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米 新年の車暴走死傷事件 ── 狙われた「隙間」と惨事の「既視感」

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
元日、大型車が暴走する死傷事件が発生したニューオーリンズのバーボンストリート。(写真:ロイター/アフロ)

ここアメリカでも日本に14~19時間遅れで新年が到来した。全米各地は花火やカウントダウンパーティーなどで大賑わいだった。

年が明けて3時間後、南部ルイジアナ州ニューオーリンズでは、そんな祝賀ムードが一気にかき消された。観光地のバーボンストリートで、大型車が年始を祝っていた人々に向け突然発進し、通りを猛スピードで走り抜け、人々を次々に跳ねた。

事件現場のバーボンストリートとは?

バーボンストリートはニューオーリンズのフレンチクオーターにある目抜き通りで、ニューヨークで言えばタイムズスクエアのような、観光客の誰もが目指す場所。筆者も10年前に訪れたことがある。

クレオールタウンハウスと呼ばれるカラフルな低層の建物が連なる南部特有の美しい通りに、数々の飲食店やバーなどのナイトスポットが集まる。ニューオーリンズ・ジャズ、クレオール料理やケイジャン料理など郷土固有の豊かな文化を体験できる場所だ。通りを歩いているだけで生演奏がジャズバーから漏れ聞こえてくるし、ストリートパフォーマーが道ゆく人を楽しませてくれる。普段はそんなピースフルな空気が漂う場所。

早朝のバーボンストリート(イメージ)。昼〜夜間は多くの観光客で賑わう。
早朝のバーボンストリート(イメージ)。昼〜夜間は多くの観光客で賑わう。写真:イメージマート

毎年開かれる謝肉祭のマルディグラにも多くの観光客が訪れる。

片や、ニューオリンズは楽しい文化や歴史があるだけの土地ではない。2005年に発生したハリケーンカトリーナにより甚大な被害が及んだ場所でもある。老朽化した建物はさらに荒れ果てた。筆者が訪れた際も、ハリケーンの到来から10年が経過していたが、人々の記憶の中にずっと残る出来事だったようで、現地の人との会話に当時の苦労話がたくさん出てきた。

ニューオーリンズとはそんな悲劇から復活を遂げた、レジリエントな場所である。

死傷事件の概要

1日午前3時過ぎ、1台のピックアップトラックがバーボンストリートを突然暴走した。大晦日のカウントダウンが行われたばかりの時間帯で、近くでは新年の祝賀花火が上がり、多くの人がここで新年を祝っていた。この日はカレッジフットボールの試合が控えていたということもあり、人出はいつもより多かったようだ(事件により試合は翌日に延期)。

防犯カメラ映像を確認する限り、ピックアップトラックは猛スピードで通りを突進している。逃げ遅れた人が犠牲となり、14人が死亡(容疑者を含むと15人)、35人以上が負傷した。犠牲者は18歳〜37歳で、見る限り20代の若者が多いようだ。

容疑者のシャムスッド-ディン・ジャバー/シャムス-ディン・ジャバール(Shamsud-Din Jabbar、42歳)は車両の暴走後、警察と銃撃戦になり、その場で射殺された。

複数のメディアによると、容疑者はアメリカ生まれのアメリカ市民で、米陸軍に所属していた退役軍人だった。2007年〜15年にアフガニスタンへ派遣され、20年まで予備役だった。その後はテキサス州で不動産販売をしていたようだが、離婚や多額の借金など数々の問題を抱えていたと報じられている。

また犯行時に車内からイスラム国(IS)の旗が見つかるなど過激派に影響を受けた兆候があったとも指摘されている。幼少時はキリスト教徒として育てられたが後にイスラム教に改宗したという。

FBIはテロ行為としてこの事件を捜査している。

惨事の「既視感」

筆者はこの事件現場を報道で見たとき、ある種の「既視感」を覚えた。一番最初に思い出したのはこの事件。

  • 2021年、ウィスコンシン州のクリスマスパレード

21年11月21日、ウィスコンシン州ウォーキシャでのクリスマスパレードの群衆にSUVが突っ込んだ事件。6名が死亡、60名以上が負傷した。犯人はダレル・ブルックス(Darrell Brooks)という男だが、動機は未だわかっていない。

ニューヨークのタイムズスクエアでも同様の事件が起こったことがある。

  • 2017年、ニューヨークのタイムズスクエア

米海軍の退役軍人、リチャード・ロハス (Richard Rojas)は17年5月18日、タイムズスクエアの歩道に車で突っ込み暴走。観光客の女性が死亡、20人が負傷した。

犯人は精神的な問題を抱えていたと判断され、無罪判決となった。報道では懲役刑の代わりに精神保健施設に無期限で強制的に収容されているという。

この事件後、観光地である当地では車両攻撃からの防衛策が議論され、安全性が高められた(以下写真参照)。

ほかにも車両を使った近年の死傷事件としては、17年にバージニア州でも起こっている。国外ではつい先月、ドイツのクリスマスマーケットでサウジアラビア出身の男が運転する車両による死傷事件があったばかり。ドイツでは16年にもイスラム過激派の男が運転するトラックがクリスマスマーケットに突っ込むテロ事件が発生している。

狙われた「隙間」

筆者はニューオーリンズでの事件を調べていて、一つ疑問が生じた。

なぜ「通りにボラード*がなかったのか」ということだ。

  • ボラード:車両の進入や攻撃を阻止するため、歩道や広場に設置される頑丈な垂直の支柱、杭のこと。通常は金属、コンクリート、石などの素材でできている。

ボラードは歩行者の流れを確保しながら周囲の景色に溶け込むように設置されるため、普段の歩行中はそれほど気づくことはない。しかし意識して見てみると、実は至る所に設置されている。改めて、歩行者がボラードにより車両から守られていることに気づくだろう。

2017年の事件後、タイムズスクエアでの歩行者の安全対策が見直され、ボラードが増設された。(c) Kasumi Abe
2017年の事件後、タイムズスクエアでの歩行者の安全対策が見直され、ボラードが増設された。(c) Kasumi Abe

ボラードがわりにゴミ箱を設置している例。このようにデザインや広告を加えることで、違和感なく周りの景色に溶け込む。(c) Kasumi Abe
ボラードがわりにゴミ箱を設置している例。このようにデザインや広告を加えることで、違和感なく周りの景色に溶け込む。(c) Kasumi Abe

観光地やイベント開催時には、ポラードに加え各種バリアが設置されることもある。可動式で車両通行路は道路の一部になるバリア、警察車両、重量のある花壇やゴミ箱、椅子としても使える分厚い塊などがバリアとして使用されている例もある。

ニューオーリンズの事件現場はどうだったのだろうか?

調べてみると、バーボンストリートにもボラードが設置されているが、市では既存のボラードシステムをアップグレードするためのプロジェクトが進行中だったという。昨年11月に古いボラードの交換作業が開始し、今年2月に完了予定だった。そして修理作業中の年末年始は、一時的に頑丈なボラードが撤去*されていたという。

CNNによると、大型車が突破できるほどの簡易ボラードはあったようだ。そして通りの入り口にはパリケード用に警察車両が駐車し車両の侵入を塞いでいたが、容疑者は通りの傍に乗り上げて中に侵入したと見られる。

いずれにせよ明らかにバリケード不足だったと言える。容疑者は知ってか知らでか、これらの「隙間」に入り込んで車を暴走させ、人々の尊い命を奪った。

  • 仮設の移動式ボラード(Archer barriers)は使用されていなかった。通常のポラードを一時撤去した理由はまだ不明だが、フットボール試合の準備のためだったという説もある。いずれにせよ容疑者は犯行時に銃を所持しており、車両による襲撃ができなかったとしてもほかの手段を取っていた可能性がある。

金銭問題を抱え、テキサス州ヒューストンの貧しいトレーラーハウスに住んでいたと報道されている容疑者の男。事件現場は車で6時間ほどかかる距離だ。

なぜわざわざニューオーリンズを選んだのか?

捜査中につき、事件の動機についてはまだ解明されていない。ただ乱射事件でも何でも一つ事件が発生するとコピーキャット/模倣犯が出てくることはよくある。ここは筆者の憶測ではあるが、犯人が先月ドイツで起きたばかりの事件に触発された可能性は否定できないだろう。また場所については、バーボンストリートが年末年始に多くの観光客が集まる名所であること、カレッジフットボール試合の開催直前で全米から多くの人が集まることを見据えたものだったのかもしれない。そして向かった先にボラードがなかった。そんな「隙間」が狙われてしまったということなのだろう。

(Text and some photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、著名ミュージシャンのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をニューヨークに移す。出版社のシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材し、日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。

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