Yahoo!ニュース

マスコット業界に激震! J3クラブ、グルージャ盛岡のキヅールが斬新な3つの理由

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
東京・渋谷でのキヅールの出張イベントには、さまざまなクラブのサポーターが参加。

 10月15日の週末、J3リーグのグルージャ盛岡対FC琉球にJリーグファンの視線が集まった。もっとも注目されたのは試合そのものではなく、この日初めてお披露目される盛岡の公式マスコット、キヅールである。当日の様子は、こちらの動画からご確認いただきたい。

 マスコットのお披露目は、当該クラブにとっては一大イベントだが、他クラブのサポーターにとっては、ある意味「どうでもいい話」である。ところがキヅールの場合、折り鶴をモティーフとしたユニークすぎるデザインに加え、「本当に立体化できるのか?」とか「どんな動きを見せるのか?」といった話題がネット上で先行。その映像がネット上に流れると、キヅールはまたたく間にJリーグファンの間で話題騒然となり、マスコット業界に激震が走った。

 Jリーグのマスコットが誕生して四半世紀。キヅールはマスコット界の新たな地平を切り開く存在として注目を集めている。その斬新さを集約すると3点。すなわち(1)従来とは真逆のデザイン、(2)クラウドファンディングによる立体化、(3)クラブや地域を超えた話題性、である。以下、それぞれについて解説することにしたい。

両翼と長い首で、やたら大きく見えるキヅール。しかし足元は器用で、ドリブルやパスやシュートも披露する。
両翼と長い首で、やたら大きく見えるキヅール。しかし足元は器用で、ドリブルやパスやシュートも披露する。

 まず(1)の「従来とは真逆のデザイン」について。これまでのマスコットのデザインは、大前提として「可愛らしさ」があり、フォルムは曲線的、質感はフワフワ、動きがアクティブというのが一般的であった(いくつか例外はあるが)。ところがキヅールの場合、折り鶴をモティーフとしているため、フォルムは直線的、質感はツルツル、動きも極めて限定的だ。そして極めつけが、ファンに媚びるような「可愛らしさ」がないこと。つまりキヅールは、従来のマスコット像のアンチテーゼが結集されたデザインとなっている。

 それにしてもなぜ折り鶴なのか? もともと盛岡のエンブレムは、同地を支配していた南部氏の家紋である「向い鶴」をモティーフとしている。そのためクラブは、マスコットのデザインを公募するにあたり「ツルをモティーフとしていること」を条件としていた。結果、4候補のひとつに折り鶴タイプのキヅールが残ったのだが、当初はあまりにも奇抜なデサインゆえに「泡沫候補」という見方さえあった。ところが蓋を開けてみると、2位にダブルスコア、かつ過半数の得票でキヅールが選ばれることとなったのである(参照)

立体化が困難と思われたキヅールであったが、クラウドファンディングを呼びかけることで実現に成功した。
立体化が困難と思われたキヅールであったが、クラウドファンディングを呼びかけることで実現に成功した。

 かくして、極めて困難と思われていた「キヅール立体化プロジェクト」にクラブは真正面から取り組むことになる。それが(2)の「クラウドファンディングによる立体化」であった。プロジェクトを主導した常務取締役の宮野聡さんによると「立体化の制作費はくまモンのようなタイプで100万円から120万円くらい。キヅールの場合、280万円はかかると言われましたね」。予算に余裕がないJ3クラブにしてみれば、決して気軽に準備できる金額ではない。

 そこでクラブは、クラウドファンディングによる制作費捻出を実行に移すこととなった。目標金額は292万6000円。結果はわずか1カ月で、1069人ものパトロンから500万5456円もの支援金が集まった。当初、パトロンの数は300人くらいを想定していたので、その分お礼の品(キヅールのぬいぐるみ)を作らなければならなくなったが、立体化の制作費や諸経費を差し引いても十分にカバーできたという。興味深かったのは、パトロンが全国44都道府県に散らばっており、地元の岩手県は1割に過ぎなかったということ。宮野さんも「本当はもっと地元で盛り上がってほしかったんですけど」と苦笑する。

クラウドファンディングのパトロンにプレゼントされたキヅールのぬいぐるみ。寄付は全国から寄せられた。
クラウドファンディングのパトロンにプレゼントされたキヅールのぬいぐるみ。寄付は全国から寄せられた。

 ここで気付かされるのが、(3)の「クラブや地域を超えた話題性」。これまでの常識でいえば、マスコットはクラブのファンやサポーターから愛されるものであり、地域を越えて愛されることは極めてまれであった。ところがキヅールの場合、地元の盛岡や岩手県よりも、むしろTVやネットを通じて全国レベルで話題になっている。そして今月3日に東京・渋谷で開催された「キヅール関東出張イベント」では、さまざまなクラブのレプリカユニフォームを着たサポーターが集まり、幅広い人気ぶりを確認することができた。

 今後のキヅールの注目点は、独特のデザインを活かしたグッズ開発、SNSによるキャラクターの方向付け、そして海外への展開であろう。盛岡には楊帆(ヤン・ファン)という中国人選手が所属していることもあり、キヅールのお披露目の映像は中国のサッカーファンの間でも話題になっている。海外でも「神秘の鳥」「幸福の象徴」とされているツルだが、折り鶴は極めて日本を想起させるアイテム。それだけに、さまざまな展開が考えられよう。

 キヅールが次に話題になるのは、来年2月のゼロックス・スーパーカップに併せて開催される、Jリーグマスコット総選挙になるはずだ。関係者のひとりは、前出の都内でのイベントで「1位を目指す」と宣言していたが、少なからずのセンセーションを巻き起こすことは間違いない。なお、今回の立体化プロジェクトとクラウドファンディングに関するクラブ関係者へのインタビューは、私のウェブマガジンにて来月上旬に掲載予定である。

※写真はすべて筆者撮影

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

宇都宮徹壱の最近の記事