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青梅「談合」事件で東京高裁が逆転有罪判決・「誰を信じてこの国で生きていけば…」と被告側は絶句

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
判決後の記者会見(東京・霞ヶ関の司法記者クラブ)

 東京都青梅市が発注した公共工事の指名競争入札で談合があったとして、公契約関係競売入札妨害(談合)罪に問われたものの、一審の東京地裁立川支部(野口佳子裁判長)が無罪とした、同市内の土木建設会社「酒井組」の酒井政修・前代表取締役(64)の控訴審で、東京高裁(中里智美裁判長、河原俊也裁判官、友重雅裕裁判官)は9月16日、原判決を破棄し、罰金100万円とする逆転有罪判決を告げた。被告・弁護側は「信じられない判決だ」として、上告する方針を明らかにした。

争点は「公正な価格を害する目的」があったか

 本件では、入札前に他の業者5人と電話で話をしたことが、「公正な価格を害する目的」があったとされ、酒井さん1人が逮捕・起訴された。

 一方、被告・弁護人は「公正な価格を害する目的などない」と主張した。それによると、本件工事は利益が見込めず、社内でも受注意欲は低く、他の業者も同様であることが予想された。ただ、長年同市の建設業協会の会長を務め、公共工事は市内業者に発注するよう依頼してきた立場上、不調になれば工事が遅れて市に迷惑をかけると考え、いくつかの業者に意向を尋ねたところ、やはりどこも受注意欲がなかった。このため、自社で引き受けざるをえないと考え、予定価格をわずかに下回る金額で入札した。案の定、この工事では本社経費を含め600万円ほどの赤字となった、という。

「人質司法」の弊害が…

 本件は「人質司法」の弊害が、審理に影響を与えた事件だった。

 酒井前社長は、捜査段階では否認していたが、起訴後も勾留が続いて心身共に追い詰められ、当時の弁護人の助言もあって、保釈を得るために、初公判で起訴事実を認めた。弁護人は検察側の請求証拠すべてに同意し、ようやく保釈が認められた。

 保釈後、弁護人を変更。第2回公判で全面否認に転じた。一審は、業者5人のほか「酒井組」関係者や公共調達制度の専門家などの証人尋問を行い、酒井前社長の検察官取り調べの録音録画の記録などを採用した。そのうえで、酒井前社長には「積極的受注意欲」があった、とする検察側の主張に疑問を投げかけた。

 これに対して東京高裁は、本件工事の採算性や「酒井組」の財務状況、業者5人の言動などの「総合評価」を的確に行っていないとして原判決を批判。酒井前社長には「本件工事を受注したいという意思があった」と断定し、その行動は「公共工事の入札に対する信頼を失わせるもの」などと非難した。

証言より書面の高裁

 この高裁判決の特徴は、一審で行われた証人尋問の内容を無視し、捜査段階の調書などの書面に依拠したことだ。たとえば他の業者5人。彼らは被疑者として取り調べを受け、酒井前社長が「ほかの皆さんがよければ、うちにやらせてもらいたいんだけど」などと言ったとする調書が作成されていた。ところが法廷で、業者は「そう言われた記憶はない」として否定している。

 しかし高裁判決は、調書と法廷証言を比較検討もせず、多義的な言葉の意味を吟味することもしないまま、調書の文言を事実とみなし、「(酒井前社長の)積極的な受注意思を表すもの」と解釈して、有罪の根拠とした。

 そして、「受注意思」があったのだから「公正な価格を害する目的」があった、と一挙に結論へと飛躍した。

弁護側は「警察と検察のメンツを守る裁判」と批判

 弁護人の郷原信郎弁護士は

「一審で証人をたくさん呼んで丁寧な審理をした結果を、こんな形でひっくり返していいのか。警察と検察のメンツを守るためだけの裁判ではないか」

と憤る。

 記者会見で、酒井前社長は「約2年間……」と言うなり絶句。しばしの沈黙の後、「悔しいだけです」と声を絞り出した。

 同席した酒井晶子・現社長によれば、事件の影響で金融機関の融資が受けられないなど、同社の経営は苦況が続いている、という。

「それでも、1審の無罪があったから、ここまでやってこれた。本当に苦しい中、地域の人など周りの人に支えられてやってきた。(高裁判決は)すごく残念」

 そのうえで、司法に対する不信感を次のように吐露した。

「いったい誰を信じて、この国で生きていけばいいのか。ジャッジする人が、権力を最大限に使って、こんな小さい会社を(標的に)やってくる、国民を潰してくるんだな、と。すごく憤りを感じています」

 

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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