インドルピー安で、金準備拠出の噂が駆け巡る
インド通貨ルピー相場が急落する中、同国が2009年に国際通貨基金(IMF)から購入した金200トンが、資金調達のためにリース市場に拠出されるとの観測が浮上している。
ルピー相場は、1~4月の1ドル=53~55ルピーに対して、8月20日には過去最安値となる64.12ルピーを付ける急落となっている。インド準備銀行(中央銀行、RBI)は同日にルピー支援のために為替介入を行っていると見られるなど、通貨防衛対策を迫られており、そのための資金調達の一つとして金リースの可能性が指摘されている訳だ。
米国が9月にも資産買い入れプログラムの規模を縮小するとの見方が強まる中、過去5年にわたる大規模な金融緩和策で膨張した投機マネーは、早くも新興国市場からの引き揚げを加速させている。特に経常収支が大幅に悪化しているインド通貨が狙い打ちにされた形であり、新興国通貨の中でも特に下げ幅の大きさが目立つ状況になっている。
インドの外貨準備高は直近の8月9日時点で2,786億ドル(約27兆1,800億円)に達しているため、最近の資金流出は直ちに大きな問題になるレベルにはない。実際に、8月19日には世界銀行のチーフエコノミストが、外貨準備を利用してルピー相場の安定を図るべきとの提唱を行うなど、十分な余力を有している。ただ、5月以降の3ヶ月半で既に外貨準備の6%相当が失われる中、流動性を強化するために、保有する金準備高をリース市場に出して、ドルなどの外貨を確保すべきとの論調が見られるようになっている。
■アジア通貨危機の教訓
通貨危機における金準備の売却は珍しいものではなく、実際に1990年代後半のアジア通貨危機の局面では外貨調達の目的で韓国などが金売却に踏み切ったことは記憶に新しい。通貨防衛で自国通貨買い・ドル売り介入を行う原資として、「有事の金売り」が行われた実績はある。
ここ数年の欧州債務危機においても、欧州の一部中央銀行がリース市場でドル手当てを行った可能性が指摘されるなど、有事において金準備は資金調達の強力な手段になる。
このため、ミニ通貨危機とも言える現状において、インド政府や他の新興国が金の売却やリースによって、流動性供給の可能性を模索したとしても何ら違和感はない状況に陥っていた。
こうした漠然とした不安感が広がる中、8月20日付けのThe Hindu Business Lineは、財務省筋の話として、同国が金準備をリース市場に供給する見通しだと報じている。インドは、IMFが途上国支援目的で09年9月に保有金403.3トンの売却を決定した際に、200トンを外貨準備分散目的などで引き受けている。この200トンを今回の有事においてリース市場に拠出することで、ブリオンバンクなどから流動性の高い外貨を調達し、それを原資にルピー防衛を行うとのロジックになる。要するに、金と外貨とのスワップ取引である。
The Hindu Business Lineによると、こうした取引手法は前週にインドを訪問したロンドン地金協会(LBMA)のDavid Gornall会長も推奨したとされている。同氏は、インド国際会議の講演で「金のスワップで、ドルを好きな期間だけ調達できる」とその魅力を語ったとされている。
前出の財務省筋は、「最終決定は来月」としているが、金は最も流動性の高い資産であり、既にリースに出す準備は整っており、直ちに資金調達が出来るとしている。
■インド当局は金拠出の可能性を否定
インドのArvind Mayaram経済担当大臣は8月21日夕方、金のリースは検討していないとの声明を発表して、The Hindu Business Lineの報道内容を完全に否定した。短い声明でこれ以上の解説は行われていないが、こうした金準備拠出の観測報道が出てきていることは、インドの通貨危機の深刻度合いが著しく高まっていることを象徴する動きと言えるだろう。
インドの場合は膨大な外貨準備によって金拠出の必要性は必ずしも高くないが、新興国通貨安はインドに限定されたものではなく、外貨準備の厚みが弱い国が同様の問題に直面した際に、金準備が聖域に置かれ続けるのかは疑問視される。
そして、こうした有事においては「通貨としての金」の流動性の高さが再認識されることで、「安全資産」の意味が再確認されることになる。