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「子無し猫好き女」騒動で改めて思う、ブラピ、アンジー、ジェニアニに起きたこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ブラッド・ピットとジェニファー・アニストンには子供ができなかった(写真:ロイター/アフロ)

 共和党の副大統領候補J・D・バンスの過去の「民主党は子無し猫好き女(Childless cat ladies)によって仕切られている」との発言が、あいかわらず波紋を呼んでいる。メディアには女性コラムニストらによる意見記事が掲載され、ソーシャルメディアには「#ChildlessCatLadies」のハッシュタグが飛び交い、オンラインショップでは「Childless Cat Ladies for Kamala(子無し猫好き女たちはカマラを支持する)」、「Proud Childless Cat Lady(誇り高き子無し猫好き女)」などと書かれたTシャツが何種類も売られている状況だ。

 これら多くの声の中でも最もインパクトがあったのは、言うまでもなくジェニファー・アニストン。バンスは不妊治療へのアクセスを守るための法案にも反対票を入れていることから、アニストンは、「バンスさん、あなたの娘さんが将来いつか自分の子供を生める、幸運な人であることを願います。不妊治療に頼らなくても良いことを。あなたはそれすら彼女から取り上げようとしているのですから」と、インスタグラムを通じて批判した。

 アニストンは31歳でブラッド・ピットと結婚、46歳でジャスティン・セローと再婚。いずれも離婚に終わり、子供はいない。ピットが子供を望んでいることは広く知られていただけに、「『フレンズ』が終わったら」と言っていたかと思うと「フレンズ」終了時期が決まったとたん立て続けに映画の仕事を入れたアニストンは、映画女優として成功したいという野心を優先していたのだと思われていた。

 しかし、2年前、アニストンは、アメリカの雑誌「Allure」へのインタビューで、実は不妊治療をしていたのだがかなわなかったのだと告白。「夫に去られたのは私が子供を作ってあげないからだというのは、まったく違う」と、世間が信じてきたことを否定している。

 その意外な事実に、当時も人々は驚いたものだが、国の将来がかかっている今、アニストンがこのようにパーソナルで力強いメッセージを発信してくれたことに、人々は心を揺さぶられた。お金がたっぷりあり、たいていの願いはかなえられるセレブリティですら、妊娠出産だけは思う通りになるとは限らないのだということを、このアメリカのスイートハートは思い出させてくれたのである。

アニストンが受けた仕打ちは想像以上に残酷だった

 このことはまた、アニストン、ピット、アンジェリーナ・ジョリーに起きたことについても、あらためて考えさせるきっかけをくれた。アニストンがピットとの子供を作るために努力していたのだとあれば、これまで信じられてきた話は、かなり違ってくる。そして、夫をジョリーに略奪されたのは、人々が想像した以上に辛く、残酷なことだったのではと思うのだ。

 ピットとジョリーが夫婦役を演じる「Mr. & Mrs. スミス」(2005)の撮影が始まったのは、ピットとアニストンが結婚して3年半が経った2004年初め。ふたりのベイビーはいつ生まれるのかと余計なお世話ながら心待ちにしてきた世間も、少し疲れてきた頃だ。アニストンより6歳下のジョリーは、2番目の夫ビリー・ボブ・ソーントンと離婚し、シングルマザーとしてカンボジアから引き取った養子マードックス君を育てていた。

2003年、養子に引き取ったマードックス君と外出するジョリー
2003年、養子に引き取ったマードックス君と外出するジョリー写真:Splash/アフロ

 当時2歳半の息子をジョリーは撮影現場に連れてきており、ジョリーとすぐに意気投合したピットは、休憩時間を常にこの母子と一緒に過ごした。誰もがそうだとは言わないが、見た目のイメージと中身にギャップがあると、より魅力的に感じられるもの。セクシーで奔放なイメージのあるジョリーが、優しい母親としてひとりで子育てしている様子にピットが強く興味を惹かれたとしても、驚きはない。しかも彼女は飛行機を操縦するし、慈善活動に熱心で、毎回ギャラの一部を寄付するというのだ。さらに、この若さなのにもうオスカーも受賞していて、キャリアも絶好調。この女性は、子供を持っても、こんなにもたくさんのことをこなし、楽しんでいる。

 自分の魅力を知っている上、気に入った男性を落とすことに長けているジョリーには(ソーントンも、ジョリーと電撃結婚する直前までローラ・ダーンと同棲していた)、ピットの心が見て取れた。ピットにすっかり懐いたマードックス君が「あなたは僕のパパなの?」と聞いたのも、ジョリーに仕向けられたのかもしれない。自分はこのまま子供を持つことができないのかと悩んでいたところへそんなことを言われたら、そちらの生活を手に入れたいという気持ちも生まれるのではないか。

 アニストンとの間に子供がいないのはできないからだとピットがジョリーに言ったのかどうかはわからない。パーソナルなことだし、おそらく言っていないのではと思う。だが、世間のすべての人同様、ジョリーは、ピットが自分の子供を望んでいるのを知っていた。それでジョリーは、アニストンがピットに離婚申請をしてピットが解放されると、離婚成立も待たずに、彼の子供を妊娠したのだ。それまでは、「世界には親のいない子供がたくさんいる。だから私は、養子はこの後も取ると思うけれど、自分の子供は生まない」と宣言していたのに、である。

「Mr. & Mrs. スミス」でピットとジョリーは夫婦を演じた
「Mr. & Mrs. スミス」でピットとジョリーは夫婦を演じた写真:Splash/AFLO

 そのことについて、ジョリーは後に、「本当に愛する人に出会って気持ちが変わった」と述べている️。いずれにせよ、ジョリーにとっては、すでに手に入れていたこの男性を、これでより確実に自分のものにすることができた。一方でアニストンは、自分が4年近くも頑張りながら結果が出なかったことを、別の女性があっというまにやってみせ、愛した人を奪っていくのを見ても、何もすることができなかった。これまで思われていたように、キャリアのために子作りを遅らせ、夫にも我慢を強いていたのなら、価値観の違いでしかたがなかったといえる。だが、そうでなかったのだとしたら、非常に酷い。

 もちろん、その選択をしたのはピットだ。妻と一緒にもう少し頑張ろう、あるいはジョリーとマードックス君を見て自分たち夫婦にも養子という手段はあるのだろうかと考えてみることはできたはず。だが、彼は、目の前にいる、若く、美しく、母性あふれる女性との人生を望んだ。そして、アニストンとの結婚前、「7人子供が欲しい」と語っていた彼は、さらなる養子縁組と、双子の実子も生まれたことで、あっというまに6人の父親になってみせた。子供たちはピットにとって何より愛おしい存在。彼はしばしば、家族を持つ生活の喜びを語っていた。

 しかし、後に、それを彼に与えてくれたジョリーは、彼からそれを奪うというむごいことをするのだ。

ジョリーとピットの長女で養女のザハラちゃん(右)と、次女で実子のシャイロちゃん(左)
ジョリーとピットの長女で養女のザハラちゃん(右)と、次女で実子のシャイロちゃん(左)写真:ロイター/アフロ

 ジョリーによる離婚申請からほぼ8年になる今も、親権問題は解決しないまま。一時期は共同親権が認められたのに、ジョリーはうまく判決を無効にしてしまったのである。ジョリーの狙いは、一番下の双子ノックス君とヴィヴィアンちゃんが親権のいらない年齢に達するまで時間稼ぎをすること。ジョリーとほとんどの時間を過ごし、彼女の言うことを聞かされるうちに、子供たちは父親が嫌いになってしまった。実子のシャイロちゃんは、今年、18歳の誕生日を迎えるやいなや、苗字をジョリー=ピットからジョリーに変更申請している。正式な手続きは取らなくても、ほかの子の何人かもジョリーを名乗り始めた。当然のことながら、ピットは心を痛めているらしい。

ジョリーに体外受精説が出たことも

 ところで、ノックス君とヴィヴィアンちゃんが生まれた時には、体外受精によるものだとの報道も出ている。かなりまことしやかな報道だったが、それに対しジョリーは、「それが真実ならば私は体外受精について話すけれども、真実ではないので」と否定していた。逆に、アニストンがもしもっと早く真実を語っていたら、どうだっただろう。彼女の親友で「フレンズ」の共演者コートニー・コックスが不妊治療の末にひとり娘を授かったことは知られていたのだし、本当のことを明かしていれば、アニストンが「Allure」のインタビューで言ったように、「夫の気持ちを考えない身勝手な人と決めつけられる」ことはなかったのではないか。

 とは言え、それはとてもプライベートなこと。関係のない人に言う必要はない。それは、セレブリティだったとしても、一般人だったとしても同じ。打ち明けるかどうかは個人の選択だ。表に見えないところで、人にはいろいろな事情があるもの。それはどうにもならないことだったりもする。

 そう一周したところで、バンスに戻ろう。子供を生まなかった女性を下に見るのは時代錯誤もはなはだしい価値観で、視野が狭く、思いやりと想像力に欠ける人物だということの表れである。アニストンが言ったように、副大統領になるかもしれない人の発言とは、到底思えない。猫好きか、子供がいるかいないかに関係なく、多くの女性たちはこの言葉を聞いて結託した。この11月、自身が見くびった投票者層に彼がどんな仕打ちを受けるのかを見届けたいものだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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