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志村さん訃報で広がる中国非難の中、厚労省の「悪いのは人でなくウイルス」は正しいのか

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
新型ウイルス肺炎が世界で流行 発生地の中国(写真:ロイター/アフロ)

 志村けんさんの訃報を受けて中国を非難するコメントが多い中、厚労省の「悪いのは人でなくウイルス」発言が引用されている。それは正しいのか?中国の庶民は悪くないにせよ、習近平の罪を見逃すことはできない。

◆広がった中国へのバッシング

 3月30日、長きにわたって日本国民に幅広く愛されてきた志村けんさんの訃報が伝えられると、多くの日本人は衝撃と共に悲しみに包まれた。その悲しみは怒りへと変わり、ネット上では「悪いのは中国」とか「志村けんを殺したのは中国だ」といった種類のツイートが溢れ出た。

 たしかにこの「中国」を「中国人」と書いているコメントも多く見られ、これを「ヘイトスピーチ」と非難する声もまた同時に上がっている。

 そのような中、厚生労働省がかつて(2月1日に)言った「決して人が悪いわけではなく、ウイルスが悪い」という言葉を以て、中国へのバッシングを抑制させようとする言動もある。たとえば3月30日付けの<志村けんさん死去で広がる「中国ヘイト」殺害を呼びかける悪質ツイートも>では、最後に<日本の厚生労働省も「人が悪いわけでなくウイルスが悪い」と会見で呼びかけている。>と結んでいる。

 良識的と言えばそうかもしれないが、うっかりすると、この言葉にはとてつもなく危うい視点が潜んでいることにも、私たちは目を向けなければならない。

◆中国のネットユーザーも「言論弾圧が人を殺す」と中国当局を非難

 2月13日付のコラム<言論弾圧と忖度は人を殺す――習近平3回目のテレビ姿>で書いたように、武漢の李文亮医師は12月30日に「原因不明の肺炎はSARSのコロナウイルスに似ている」とウィチャットで警鐘を鳴らしたが、武漢公安に「デマを流して社会秩序を乱した」として1月1日に摘発された。二度とこのようなデマは流しませんという誓約書にも署名捺印させられた。その李文亮が2月7日未明にまさに新型コロナウイルス肺炎で亡くなったのを受けて、中国のネットでは怒りが爆発し、多くのネットユーザーが悲しみを表した。と同時に李文亮に対する当局の「言論封殺」を激しく非難した。

 その時にネットに書き込まれた言葉に「言論弾圧は人を殺す」というのがある。

 中国のネットユーザーが、中国当局への怒りを表した言葉だ。

 李文亮の死を受け止め切れず、悲しみのどん底に追いやられた中国の庶民が、「中国当局が李文亮を殺した」と怒りを爆発させたのだ。

 言論を封殺したのは武漢市長や書記などの幹部だったが、しかし幹部がそうしなければならないのは習近平の顔色を窺っているからであり、一党支配体制が強制する言論弾圧により思考力も判断力も麻痺しているからだ。中国の至るところに武漢と同じ幹部がいる。これは一党支配体制と言論弾圧が招いた結果なのである。

 李文亮医師の警鐘に耳を傾けていれば、新型コロナウイルスは絶対にここまで広がってはいない。

 責任は誰にあるのか、明確だろう。

◆WHOに緊急事態宣言を出させないようにした習近平

 1月31日付けコラム<習近平とWHO事務局長の「仲」が人類に危機をもたらす>や1月27日付けコラム<「空白の8時間」は何を意味するのか?――習近平の保身が招くパンデミック>でも述べたように、習近平はWHOが1月23日に出そうとしていた緊急事態宣言を出させないように必死で画策した。

 もし1月23日にWHOのテドロス事務局長が緊急事態宣言を出していたら、あるいはせめて、1月30日に緊急事態宣言を出す際に「但し、中国への渡航と貿易を禁止しない」などという条件を付けて緊急事態宣言を骨抜きにするようなことをしていなければ、いま人類はここまでの危機に追い込まれて苦しむこともなかっただろう。

 人類を滅亡の危機にまで追い込んでいるのは習近平の保身であり、WHOのテドロス事務局長の習近平への忖度だ。

 コロナ禍は「人災」なのである。

◆いま中国は

 3月31日現在で、中国のコロナ患者の数は3,052人にまで減少し、中国国内で感染した新規感染者の数はここ一週間ほど「ゼロ」を記録している。新規感染者は海外からの渡航者に限られ、厳格な水際対策を断行している最中だ。

 中国国内にはまだ無症状感染者はいるが、その人たちは3月26日付けコラム<中国の無症状感染者に対する扱い>に書いたように隔離されている。皮肉なことに中国の監視社会が効果を発揮していると言っていいだろう。

 つまり、中国は全人類に新型コロナウイルスを巻き散らしておきながら、自分自身はほぼ感染拡大から抜け出し、経済復帰に既に着手しているのである。分野によっては復帰率98%の所もあり、アメリカの感染者が16万を超える勢いにあるのをしり目に、サッサと自国だけ経済復帰に邁進している。

◆習近平「ウイルスに国境はない」

 習近平は本来なら全世界に対して、そして全人類に対して謝罪しなければならないはずなのに、医療部隊や医療支援物資を一帯一路参加国に送っては「習近平こそが人類の救世主」と言わせている。

 そして習近平は政権スローガンの一つである「人類運命共同体」を掲げて、まさに「ウイルスに国境はない」と豪語している始末だ。

 この言葉と厚労省が言っている「決して人が悪いわけではなく、ウイルスが悪い」という言葉は、類似ではないだろうか?

 つまり、厚労省は、「習近平が言って欲しい言葉」を復唱してあげていることになるのだ。

◆アメリカは

 アメリカの感染者がどこまで増えるのか分からないが、現時点での増加曲線の増加率から見た場合、残念ながらもっと増えていくであろうことが推測される。絶対数も全世界で最多だ。中国のピーク時の感染者累積81,518人の2倍を超えるのは確かで、中国の総人口が14億であるのに対してアメリカの人口が約3.3憶人であることを考えると、人口当たりの罹患率の違いには凄まじいものがある(アメリカ4.87、中国0.59で、アメリカの「人口から見た罹患率」は中国の約8倍)。

 ということはアメリカが受ける経済的ダメージは中国とは比較にならないことになる可能性がある。

 アメリカが受けているダメージに対して、アメリカでは「中国政府の対応の遅れが感染を広げ、損害を被った」として、中国政府を相手取り、集団訴訟を起こす動きが出ている。カナダ発の「テドロス辞めろ」署名活動の輪も徐々に広がっている。

 これでも日本は「人が悪いわけでなくウイルスが悪い」として、中国を擁護し続けるのか。

 コロナ災禍が過ぎ去った後、世界は習近平を犯罪者として追及するかもしれない。

 その勇気がなかった時、中国はアメリカを超えて、コロナ後の新しい世界秩序を形成していく危険性を孕んでいる。言論を弾圧する一党支配体制が世界に君臨する。そのような未来像は見たくないが、目の前に迫っているのだ。それでいいのか。

 日本人の本当の良心と見識はどこにあるのかを問いたい。

 なお、私の子供がまだ小さかったころ、最初にテレビを観て声を上げて笑ったのは、志村けんが出ている番組だった。「こんなに喜ぶんだ」、「このおかしさが分かるんだ」と、驚いたものである。仕事をし続けていた私は、以来、志村けんに「子守り」をしてもらったものだ。

 その志村さんの命を奪ったのは誰か。人の運命は分からないとしても、コロナがなかったら、こんなことにはなっていなかったはずだ。それを考える理性を持ち悲しみと思いを抱くことは「ヘイト」とは無関係だろう。静かにご冥福を祈る。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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