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暴言は目撃しただけの人の心も脳も傷つける

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
shutterstockより

暴言を目撃したときの激しい不快感

ニュースとなっている国会議員の暴言テープを聴いた人で、衝撃を受けない人はいないはずだ。ただ週刊新潮を見ると、トップ記事扱いではない。ところがニュースやネットでこれだけバズってしまうのを見ると、自分が被害者ではなくても、暴言を吐く人に対して人は強い不快感を持ち、反応してしまうのだと改めて思わされる。

6月21日夜に発生した架線事故の影響で新幹線に長時間すし詰めになった事件でも、ツィッターでは駅員に心ない暴言を浴びせる客の動画が流れてきた。しかも、リツイート数は4桁に上っていた。公衆での暴言は都市部にいると生で目撃する機会も少なくないが、家にいてもネットでこういった不愉快な場面はいやおうなしにも目撃することができてしまう。そしてまた、不快な記憶として長く残ってしまうものである。

たしかに、新幹線の中に数時間も閉じ込められれば、自分の思うようにならない苛立ちを制御できない人も出てくるだろう。睡眠不足や疲労の影響もあるかもしれない。しかし冷静に考えれば、駅員に暴言をいくら放っても、事態は好転するどころか、クレーマー対応で貴重な人手をムダに奪うことになり、効率的ではない。駅員にからんでいる暇があるくらいなら、ホテルの予約や仕事先への連絡など、遅延の対策を粛々と進める方が合理的である。

暴言をまともに浴びる職種は、個人のストレス耐性にもよるが、精神的に不調に陥る可能性は高い。テレフォンアポインターは電話口で暴言を浴びやすく、精神不調に陥りやすいとある臨床家から聞いたことがある。医療現場も例外ではなく、わたしも患者やその家族から暴言を受け大きな精神的ショックを受けたことがあったが、なんとか今に至っている。

しかし、同じような暴言に対しても、図太い人もいれば、折れてしまう繊細な人もいる。精神的ショックにより、メンタル不調に陥った研修医など医療関係者も何人か診てきた。病院でも暴言を見るように、現代社会では暴言はいたるところで目撃するようになってしまった。駅員はもちろん、お店やレストランなど、サービスを提供するならば目撃する可能性は十分にある。

言葉による暴力を見ただけで脳は反応する

当事者はもちろんだが、暴言現場を目撃するだけの第三者も、確実に良くない影響を受けている。先述した暴言議員についてのネットにおける過激なバッシングは、暴言を見ることによって「こいつは許せん」とばかりに、一般の人に潜んでいた攻撃性にスイッチが一斉に入ったのかもしれない。

自分に向けてではない暴言を見ても、「自分には関係ない」と一切の胸の痛みも感じずスルーできる人は、俗に言うサイコパスのようなパーソナリティに問題がある人だろう。脳は、他人の激しい怒りを無視することはできない。スイス・ジュネーブ大学の研究では、一方の耳から聞こえてくる罵声は無視し、もう一方からの普通の声に注意を向けるよう指示した時でも、脳の中で音声認識に関連する上側頭溝の働きが活発になっていた(1)。人は自分に関係ない暴言でも、スルーできないようである。そして他人の暴言で賦活された聴覚関連の脳部位は、情動に関わる脳も刺激し、無関係の人にも強いストレスを与えていることが考えられる。

暴言は、言葉の暴力である。言語による虐待を、英語では”verbal abuse”という。直接的な暴言を小児期に受けると、聴覚野の一部が拡大し(=結果的にシナプス結合の密度が減る)ことが示されている(2)。また青年期における仲間からの言語的な暴力体験は、脳梁という部分の拡散異方性の低下(=大脳白質の機能低下)が見られるという(3)。

ツイッターで暴言の場面を見るだけでも、わたしたちの脳は悪影響を受けているようだ。成人ではもちろん、まして脳が発達段階にある子どもにとってみれば、なおさら感受性が高いのではないだろうか。

公衆での言葉の暴力をなくしていくには

ハラスメントまがいの暴言に対しては、録音を取るなり証拠を残すことが大切だろう。問題は、公衆の場での暴言、言葉による暴力である。感情労働と割り切りましょうという助言では、納得できない人も多いのではないか。

駅には、痴漢や身体的暴力を禁止するポスターが掲示してある。これにならって、言葉による暴力禁止を啓発するのも、一案だと考える。どこまでが暴言か線引きは難しいが、相手の人格を否定する暴言は、いくら客とはいえ容認できるものではない。

残念なのは、昨今の政治家である。正々堂々とした政策中心の討論というより、感情をむき出しにした暴言の応酬のようなやり取りが目につく。これでは、世間から言葉の暴力を消しましょうといっても、虚しくなる。また、自分は意識していなくても、言葉使いが荒い、その人の人格や心身の欠陥を攻撃する、自分のことを棚に上げて非難ばかりしている人は、映像を通じて他人の脳に悪影響を与えているのでないか。子どもへの影響も良いわけがない。わたしから見れば、自ら嫌われて人気を落としたいのかと、不思議に思えてくる。

暴言は直接的にせよ間接的にせよ、わたしたちの精神を蝕んでいる。暴言がなければ精神科など受診しなくてもよかったはずの人もいるはずだ。個人の良識とマナーに訴えかけるだけでは、限界があるように思えてならない。

1. Grandjean D et al. The voices of wrath: brain responses to angry prosody in meaningless speech. Nat Neurosci. 2005;8(2):145-146.

2. Tomoda A et al.: Reduced prefrontal cortical gray matter volume in young adults exposed to harsh corporal punishment. Neuroimage. 2009;47(Suppl 2):T66-T71.

3. Teicher MH et al. Hurtful words: association of exposure to peer verbal abuse with elevated psychiatric symptom scores and corpus callosum abnormalities. Am J Psychiatry. 2010;167(12):1464-1471.

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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