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井上尚弥に挑むには追試が必要なメキシコの頭脳明晰ボクサー、ピカソ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ピカソ(右)vs.ルイス(写真:サンフェル・ボクシング)

伏兵にダウンも奪えず連続判定決着

 現地時間5日、メキシコのイダルゴ州パチューカで行われたイベントで、WBCスーパーバンタム級1位アラン・ダビ・ピカソ(メキシコ)がディエゴ・アルベルト・ルイス(アルゼンチン)に3-0判定勝ちを収めた。この日はメキシコのレジェンド、元3階級制覇王者フリオ・セサール・チャベスの次男オマール・チャベス(メキシコ)がリオデジャネイロ五輪銅メダリスト、ミサエル・ロドリゲス(メキシコ)と対戦する10回戦がメインイベントで組まれていた。しかしチャベス次男が試合当日に行われた再計量で許容される増量幅を4キログラムもオーバー。ロドリゲス陣営が対戦を拒否して中止になり、ピカソvs.ルイスのフェザー級8回戦がメインに昇格した。

 この日、出場することは決まっていたピカソだが、相手がなかなか決まらなかった。抜擢されたルイス(30歳)は24勝12KO9敗1分の戦績の持ち主で3連敗中。昨年10月に同じくメキシコでリングに上がり、元WBC世界スーパーフェザー級王者ミゲル・ベルチェルト(メキシコ)とライト級10回戦を行い、2回終了TKO負け。本来スーパーバンタム級の選手が3階級も上のライト級で戦ったのだからハンディは甚大だったが、王者復帰を目指すベルチェルトに一蹴されてしまった。

 今回のピカソ戦も途中までベルチェルト戦をリピートするような展開で進行。いつピカソが仕留めるかという流れになっていた。だが、ルイスは頑張った。フルラウンド戦い抜き、3ジャッジともフルマークの80-72をつけるワンサイドの試合だったが、ノックダウンを拒否して最後まで生き延びた。

終始ルイス(左)を圧倒したピカソだったが……(写真:サンフェル・ボクシング)
終始ルイス(左)を圧倒したピカソだったが……(写真:サンフェル・ボクシング)

 ピカソ(24歳)は前回8月23日、メキシコシティで行われたフロイド・メイウェザー・ジュニアのエキシビションマッチをメインとするイベントに登場。アザト・ホバニシアン(アルメニア/米)に3-0判定勝ちを飾り、WBCスーパーバンタム級シルバー王座を守った。しかしルイス・ネリ(メキシコ)が以前、激闘の末KO勝ちを収めたホバニシアンをストップできなかった。とはいえホバニシアンは世界挑戦歴があり、ネリと挑戦者決定戦を行った選手。評価は低くない。だが、今回、噛ませの域を出ないルイスとフルラウンド付き合った内容には不満が残る。

人気と知名度は世界王者に匹敵

 試合が行われたパチューカはサッカーの元日本代表、本田圭佑氏が2017年から18年に所属したメキシコ1部リーグ「パチューカ」の本拠地がある。メキシコシティから北東約90キロの距離にある町は開始ゴングが鳴ると「ピカソ、ピカソ……」を連呼するファンの歓声が巻き起こった。前戦から試合間隔が短いのは、それだけ人気が高い証拠で、メキシコでは現在、並みの世界チャンピオンよりもピカソの名前が浸透している。それは彼がメキシコの最高学府といわれるUNAM(メキシコ国立自治大学)で学ぶ学生であり、極めて優秀な成績を収めている経歴に起因する。その背景から仮に今、条件が整えば、スーパーバンタム級4団体統一王者に君臨する井上尚弥(大橋)に挑戦することは比較的容易ではないかと推測される。

 さて、ルイス戦に戻ると出だしから圧倒したピカソは3ラウンドあたりからプレスを強め、4ラウンドと7ラウンドはノックダウンが発生しなかったものの「10-8」と採点してもおかしくないほどアルゼンチン人を攻めまくった。だが繰り返すが、フィニッシュに持ち込むことはできなかった。率直に言って、これはパワー不足以外の何ものでもない。ピカソはパワー強化を図っている様子がうかがえるが、まだ効果を上げているとは言い難い。識者の間では「パワーがない選手は絶対に井上には勝てない」という意見が主流。よってモンスターに挑むのはどう見ても時期尚早だろう。

最後まで善戦したルイスと健闘を称え合うピカソ(写真:サンフェル・ボクシング)
最後まで善戦したルイスと健闘を称え合うピカソ(写真:サンフェル・ボクシング)

井上の米国登場の相手候補

 ホバニシアン戦はWBCスーパーバンタム級挑戦者決定戦として行われる可能性があったが、ローカルタイトル(シルバー王座)のみが争われた。そのあたりが今のピカソの実力と立場を物語っているのではないだろうか。それでも今回のルイス戦を「これは世界挑戦前のテストになる」と言い切ったピカソは試合後も強気な姿勢。サポーターに囲まれて「イノウエよ、私に(挑戦の)チャンスを与えてくれ。今でもあなたといっしょに戦える」と自信をみなぎらせた。

 ピカソのプロモーター「サンフェル・ボクシング」の公式フェイスブックのインタビューで「イノウエは次、12月日本で防衛戦を行った後、来年予定するアメリカでの試合も122ポンド(スーパーバンタム級)になるもよう。アメリカでも知名度が浸透しているから楽しみだね」と聞かれたピカソは「その通り。私はWBCの指名挑戦者といってもいい立場だから、いっそうトレーニングに励んで挑戦を実現させたい」とヤル気満々。

 「すべてがパーフェクトではないけど、学業とボクシングを両立させることに励んでいる。大学からのサポートもあり、環境は整っている」(ピカソ)

 井上の次戦は12月、サム・グッドマン(豪州)との指名試合が濃厚な状況。来年の米国再登場はWBA1位ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が有力。そこにピカソ(30勝16KO1分無敗)が割り込んで来る展開もないとは断言できない。それでもメキシコのプロスペクトには追試や卒業試験をパスする課題が残っている気がしてならない。

試合後、チームや支持者たちに囲まれるWBC1位ピカソ(写真:サンフェル・ボクシング)
試合後、チームや支持者たちに囲まれるWBC1位ピカソ(写真:サンフェル・ボクシング)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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