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ジェーン・カンピオンの受賞スピーチが炎上。「人種差別」「ホワイトフェミニズム」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
クリティックス・チョイス・アワードを受賞したジェーン・カンピオン(写真:ロイター/アフロ)

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のジェーン・カンピオン監督が、オスカーにまた一歩近づいた。12日と13日の2日間にかけて、ロサンゼルスとロンドンで行われた監督組合賞、英国アカデミー賞、クリティックス・チョイス・アワード(旧・放送映画批評家協会賞)の3つの授賞式すべてで、彼女は劇場用長編映画監督賞を受賞したのである。監督部門がからむメジャーな賞はこれにて終わり。オスカーの本投票は、現地時間17日に始まる。このトリプル受賞は、まさに最高のタイミングだ。

 そんなところへ、思わぬことが起きた。この3つのうち最後に行われたクリティックス・チョイス・アワードの授賞式で、彼女は失態をやらかしてしまったのである。

 監督部門の発表で名前を呼ばれ、舞台に上がったカンピオンは、「今夜、こんなにたくさんの優れた女性たちと一緒にここにいられて嬉しいです」と、女性たちを祝福する言葉で受賞スピーチを始めた。問題はその後。この部門のほかの候補者が全員男性であることを強調した上で、彼女は、候補作のひとつ「ドリームプラン」のエグゼクティブ・プロデューサーとして会場にいたヴィーナス&セリーナ・ウィリアムズに向け、「ヴィーナスとセリーナ。あなたたちはすごい。でも、あなたたちは男を相手に戦う必要はなかったですよね。私と違って」と笑いながら言い、誇らしげにトロフィーを掲げたのだ。

 その時、会場からは笑いが起きたのだが、テレビ中継を見ていた人たちは強く反発した。そして、このことについてのコメントが、ソーシャルメディアに多数寄せられることになったのである。

 それらのコメントのほとんどは、カンピオンの発言は「不必要」「ホワイトフェミニズム」「自分を上に見せるための手段」だと批判するものだ。ある人は「情けない。醜い。彼女ら(ヴィーナスとセリーナ)が白人の男社会であるテニス界で成し遂げたことは、あなたにはできないよ」と投稿。別の人は、「ヴィーナスとセリーナが、白人だらけのスポーツでどんなことを経験してきたのか、ジェーン・カンピオンはわかっていないの?」とツイートしている。

 ある女性は「このジェーン・カンピオンの出来事から、白人女性たちは自分たちが苦労したことを黒人女性の苦労と比較してはいけないと学ぶべき」と警告。また、彼女のスピーチを聞いて笑った会場の人たちに対しても、「あのスピーチは全然ファニーではなく、不適切。あれは人種差別。笑っているのは白人」と批判する声が出た。ウィリアムズ姉妹が男性を相手に戦ったことがないという認識は間違いで、ミックスダブルスに出場したことがあると指摘するものもある。

 この炎上ぶりを見て、カンピオンは火消しに回った。授賞式の翌朝である西海岸時間14日、彼女は早速、声明を発表。その中で、「私の映画界における活動をヴィーナスとセリーナが達成したことと同等に語るのは、思慮に欠けていました」「伝説の黒人女性で、世界級のアスリートである彼女らを軽く見るつもりはありませんでした」「彼女らはすばらしいことをやってみせ、人々にインスピレーションを与えてくれました」などと述べ、自分の発言を後悔していることを伝えた。さらに、ヴィーナスとセリーナをいかに尊敬しているのかも強調。最後は「ごめんなさい。私は心からあなたたちを祝福します」という言葉で締めくくっている。

 ウィリアムズ姉妹がこの謝罪をどう受け止めたのか、今のところはわからない。

これで風向きは変わるのか

 ここまでの騒ぎにはならなかったものの、カンピオンは、前日の監督組合賞授賞式でもちょっとした問題発言をしている。

 ウエスタンに多数出演してきたアメリカ人俳優サム・エリオットが、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を気に入らず、最近出演したポッドキャストで散々こきおろし、カンピオンについても「ニュージーランドから来たこの女性にアメリカ西部の何がわかるというのか」と言ったことに関してのものだ。

 このことについて授賞式前のレッドカーペットで聞かれたカンピオンは、「サムはビッチよね」とこき下ろした。さらに、「言っちゃ悪いけど、彼はカウボーイではないわ。彼は俳優。それに(アメリカ)西部は神秘的なところで、いろいろな描き方ができる幅がある」と、エリオットにウエスタンを語る資格はないかのようなコメントをしたのである。

 彼女にしてみれば、それは正直な気持ちだったのだろう。しかし、人生で初のオスカー監督賞を受賞できるチャンスが迫っている中では、注意深く、当たり障りのない答をしておいたほうが賢かったのではないだろうか。

 ハーベイ・ワインスタインがやったような、ライバルを貶める戦略を取るえげつないキャンペーンはもはやそれほど見られないものの、アワードシーズンはほんの小さなことで風向きが変わったりするもの。今、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のチームは、内心、戦々恐々としていることだろう。そんな中で、この作品とカンピオンのイメージをポジティブにする作戦を必死で練っている様子が想像される。

 オスカー授賞式の翌朝、この週末に起きたこれらの出来事は、小さな笑い話として思い出されるのか。それとも、結果の分かれ目として悔やまれることになるのだろうか。答は、2週間後にわかる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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