あなたの会社で中途採用の社員が定着しない理由〜組織の「たこツボ」から救い出せ〜
■中途採用の社員が辞めたワケ
以前勤めていた会社で、中途採用の若手社員がなかなか根付かないことが問題となりました。そこで、退職していく方々に協力していただいて「なぜ辞めるのか」を伺ったことがあります。重い口を開いて返って来た答えで多かったのが、「この会社はどこをどうやって押せば動くのかわからない」というものでした。
「部長に話をして『OK』と言われたので、やってしまっていいのかと思ったら、『あいつにも話を聞いてみて』と言われたりする」と、指揮命令系統や意思決定ルートがわからず途方に暮れてしまい、誰にも相談することもできず、苦しんだ末、辞める決意をしたというわけです。
■転職した先で味わう「たこツボ」
それを聞いて、とても申し訳ない気持ちになったことを覚えています。私はその会社には新卒で入っていたせいかよく分からなかったのですが、私にはオープンなコミュニケーションが繰り広げられている職場が、彼らにとってはとてもクローズドな世界で、何がどうなっているのかわからない五里霧中の状況、つまり「たこツボ」のような世界に見えていたということです。
もちろん、物理的に閉ざされた部屋に閉じ込められているわけでも、シーンとした無音の中にいるわけでもありません。傍目にはふつうに働いているように見えます。しかし、中途社員には「ここには見えない何かがある」「自分だけ何も知らされていないルールやシステムがある」と思えているのです。
■正体は「インフォーマルネットワーク」
その「見えない何か」とは何か。それは人と人のインフォーマル(非公式)なつながり、「インフォーマルネットワーク」でした。上司と部下などのフォーマルな組織上のつながりではない、インフォーマルなものなので、もちろん組織図などには載りません。
最も典型的なものが「新卒採用の同期社員」です。内定者期間が長い分だけ、新卒社員の同期は自然と仲良くなることが多く、それがインフォーマルなつながりになります。また、「過去に一緒の部署で働いた同僚」や「リファラル(紹介)による採用で入ってきた学生時代の先輩・後輩」なども、インフォーマルネットワークの素地となります。特に後者などが発達しすぎると「学閥」などと呼ばれたりします。
■見えない「ガラスの天井」に押し込められる
このインフォーマルネットワークが元凶だったのです。新卒プロパー社員などは当然のように、自然に、無意識に、組織の中でのインフォーマルネットワークを持っています。そして、そのインフォーマルネットワークを使って、効率的に裏ルートから情報を収集したり、真の意思決定者を発見して根回しをしたりします。そうして組織をしなやかに動かしていくわけです。ところが、新卒プロパー社員には便利なインフォーマルネットワークも、それを持たない中途採用社員からすると見えない壁、いわゆる、「ガラスの天井」(Glass ceiling:性別や人種などの非本質的なことによって組織内で能力や成果が正当に評価されず、昇進や昇格ができないという見えない障壁)となるのです。
■インフォーマルネットワークを壊せばよいわけではない
さて、そんな状態の中途採用社員を、「たこツボ」や「ガラスの天井」から救うにはどうしたらよいでしょうか。理屈としては、インフォーマルネットワークを破壊してしまう選択肢はありますが、これはあまり良い方法ではありません。というのも、インフォーマルネットワークは組織に様々なメリットをもたらすものだからです。
インフォーマルネットワークが強い会社は、情報流通が円滑なため、シナジーやイノベーションが起こりやすくなります。フォーマルな関係以外の人間関係があれば、悩みを相談したり目標とできたりする憧れの先輩を見つけることもしやすくなります。退職予防やメンタルヘルスの向上を目的に、遠足や運動会などの課外活動を行って、インフォーマルネットワークを意図的に作り出そうとする会社さえあります。
■中途採用社員をハブ人材につなげる
そういう様々なメリットを考えると、むしろ、インフォーマルネットワークに中途採用社員をきちんと組み込んでしまうほうがよいのではないかと私は思います。やり方はそんなに難しくはありません。もともとあるインフォーマルネットワークのハブ(中心)となっている人物と、中途採用社員を結びつけてあげればよいのです。
日々組織を見ている経営者や人事担当者でしたら、誰が自社のハブ人材なのかはすぐにわかると思います。いろんな人と仲良くしていて、よく飲みに行ったり、遊びに行ったり、相談に乗ったりしているような人です(わからないとしたら少しまずいと思います……もう少し社員をよく見てあげてください……)。リーダー役をやったり、実際にリーダーであったり、ハイパフォーマーであることも多い、このハブ人材と中途採用の社員をつなげれば、彼を通じてインフォーマルネットワークの中に入り込むことができるようになります。
■「つなげる」にはどうすればいいのか
……と簡単に言ったものの、ハブ人材は見つかっても、彼らと中途採用社員を「つなげる」のには一工夫が必要です。子どもではないのですから、「はい、これから仲良くしてあげてね」というのではうまくいくはずがありません。では、どうすればよいのか。
まず一つは、入り口である採用の際に、ハブ人材との接点を設けることです。入社の際に情報提供の場として、ハブ人材に登場してもらい候補者(後の中途採用社員)に対するフォローを行う。そうすれば、中途採用社員としては入社時にお世話になった人になり、ハブ人材からすると自分が関わって入社を決めてくれた人になり、絆が生まれます。また、入社後にもメンター(直接の上司ではないが、様々な面でアドバイスや教示を行う担当)を制度化することで、半ばフォーマルにインフォーマルな関係を作ることも有効です。
■中途採用社員にも「同期」はできる
ハブ人材に加えて、中途社員にもインフォーマルネットワークを作るために、もう一つ簡単にできるのが、新卒プロパー社員にしかできないと思われている「同期」を中途社員にも作ることです。一定期間(3か月ごとなど)に入社した人を、年齢や職位などが違っても「同期」とまとめてしまい、「あなたたちは入社同期ですよ」ときちんと伝えて、懇親会の場を設けたり、定期的に振り返りの会を初期の頃だけでもよいので設けたりすることで、中途採用社員でも同期感を醸成することは可能です。
実際、私が以前在籍していた会社でもこのようなことを行っていましたが、年齢のかなり離れた中途入社同期同士が仲良くなって「私たちは同期です」とふつうに言ってくれるようになりました。そして、その年の離れた同期はそのままメンタリングの関係にもなっていきました。
■中途社員を「変に」大人扱いしすぎない
中途採用の社員は、一定の経験があることから、本稿のような対応をするのは子ども扱いしていると思われるのではないかという懸念もあります。もちろん、気位の高いエグゼクティブなどにも同じようにできるかどうかは微妙です。
しかし、どんな年齢や職位の人であろうと、転職で新しい会社に入ることは同じように不安なはずです。そこに、少し新卒的な子どもっぽさを感じたとしても、サポートをしたいという動機を感じることができる人がいれば、喜んでインフォーマルネットワークに巻き込まれてくれるのではないでしょうか。逆に、変に斜に構えて「そんな子どもっぽいことは俺はしない」という人のほうが、むしろ思春期的な感じもします(言い過ぎかもしれませんが)。
ですから、経営や人事はあまり気にし過ぎずに、最初は少し嫌がられても思い切ってサポートしてしまうほうが、結果としては全員がメリットを享受できるのではないでしょうか。
※HR Zineより転載・改訂