくまとめてある。ぜひお読みいただきたい。

https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230626a.html

芥川賞候補作「ハンチバック」作家・市川沙央さん 重度障害の当事者として描く

多くの人がぶっ飛んだ芥川賞受賞会見

 私も含め多くの人が、芥川賞受賞会見での市川さんのスピーチにある意味衝撃を受けたと思うが、その会見の映像は今もYouTubeにたくさんあがっている。

https://www.youtube.com/watch?v=nJok9vUR5go

 突然、「昔ナベツネが…」という話が始まった時には、会場に取材に来ていた読売・日テレ関係者は仰天したのではないだろうか。こういう場で「ナベツネ」と読売グループのトップを呼び捨てにする市川さんのセンスはなかなかのもので、様々な場で発揮される彼女のユーモアセンスとつながっている。さすがにこの部分は日テレの報道ではカットされていたが。

https://www.youtube.com/watch?v=Q3auccf570I

 最近、市川さんのインタビューを放送したTBSの映像もYouTubeにあがっているが、受賞後の反響についての感想を訊かれた市川さんの答え「去年まで全くただの病人だったので、これだけ急に注目されるのは私かヌートバーくらいだと思っています」も面白い。その映像は下記だ。

https://www.youtube.com/watch?v=M3EEJZyvUe4

“誰もが読書を楽しめる環境を”「読書バリアフリー」を訴える芥川賞作家・市川沙央×ホラン千秋キャスター対談「優しさや思いやりがなくても平等は成り立つべき」

 ユーモアあふれる話ぶりもあって市川さんのいろいろな映像がネットに上がっているが、フジテレビ「Mr.サンデー」でのやりとりもなかなか面白い。

https://www.youtube.com/watch?v=fVZ8mIePZXo

【Mr.サンデー】密着!芥川賞“怒りの作家”市川沙央さんの生き方【リアルストーリー】

『文藝春秋』などでの市川さんの発言

 市川さんの立ち居振る舞いの印象の強烈さもあって映像はかなり流通しているのだが、月刊『文藝春秋』など活字になった発言もとても興味深い。

『文藝春秋』11月号の島田雅彦さんとの対談(筆者撮影)
『文藝春秋』11月号の島田雅彦さんとの対談(筆者撮影)

 例えば同誌11月号に掲載された市川さんと作家・島田雅彦さんの文学をめぐる対談もとても面白い。島田さんは芥川賞の選考委員でもあり、市川さんが以前からリスペクトしてきた作家だ。

 市川さんはその最後の方でこう語っている。

「私は怒らせることを恐れずに書いていきたい。一方で、怒らせることが話題性につながれば文学も活性化し、社会に新しい風も生み出せるのではないでしょうか。あまり自分が崩壊しない程度に、社会を挑発していければいいかなと思っています」

『ハンチバック』芥川賞受賞を記念して作品全文と選評などが掲載された『文藝春秋』9月号も面白かった。そこに掲載された受賞者インタビューで市川さんが相模原事件に言及していたのが目を引いた。

「この社会は、読むこと、書くこと、話すことを基礎として出来上がっている。話せる人、書ける人の言葉が影響力を持ってしまう。だから重度心身障害者の大量虐殺のようなことが起きるんです。書くことの神聖視は理性主義を強化してしまう一面があるので、私は好きではありません」

 ここでは「読書文化のマチズモ」の問題からさらに掘り下げて「西洋由来の理性主義」にまで言及していて興味深いのだが、「だから重度心身障害者の大量虐殺のようなことが起きるんです」という指摘については、もう少し詳しく聞いてみたい気もする。

 ともあれ市川さんは、健常者と言われる多くの人々の盲点を衝いてくれた。読書という営みから排除されている人たちがいることへの想像力が多くの人に欠けている現実を知らしめてくれた。

 前述したように、この間、日本ペンクラブの言論表現委員会ではいろいろな議論を重ねてきたのだが、作家の三田誠広さんが、私たちの多くも年老いたり、脳梗塞にでもなればそういう立場になるんですから、と言っていた。高齢化社会のなかで視力が極端に低下したり、それまでのように本が読める状態でなくなるということは誰にも身近に起こり得るという指摘だが、確かにそういうことへの想像力が社会全体に欠如しているかもしれない。読書バリアフリーの問題がこれまで一部の人の関心事にしかなってこなかったのは、その問題を多くの人が「他人事」としか受け止めてこなかったからだろう。

 健常者と言われる存在と障害者とは画然と分けられるものでなく実は地続きだというのは、その二元論から障害者虐殺に至った植松聖死刑囚とこれまでいつも議論を交わしてきた論点のひとつなのだが、彼は「死刑囚」についても、税金を使って生活している、生きている意味のない存在として否定してきた。しかし、その彼の妄想を実行した結果として自身はその死刑囚になってしまったわけで、自身の存在に関わるその矛盾を内面でどう受け止めているのか。

 ともあれ読書バリアフリーをめぐる議論はいろいろなことを考えさせ、市川さんの告発は、想像力の及ばなかった様々な事柄を気づかせてくれたように思う。

 11月20日の日本ペンクラブの取り組みにぜひ多くの人が参加してほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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