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コーヒー文化は先進国だけの特権ではない

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

国際コーヒー機関(ICO)は4月5日、「新たなコーヒー消費市場のトレンド(trends in new coffee-consuming markets)」と題するセミナーを開催した。

ICOによると、2009年から12年にかけての世界コーヒー需要は年率2.4%と順調な拡大を遂げているが、地域別でみるとその成長率には大きな違いが見られる。欧米を中心とした伝統的な消費国は依然として最大市場であるが、その需要拡大ペースは年率+0.5%に過ぎない。一方、コーヒー生産国内での需要は+3.1%、新興国における需要は+6.5%となっており、コーヒー需要の拡大は生産国と新興国に強く依存する構図になっている。

このため、この新たなコーヒー消費市場である生産国と新興国の需要動向を学ぶことで、コーヒー消費量拡大のプロモーションに活かそうという会合になる。全部で8人の専門家が講演を行っているが、そこから重要と思われる議論を紹介したい。

■新興国でコーヒー文化が開花する

コーヒー市場成長の鍵を握っているのは新興国市場であり、2020年までには同市場の世界シェアは50%に達する見通しになっている。特にインスタントコーヒーの普及が市場拡大に寄与すると予測されている。家庭内外ともに「一杯用コーヒー(Single-Serve Coffee)」の普及もけん引役になっており、伝統的にお茶(tea)が志向されてきた国々でも、インスタントコーヒーに対する需要が拡大している。

日本では、カプセル式コーヒーである「一杯用コーヒー」は余り聞き慣れないかもしれないが、窒素を充填して密閉したカップから、新鮮でしかも短時間、簡単にコーヒーを抽出できる新しいタイプのコーヒーである。近年は、この誕生によってコーヒー需要環境が一変したとの指摘も行われている。

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(出所:P&Aのプレゼンテーション資料)

所得水準の向上と、それに伴う中間層の拡大、更には高品質コーヒー志向の高まりもあって、主要国でコーヒー文化の普及が進むと予測されている。引き続き西欧諸国が金額面でも数量面でもコーヒー市場を主導する見通しだが、今後の需要拡大の大部分は、コーヒー輸出国(=生産国)と新興国市場で実現する可能性が高い。特に、最大のコーヒー生産国であるブラジルは、20年までに世界最大のコーヒー消費国にもなる見通しである。新興国では、地元に根ざしたローカルなコーヒー産業も育ち始めており、その地域に適した商品を提供できるようになっていることが、都市部を中心としたコーヒー需要の拡大に寄与することが期待されている。

■ロシア:インスタントからの脱却

2011年にロシアのコーヒー市場は360万袋(1袋=60kg)に達するとされているが(過去8年で累計11%の成長)、それ以上に注目すべきはコーヒー消費金額の方である。具体的には、2001年時点で7億5,000万ドル市場だったのが、11年には25億ドル市場まで拡大している(こちらは過去8年で333%の成長)。

当初はインスタントコーヒーが中心の消費構造だったのが、高品質の焙煎コーヒーに市場を明け渡したことが、付加価値の増大につながった模様だ。市場シェアは、05年時点でインスタントが76%だったのが、10年には72%、11年には69%まで低下しており、インスタントコーヒーを手掛かりに市場を開拓した後に、付加価値の高いコーヒーが消費され始める流れが確認できる。

ロシアは伝統的にお茶を志向してきたが、そのお茶に対する消費量を低下させることなく、コーヒー需要を創出したことも特筆されている。ただ、所得水準に強く依存する関係で、今後は年率2%を超えるような成長は想定できないとされている。

■コロンビア:生産国であり消費国でもある

コロンビアでは、コーヒーは唯の商品農作物ではなく「プライド(Pride)」であると特殊性が強調されている。しかし、これまでは生産以外の知識は乏しかったことで、まずは消費者の教育段階からコーヒー消費の普及が促されている。

コーヒーと健康との関係を広報したり、コーヒー濃度の低いコロンビア式コーヒー「Tint」ではなく、外国で飲まれているのと同様のコーヒーを紹介することで、2年連続で1%の市場拡大に成功している。ただ、現段階では都市部での需要が殆どだとして、今後のプロモーションの必要性を強調している。

■韓国:コーヒーショップがけん引役に

韓国にとってのコーヒーは、朝鮮戦争の際に米軍からもたらされたプレゼントとされている。現在の市場規模は37億ドルであるが、これは07年当時の2倍の規模となっている。

市場規模拡大のポイントは二つあり、一つはロシア同様にインスタントから焙煎コーヒーへの需要シフトである。インスタントのシェアは、07年の95%から11年には85%まで低下したとされている。二つ目は、コーヒーショップの軒数増大。06年に1,600軒だったのが、11年には1万2,000件に達している。国際ブランドの他に、韓国のローカルブランドの立ち上げにも成功しており、コーヒー消費の拡大が促されている。ただ、韓国のコーヒー価格は平均で4ドル、ホテルなどでは最大30ドルと高額なため、可処分所得のある若者中心の消費に留まっている。

■ロブスタ種の品質改善が実現

ここ数年は、インスタントコーヒー市場の拡大が顕著になっている。これは、ベトナム主導でコーヒーの品質改善に成功したことでロブスタコーヒーの品質・イメージが向上すると同時に、東南アジア全体で生産量そのものが急速に拡大している影響が大きい。従来は、低品質のロブスタコーヒーがインスタント用に消費されていたが、近年の品質改良でロブスタコーヒーに対する評価が高まっている。ロブスタ価格の上昇は、アラビカコーヒーの高価格を反映しただけではなく、品質そのものが向上している影響がある。

伝統的なお茶の消費地であるアジアで家庭内需要が増えており、この地域の人口増加や経済成長ペースを考慮すれば、まだ需要拡大のポテンシャルが多く残されている。中国の人口拡大は2025年にピークを迎えると予測されるが、経済成長率や人口規模を考慮すれば、依然としてコーヒー市場の拡大余地は大きい。また、既にインスタントコーヒーが普及している東南アジアも、世界平均を上回るペースで人口増加が予測されている。

■コーヒー初体験はオフィス

コーヒー需要は、コーヒー文化の象徴でもあるコーヒーショップの普及状況に強く依存するが、オフィスにおけるコーヒー消費の重要性が注目されている。多くのオフィスがコーヒーを備え付けるようになっているが、中国やインドなどの新興国では、若者が初めてコーヒーを体験するのがオフィスという例も少なくない。

コーヒー文化が普及している国々では家庭内需要が注目されがちだが、コーヒー文化が発祥したばかりの国々では、オフィスなどの家庭外で需要が創出され、それが家庭内に持ち込まれるというトレンドが見受けられる。

■総評

これまでお茶文化が普及した地域で、コーヒーの普及が可能か否かというのは、コーヒー市場において長年にわたって議論が行われてきたテーマである。日本の先行事例(成功体験)から、アジア地区でもコーヒー需要拡大の可能性が高いと見られていたが、近年のデータはこうした見方を強く支持している。

コーヒー生産国内でも、これまでは輸出用の商品農作物とみられていたのが、所得水準の向上によって生産地でも消費されるようになり、コーヒー文化はほぼ全世界に普及することが可能なことが確認されつつある。

その普及経路は、当初はインスタントで始まり、その後に焙煎コーヒーなどの付加価値の高い商品に移行するとのトレンドが、各国で報告されている。まずはお湯や水で溶くだけの簡単なインスタントコーヒーが普及し、その後に高品質コーヒーへの志向の高まりから、消費金額の増大が促されるフローにある。その意味では、インスタントと焙煎コーヒーの中間商品とも言えるカプセル式コーヒーが先進国で普及していることが、今後の新興国需要にどのような影響を及ぼすのかが注目される。

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(出所:Rabobankのプレゼンテーション資料)

(注:黒がコーヒー文化、青がお茶文化の地域)

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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