<ガンバ大阪・定期便52>「新しい何か」を予感させる鈴木武蔵のシーズン初ゴール。
2023シーズンのホーム開幕戦。パナソニックスタジアム吹田でのファーストゴールを決めたのは鈴木武蔵だった。スコアレスで折り返した後半、51分。宇佐美貴史の右コーナーキックを三浦弦太が頭で落とした展開から、こぼれ球を右足で打ち込んだ。
「チームとしてセットプレーは大きなチャンスだと思っていた。全体で狙いを持って準備してきた形でした」
実は16分にも、左コーナーキックからの似たような展開でゴールネットを揺らしていたが、その際はVARの結果、1つ前の三浦のプレーがオフサイド判定となりノーゴールに。だが「やり続けるだけ」と切り替えた。
「前半の立ち上がりは、結構ピンチもあったんですけど、そこを凌いで以降は、自分たちもすごくいいサッカーができていたし、チャンスも作れていた。ゴールが取り消されたシーンは…あそこはもう仕方がないと思って気持ちを切り替えました。チームとしてもシュートまで持ち込める回数は多かったので、あとは決めるだけだと思っていました。(移籍してから)このスタジアムで決められていなかったので、ようやくパナスタで初ゴールを決められてホッとしています」
■「続けていれば、きっと何かいいことが待っている」。
昨年6月30日、KベールスホットVA(ベルギー)からの移籍加入が発表された。
「ガンバの10個目のタイトル獲得に貢献したい。自分の特徴を出して、ゴールを決められれば一番理想だし、それ以外のところでもしっかりチームに貢献していきたい」
その決意を言葉に変えて新天地でのスタートを切ったが、ガンバデビューから約1ヶ月後には監督が交代に。新監督に就任した松田浩体制での2試合目、名古屋グランパス戦では豪快なミドルシュートで移籍後初ゴールを叩き込んだものの、『残留』が現実的な目標になった終盤は控えに回ることが増え、ゴールからも遠ざかった。
「これまでのキャリアでは何度も監督交代を経験していますし、今はとにかく自分が置かれている現実を受け入れて、チームのために自分は何ができるのかを考えてやっていくだけだと思っています。どの監督のもとでも、どんなサッカーでも、吸収できることはたくさんある。それぞれのサッカー観、哲学を吸収することで成長したいし、できるとも思っているので、今はとにかく自分の力を信じて、チームの残留のためにできることをやり切るだけだと思っています。そうやって続けていれば、きっと何かいいことが待っていると思うから」
思えば、ガンバ加入に際しては「ワールドカップ・カタール大会への出場もまだ諦めていない。そこに出場するためにもできるだけ長い時間ピッチに立ってアピールし、日本代表復帰を目指したい」という思いも明かしていた鈴木。その言葉に照らし合わせても、自身が置かれている現状に悔しさを感じていないはずはなかったが、自身のキャリアにおいて『継続』の意味を繰り返し学んできたからこそ、自分らしく逆境に向き合うことを忘れなかった。
「プロになって自分のサッカー人生の大きな分岐点になったミシャさん(ミハイロ・ペドロヴィッチ監督/北海道コンサドーレ札幌監督)に出会うまで、8年も掛かりましたけど、そこまでの継続があったから、その出会いにも恵まれたし、後のキャリアも拓けた。そう考えても、この世界は自分がやり続けた先にしか新しい何かは生まれない。それにいつ、どこでどんな出会いが待っているかもわからないと考えても、まずは自分のやるべきことを最大限でやり続けることが全ての始まりだと思っています。そして、どうせやるなら楽しんでサッカーに向き合いたいというか。僕の性格的に、ずっと気を張っていても物事がうまく運ぶとは思えないし、気持ちのどこかにリラックスした部分を作っておかないとプレーも硬くなって悪循環になる気もする。自分の置かれている状況を楽しんで、プレッシャーという錘を背負いすぎずにサッカーをした方がうまくいくんじゃないかとも思いますしね。だからこそ、ちょっと抜けている人を演じるというか…それが僕の本質だったりもするんですけど、力を入れすぎてもうまくいかないよ、的なスタンスを常に心がけています…と言いつつ、いろいろ気にはなるんですけど(笑)。でも、そこは自分を洗脳する感じでプレッシャーを楽しむようにしています」
生来の明るいキャラクターもあって、あっという間にチームに溶け込み、重苦しさが漂う残留争いの最中にあっても、時には『イジられ役』となって周囲を笑顔にする姿に、その真意を尋ねた時の言葉が印象に残っている。加入に際して好きだと明かしていた『たこ焼き』についても「関東ではカリカリ系のたこ焼きしか食べたことがなかったんですけど、こっちに来て初めてふわふわのたこ焼きを食べた。すごく美味しい」と笑い、プライベートを含めて新たな環境でのチャレンジを楽しんでいる様子もうかがえた。
■今シーズン初ゴールも「ゴールパフォーマンスを忘れました!」
そうして迎えた今シーズン。加入した時から好きな番号だと明かしていた『9』に背番号を変えて臨んだガンバでの2シーズン目は、柏レイソルとの開幕戦から先発のピッチを預かった。その中では54分にポストワークでダワンが決めた2点目を演出。結果的に前半から繰り返しふくらはぎを打撲していた影響もあって、79分にピッチを退いたが、チームとしての戦いには自信をのぞかせた。
「チーム全体としての手応えはすごく感じています。昨年とは戦い方も変わった中で、ビルドアップも安定していたし、失点こそしましたが、返せるだけの攻撃のクオリティは示せた。ただ個人的にはもっとゴール前でパスをもらってシュートまで持ち込みたいというのはあったので、次のサガン鳥栖戦ではもっと自分のポジショニングや背後を取るタイミングなどをうまく見出すことでより多くのシュートを打てるようにしていきたいと思います。今は自陣でのポゼッションがすごく安定しているからこそ、それを敵陣でやりながら前線のコンビネーションで剥がすとか、長短のパスを織り交ぜて相手を崩せるようになれば、対戦相手はすごく嫌なはず。実際、ボールを保持しながらショートカウンターもあるし、ロングボールで一気に運ぶこともできる、というように多彩な攻撃ができれば間違いなく強いガンバを示せると思っています」
その言葉通り、鳥栖戦はチームとしても開幕戦以上に攻撃がブラッシュアップ。特に前半は、初先発のネタ・ラヴィのフィットも感じられる中でフィニッシュまで持ち込むシーンを数多く作り出す。その中で鈴木も安定したポストワークで存在感を発揮。後半立ち上がりには、冒頭に書いた先制ゴールを奪い取る。声出し応援が100%解禁になったホームスタジアムも心強かった。
「FWなのでどんな形でもゴールを重ねていくことが大事。開幕から2試合目と、シーズンの早めに獲れたことを勢いに、これからもどんどん勝利に結びつけられるゴールを獲っていきたいと思います。対戦相手としてこのスタジアムでプレーしていた時からパナスタの雰囲気は好きでしたが、こうしてガンバの一員として戦う中で、試合前から素晴らしい雰囲気を作ってもらえて、あの大歓声の中でプレーできてすごく楽しかった。ただ…せっかくホームサポーターの前で決めたゴールだったのにゴールパフォーマンスを忘れました! いやぁ、すいません。次はやります(笑)」
一方で、前節に続き、引き分けに終わったことについては課題も口にした。
「得点を奪ったあともすごく厳しい時間帯がありましたけど、あそこをもう少し改善したいというか。苦しい時間帯に失点しないこともそうですが、個人的には相手の攻撃を受けない展開に持ち込むことも必要だと思っています。昨年の残留争いでの1点の重みがまだ残っていて、勝ちたい気持ちから受けに回ってしまっているところもあると思いますけど、上を目指すならその癖を直していかないといけないし、今のガンバは2点目、3点目を獲りにいく力が絶対にあると考えても、そこにもっと全員が共通理解を持って試合を進められるようにしたい」
いうまでもなく、ポヤトス監督のもとで構築しているサッカーを貫きながら、だ。
「チームの戦い方に一貫性があるということは仮にうまくいかないことがあったとしても、チームとして何を改善していくかが明確になるし、一つの軸があれば、仮にミスが出たとしても一人の選手に矢印を向けることなく、チームとしてどうすべきかを考えることができる。そういう意味でも、僕自身は、シーズンを通してサッカーがブレないのはすごく大事なことだと思っています。そのいい例が、横浜F・マリノスで…数年前に大きくスタイルをシフトチェンジしたばかりの時はあまりいい結果を出せなかったけれど、それを我慢して続けてきたことで、あれだけの大きなチームになった。もちろん、サッカーなので試合中に思わぬ『事故』も起きるし、ミスをすることも、うまくいかないこともあるし、この先、我慢する時期も出てくるとは思います。それでもガンバがこの先、本当に強くなっていくために、今のサッカーをみんなで貫き続けたいと思っています」
鳥栖戦ではケガで離脱していた新加入のイッサム・ジェバリも途中出場ながらピッチに。彼を含めたFW陣のポジション争いについても「いい競争があることで毎日、気の引き締まる思いで練習に臨めるし、お互いに高めあうことはチーム力にもつながる」と鈴木。それはおそらく、昨年末に話していた「自分には伸び代しかない」という言葉にも通じるものだろう。
「カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)も34歳でバロンドールを獲得したと考えても、僕には伸び代しかない。僕のキャリアはまだまだここから。Jリーグ得点王も、次のワールドカップも当然、狙っています」
その第一歩ともいうべき2023シーズンの初ゴールは、彼が言う「やり続けた先に生まれる新しい何か」を予感させるものだった。