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イスラエルの学生が社会科見学でアウシュビッツ絶滅収容所を訪問する映画「DELEGATION」

佐藤仁学術研究員・著述家
(NATALIA LACZYNSKA提供)

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいた映画やドラマは毎年欧米で制作されている。

2023年にはイスラエル、ポーランド、ドイツの共同で『DELEGATION』という映画が製作された。2023年2月に開催されたベルリン映画祭で披露された。現在のイスラエルで平和に暮らしている普通のユダヤ人の若者らが旅行感覚の社会科見学でユダヤ人が大量虐殺されたアウシュビッツ絶滅収容所を訪問して、過去のユダヤ人の歴史やアイデンティティを問いていく物語。

アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも世界中からの観光客や欧米、イスラエルの学生らがホロコースト教育の一環として訪問している。イスラエルからの学生や観光客はイスラエルの国旗を身にまとって見学していることが多いのでアウシュビッツ絶滅収容所の跡地でも凄く目立っている。映画でも学生らがイスラエルの国旗を身にまとっているシーンがある。

▼「DELEGATION」(オフィシャルトレーラー)

ホロコースト教育では必須のホロコースト映画

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。ホロコースト教育の一環としてイスラエルの学生がアウシュビッツやホロコースト博物館に訪問することは実際にあるが、この映画「DELEGATION」は基本的にフィクションである。

ホロコースト映画の多くはホロコースト時代のユダヤ人の迫害、差別、絶滅収容所での生活、死刑などを描いた作品が多い。このようなテーマの映画は残酷、悲惨で物悲しいシーンも多いが映像としてインパクトがあるので視聴者を引き付ける。『DELEGATION』は現代のイスラエルの若者の視点でアウシュビッツ絶滅収容所、ホロコーストを捉えている。

現代の若者の視点で描くホロコーストと記憶のデジタル化

戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から逃れて懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

『DELEGATION』のオフィシャルトレーラーの中でもバスの中で「シンドラーのリスト」を見ますというポーランドのガイドに対して、イスラエルから来た生徒たちが「もう既に見ています」というやり取りがある。『シンドラーのリスト』など著名なホロコースト映画は欧米やイスラエルのホロコースト教育での定番である。

『DELEGATION』に出てくるデジタル・ネィテイブな世代の高校生らもホロコースト教育を受けている。ホロコースト教育で使用される映画は、ホロコースト時代のユダヤ人迫害、差別、強制収容所での生活、ガス室での処刑などをテーマにした映像にインパクトがあり視聴者を引き付けやすい作品が多い。ホロコーストの歴史をデジタル化して後世に伝えていくことも重要であるが、映画ビジネスとしての収益も確保しないといけない。そのためホロコーストをテーマにした映画ではインパクトある映像やストーリーで視聴者を引き付けることも大切である。

「DELEGATION」は現代の高校生らの視点から見たホロコースト、アウシュビッツ絶滅収容所である。フランスの高校生が社会のクラスでホロコーストをテーマにして強制収容所生存者の証言に接しながら、自らホロコーストを考えて成長していく姿を描いた「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」という現代の高校生を主役にしてホロコーストを後世に伝えるという映画もある。高校生など若者を主人公にして現代の彼らの視点からホロコーストを描いた作品の方が、現代の若者にはホロコーストを知るきっかけにはなりやすいのかもしれない。ホロコーストの歴史を伝えるためには最初から最後まで重苦しいホロコースト時代を舞台にしていた映画やドキュメンタリーよりも入りやすいだろう。新たなホロコーストの歴史の伝達と記憶の継承のための手法である。

ホロコーストを経験した人たちは既に他界した人や、高齢化が進んで体力や記憶力がなくなり、当時の経験や記憶を伝えられない生存者も多い。そのような両親の世代に代わって、ホロコースト生存者の両親の経験と記憶を子供たちが伝えるようになってきている。ホロコーストの記憶が次世代に継承されている。だが、ホロコーストを経験した生存者は当時の悲惨な体験を子供たちや世間の人に語りたがらない人も多い。思い出すのも嫌だったし、理解されないだろうと思っていたという生存者の中には、後世に正しい歴史を伝えるためにということで、最近になって重たい口を開き始めた人も多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。ホロコーストの記憶のデジタル化は進んでおり、ホロコースト生存者の当時の記憶や経験はデジタル化された動画として多く公開されている。高齢の生存者が語る動画は大変貴重で歴史学者など研究者の研究資料としての活用や、番組制作などメディア向けとして最適である。

▼イスラエルの学生や観光客がアウシュビッツ絶滅収容所を訪問する際にイスラエルの国旗を身にまとっているので目立っている。

写真:ロイター/アフロ

写真:ロイター/アフロ

(NATALIA LACZYNSKA提供)
(NATALIA LACZYNSKA提供)

▼(参考)「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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