300本超えの映画を発表してきた女性監督のレジェンド。新作は、実在の女性反逆者と国にケンカを売る?
金子文子(かねこふみこ)を知っているだろうか?
知らなくても仕方がないかもしれない。
というのも、彼女は明治生まれ、大正期の人物。
日本の国家権力に異を唱えた大正期のアナキスト、虚無主義者、反逆者であった彼女は、大逆罪で死刑判決を受け、皇室の恩赦で無期懲役に減刑されるも、それを受け入れず、1926年7月23日、刑務所で自ら命を断った。23歳の若さでこの世を去り、2026年には没後100年を迎える。
現在、その金子文子にスポットを当てた映画プロジェクトが始動中だ。
映画「金子文子 何が私をこうさせたか」は、文子が死刑判決から獄中での自死に至る121日間に着目。権力に抗い、最期までたった一人で国家に闘いを挑んだ金子文子の魂を描き出す。
監督はこれまで300本以上の映画を監督・制作してきた女性監督のレジェンド、浜野佐知。
主人公の金子文子役は、一作ごとにまったく別の顔を見せる女優、菜葉菜が演じる。
9月末のクランクインを前に本作について浜野佐知監督と菜葉菜をそれぞれインタビュー。
こちらは浜野監督に話を訊く。全五回/第一回
文子を今の時代に蘇らせ、
「文子と共にこの国にケンカを売りたい」と思ったんです(笑)
はじめに金子文子との出会いをこう振り返る。
「金子文子の名前はずいぶん以前から知ってはいたんですよ。
ただ、はっきりと彼女の存在を意識したのは20年ぐらい前のことで、文子が獄中で書いた自叙伝『何が私をこうさせたのか』を読んで衝撃を受けたんです。
今回のクラウドファンディングのステートメントでも書いたのですが、『何が私をこうさせたのか』を読み進めていくうちに、彼女とは生きた時代も年齢も違うのに、私自身の魂が文子の中で蘇ったかのような感覚を覚えたんですね。文子の怒りと絶望が、まっすぐに私の中に飛び込んできたようでした。
当時の日本は、まあ今でもですけど(笑)、女には個を生きる自由がなく、社会の中でも家族の間でも女に生まれたというだけで差別されていた。あの時代の日本で女が自らの生き方を貫くことは並大抵のことではなかったんです。
そんな中で、文子はたった一人で日本という強大な国家権力に闘いを挑んだんです。死を賭してまで権力に立ち向かった文子に深く共感しましたし、この女性をどうしても映画にしたいと思ったんですね。
私は映画監督になってから300本のピンク映画と、6本の自主制作作品を撮ってきました。ピンク映画は職業として、自主制作作品は私がどうしても撮りたいもの、未来へと繋げたいものをテーマに撮ってきました。
たとえば、作家の尾崎翠、ロシア文学者の湯浅芳子といった100年前の日本で自らを曲げることなく生きた女性たちに焦点を当てて描いてきたんです。
彼女たちに共通するのは自らの生き方を貫いたことだけじゃないんですね。歴史の中で、これまでほとんど語られて来なかったんです。
そういう女性たちを私はライフワークとして描いてきました。
日本という男社会で、彼女たちがいかに生きて、いかに社会と対峙し、自らの道をつかみ取ってきたのかを映画にしてきたんです。
ただ、金子文子という人は、これまで描いてきた女性たちとはまた違うんですね。はっきりと国家に向って闘いを挑んでいる。20歳そこそこの女性が、たった一人で大日本帝国を相手に闘っているんです。
なのに、あの時代のアナキズムや大逆罪といったことで名前が出てくる女性は菅野スガや伊藤野枝で、金子文子はほとんど知られていない。
同志であり、内縁の夫でもあった朝鮮人アナキストの朴烈とセットでしか語られてこなかったんです。それで、一人の人間としての文子をきちんと描きたい、金子文子という女性の生き方を歴史に残したい、と思ったんです。
ただ、テーマがテーマなのでなかなか映画にするのが難しかった。制作資金の問題もありますしね。だけど、私も映画監督として半世紀以上を生きて、果たして残された時間がどれほどあるのか、もし、次が最後の作品になるなら、何を撮りたいか、そう考えたとき、金子文子を撮りたい、文子を今の時代に蘇らせ、文子と共にこの国にケンカを売りたい、と思ったんですよ(笑)」
金子文子の怒りが共有できたんです
かなり金子文子に共鳴したところがあったように見受けるが?
「そうですね。
両親が出生届を出さず、無籍者として育てられ、朝鮮の叔母・祖母に引き取られた際には奴隷同然の生活を強いられた文子とは比べものにならないんですけど、私もまた『女は映画監督になれない』と門を閉ざした日本映画界で、あらゆる差別を受けながら映画監督への道を歩み、生き抜いてきました。
時代も環境も違いますけど、女性であることで受けてきた差別が、その差別に対する怒りが文子の中にはしっかりと刻まれている。
私の中にも、映画監督になるまでの過程で受けてきた差別や不当な仕打ちに対する怒りがある。
だから、金子文子の怒りが共有できたんです。金子文子が私という人間と重なったように感じたんですね。思い入れが深すぎて、彼女のことを客観視できなかったところもありました。
だから、すぐにでも映画化したいと思った一方で、相反するんですけど、おいそれと手は出せないぞとも思いました。
金子文子ととことん向き合うということは覚悟が必要なんです。やると決めたからにはこちらも死ぬ気でやらないと、本当の金子文子が立ち上がってこない。『百合子、ダスヴィダーニヤ』で出会った菜葉菜さんが文子を演じてくれることになって、私の中で覚悟が決まりました。
やっと今、映画化へのスタート地点に立つことができたと思っています」
(※第二回に続く)