優勝盾はタスマン海を越えるか。ニュージーランド初のプロ球団、オークランド・トゥアタラの快進撃
ニュージーランドと言えば、日本人の誰しもがラグビーのナショナルチーム、オールブラックスを連想するだろう。人口500万の小国にあって、「王者」の名をほしいままにするこのスポーツはニュージーランダーの誇りだ。空港はもちろん、町中にもそのチームショップがあることからもその人気ぶりがうかがえる。そのニュージーランドに昨年、プロ野球球団が誕生した。もっとも、この小国には単独でプロスポーツリーグをもてるほどの経済規模はなく、どんなスポーツでもプロリーグとなれば隣国のオーストラリアのリーグに入れてもらう。野球の場合も、11月に開幕するいわゆるウィンターリーグ、オーストラリアン・ベースボール・リーグの一球団として参加している。
それにしても多くの日本人にはこの国と野球は結び付かないだろう。ひとかどの野球通なら、かつてのロッテのエース、清水直行(現独立球団・琉球監督)が、代表チームのGMやコーチをしていたことを知っているかもしれない。
ニュージーランドと野球
実はニュージーランドの「野球事始」は、日本とさほどかわらない。1888年、アルバート・スポルディング率いるシカゴ・ホワイトソックスと「オールアメリカ」チームによるツアーがハワイで試合興行を行ったのだが、スポルディングはせっかくだからと世界一周をして東海岸へ戻るという奇想天外な帰国方法を思いついた。一行は太平洋と赤道を渡り、12月10日、ニュージーランドにたどり着き、オークランドで試合を行っている。しかし、その後に一行が訪れたオーストラリア同様、いまだ宗主国イギリスの影響が強く、人気の打球技としてクリケットもあったニュージーランドに野球が根付くことはなかった。
そういうお国柄だけに、10年ほど前までは、ジュニア世代の試合では両軍とも四球連発で試合にならないということも珍しくもないというのがニュージーランドの野球事情だった。それでも、在住日本人などが普及活動をしたおかげで徐々に強化が進んだ。2005年にはダニエル・ラムハント、2012年にはベアウ・ビショップ(ともに現オークランド・トゥアタラ)というソフトボールからの転向選手がMLB球団とマイナー契約を結び、「プロ野球選手」となっている。現地関係者によると、先の清水直行の代表GM就任は、日本球界とのパイプ作りには大きな影響を残したが、強化という点においては、彼の存在で大きく進んだというより、それまでの地道な努力の結晶という面が強いとのことだ。
この国の野球の発展に大きな影響を与えたのは、2010年のオーストラリアン・ベースボール・リーグ(ABL)の創設と、2012年の第3回WBC予選への参加であることは間違いないだろう。ウィンターリーグ・ABLの創設は、まずオーストラリア在住のニュージーランダーがプロとしてプレーする機会を与えた。リーグ創設時にABLに参加した元マイナーリーガーのモコ、ボスのモアナロア兄弟はそのルーツをマオリ族にもち、ABLで培った技術をWBC予選で生かした。台湾で行われたこの予選では、プロリーグ擁する主催国の台湾にはコールド負けを喫するも、タイ、フィリピンには圧勝、本戦出場常連国に次ぐ実力をもっていることを示した。
またこの時の代表メンバーの多くは、オーストラリア在住の二重国籍者やアメリカ人選手であったが、先に名を挙げたラムハント、ビショップ、それにアンドリュー・マルクらの現在オークランド・トゥアタラでプレーするニュージーランダーも名を連ねている。
ニュージーランドに球団を持ちたいというABLの意向はすでに2015年頃からあった。その構想が花開いたのが、2016年の第4回WBC予選後の2018年のことだった。地元企業家が2年間に運営費にあたる金額を出資し、誕生したのがニュージーランド初のプロ野球球団、オークランド・トゥアタラだった。トゥアタラとはニュージーランド固有種のトカゲの名である。
インターナショナルなチーム編成
すでに「ニュージーランドでプレーする侍たち, https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20200104-00157564/」で紹介したが、このチームには日本人選手をはじめとして多くの外国人選手が在籍している。プロ球団発足とは言え、やはり野球人口の層の薄い国、地元選手だけでのチーム編成はできなかったのだ。ABLは、同時に韓国人球団、ジーロング・コリアを加入させたこともあり、両球団に対しては外国人選手枠を撤廃、緩和し、トゥアタラに「インポート」による戦力補強の道を開いた。それを聞きつけてか、とにかくニュージーランドにやって来て、クラブチームでプレーしながらプロ球団入りを狙う選手もいる。今年も、北半球の夏はチェコでプレーしているというアメリカ人の青年がトゥアタラに押しかけ、練習生扱いでロースター入りを待っていた。彼は滞在費を稼ぐため、チームメイトのユニフォームの洗濯を1回5NZ$で引き受け、ホームステイ先の洗濯機をフル稼働させていた。
初年度シーズン、日本からの選手獲得には、「清水人脈」が生かされた。清水の古巣、千葉ロッテから所属する平沢大河、酒居知史、種市篤暉の3名の野球留学を実現。ABLでの経験が生きたのか、種市は2019年シーズンにはチーム最多勝を挙げる躍進を遂げている。また、初年度シーズンには独立リーグからも投手ひとりと現地で採用した日本人選手数名がチームを助けた。今シーズンはロッテからの派遣はなくなったが、5人の日本人投手が参加している。
また、日本からは韓国人独立リーガーも参加している。2019年シーズン、ルートインBCリーグの福島レッドホープスでリーグ5位の.348を残したキム・ウォンソクがそれだ。韓国リーグのかつてのプロスペクトはここニュージーランドでもその実力を見せつけている。
さらにはアメリカマイナーリーグからも選手が派遣され、アメリカ人選手だけでなく、国情不安から母国ウィンターリーグでのプレーを禁じられているベネズエラ人選手も参加している。チームの核弾頭として8盗塁を記録しているヨニー・エルナンデスもそのひとりだ。
ようやく得た本拠地
トゥアタラの本拠地球場、ノースハーバー・スタジアムはオークランド北郊のノースショア市オルバニーというベッドタウンにある。車なら市の中心から20分もあればたどり着ける。もっとも、選手の半数ほどは球場にほど近い大学の寮で寝泊まりしている。
しかし、ホーム球場といっても、野球にはあまりなじみのないお国柄、もともとはラグビーの競技場で、プロ野球チームの発足に際して、サブスタンドの一部を取り壊し、なんとかホームベースからレフトポールまでの距離を確保した。ただし、両翼とも国際基準の距離を満たしておらず、左中間にはふくらみがなく、メインスタンドとサブスタンドが正対しているという構造上、試合中はつねに3塁側から右中間方向へ風が吹いているためホームランは非常に出やすい。
本来ならば昨シーズン開幕に合わせて改築を済ませるべきだったのだが、間に合わせることはできず、昨シーズンは市内の芝生が広がる公園に仮設のスタンドを設置し、シーズン前半を過ごし、残りのホームゲームはオーストラリアで行った。
ラグビー場を改築したとあって、その形状は非常に特徴的で、観客の大多数は一塁側のファールラインに沿ったかたちにそびえているメインスタンドからの観戦となる。この他、ネット裏には5段ほどの桟敷席が設けられているほか、右中間フェンスの奥にある芝生のサイドスタンドからの観戦も可能になっている。また、バックスタンドを削った残りにあたる左中間の「外野スタンド」もプレミア席として開放されている。
フィールドは当然のごとくラグビー用の一面の芝生だったものを野球用とすべくマウンドや塁間の芝は削ってある。ダグアウトなどは無論なく、1,3塁側にそれぞれベンチやテントを置いて臨時のものを設置している。ブルペンも両サイドに臨時のものを設置している。要するに「野球仕様」はあくまで臨時のもので野球シーズンが終われば、削ってしまったスタンド以外は再びラグビー仕様に戻されるという。
クラクストン・シールドは海を渡るか
そのような決して恵まれた環境にあるとは言えないトゥアタラだが、今シーズンは快進撃を続けている。現在のところ2位と3.5ゲーム差の北西地区首位。リーグ全体でも2位につけている。今週の4連戦の初戦となった16日のキャンベラ・キャバルリーとの首位攻防戦は、今やエースとして防御率1点台を誇る村中恭兵(前ヤクルト)をたてたが、リリーフがリードを守り切れず1点差の惜敗。残り7試合でまだまだ予断を許さないが、球団創設2年目にしてポストシーズン進出は間違いないだろう。
そのポストシーズンも、監督のデーブ・ニルソン(元中日)以下主力のほとんどが代表チームのメンバーで、ここ3シーズンを制している「本命」だったブリスベン・バンディッツが現在のところプレーオフ圏外とリーグ制覇への好条件が整っている。
「怖いのはメンバーが抜けることだけ」とある球団スタッフは言う。ウィンターリーグという性格上、北半球の所属先からの召喚命令や、自由契約者が晴れてこの春からの契約を取れたりなどで、メンバーがプレーオフまでプレーするかはわからないのだ。とりわけ、国内の層の薄さから外国人選手の多いこのチームはそのリスクが高い。そのリスクに備えて、チームは台湾人元マイナーリーガーの投手をすでに補強している。
ところで、ABLの年間チャンピオンにはクラクストン・シールドという優勝盾が授与される。この盾は1934年からオーストラリア国内の野球の頂点に立ったチームに与えられる歴史あるものである。プロリーグ発足後、ファイナルシリーズの勝者に与えられているのだが、もしトゥアタラがファイナルシリーズを制するようなことにでもなれば、歴史上はじめてこの盾がオーストラリア大陸を離れることになる。
聞くところによれば、国境を接した国にありがちな強烈なライバル意識がオーストラリア、ニュージーランドの間にも横たわっているという。とくにニュージーランドにとってはタスマン海を隔てた隣の大国は常に「目の上のタンコブ」であったはずだ。
「偉大なビッグ・ブラザー」をムカシトカゲ(トゥアラタ)が食らうのか、赤道の北から見届けたいと思う。
(写真はすべて筆者撮影)