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自分の意思で結婚し、妊娠した女性を実父らが集団で殺害・パキスタンで「名誉」の殺人が続く理由

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

結婚・妊娠した実の娘を一家で襲撃して殺害

5月27日、パキスタン東部ラホールで、妊娠3カ月の女性が実の父親や兄弟、いとこら20人以上の集団に襲われ、れんがや石等を大量に投げつけられて殺害された。

彼女は25歳のファルザナ(Farzana)さん。

家族の意思に反して、自ら結婚相手を選び、その男性と結婚して、妊娠3カ月だった。

彼女は、自分が選んだ男性と結婚したことを理由に、殺された。自分の意思を貫いたことを理由に、私的に処罰され、私刑に処せられたのだ。

彼女はこの日、裁判所に向かっていた。ファルザナさんの家族は、夫がファルザナさんを誘拐して結婚を強要したと訴えていたため、ファルザナさんはこの裁判に証人として出廷する予定だったのだ。

父親たちは、ファルザナさんが法廷に向かうのを待ち構えて殺害した。

襲撃があったのはラホールの裁判所の近く、警官や裁判所関係者も近くにいたにもかかわらず、誰もファルザナさんを助けず、殺害されてしまったのだ。

名誉の殺人~ 恋愛しただけで殺される。

こうした殺人事件は、「名誉」の殺人と言われる。

一族の恥となるようなことをした女性を、女性の父親など家族が、一族の名誉回復のために集団で殺害する、という風習である。

こうした行為は世界各地で繰り広げられ、「名誉」のためということで、正当化され、横行している。

若い女性たちは家族の意思に背けばいつ殺されるかわからず、家族に従うほかないのだ。

典型的な「名誉殺人」は、女性が結婚前に男性と交際するような「ふしだら」なことをしたために、一族の「名誉」が汚されたとして親族が彼女を殺害するという風習だ。

さらにエスカレートし、結婚前の女性が外で男性と話をしたり、視線を交わしたりするだけで、「名誉」を汚されたとして殺害されてしまう。

さらに、娘が家族が決めた結婚相手と結婚するのを拒んだり、今回のように、家族の意に反して自分で決めた男性と結婚した場合も「名誉」の名のもとに家族が娘を殺害することが続いている。

それも、斧で殺されたり、息ながら火で焼かれる、という残虐なケースが多い。

どうして自分の娘にそのような残虐なことをするのか、どうしても理解できない。

昔からの慣習、そして集団としての「一族」を背負った決定が繰り返されているのだ。

事件は氷山の一角 不処罰が横行する名誉殺人

この事件は、パキスタン第二の都市ラホール、パキスタンでも都会的で因習から自由と考えられている地域の裁判所の面前で起きた残虐な惨殺であったため、国際的注目を集めた。確かに、ラホールの裁判所前という場所ですら、このようなことが公然と起きたのは衝撃的である。

しかし、これは氷山の一角に過ぎない。報道されない名誉殺人はどれほどあるだろうか。

パキスタン人権委員会は、昨年1年間で「名誉殺人」の犠牲になった女性は869人もいると報告している。

しかし、通常親族は殺害の事実を秘匿し、誰も通報しないので、本当の実数がこれよりどれほど多いか、わからない。

どうしてこうしたことが許され、横行してしまうのか。

それは誰もこうした行為を厳しく取り締まらず、殺害者は裁かれないまま、かえって一族の英雄となるからだ。

国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)によれば、2004年のパキスタン改正刑法では、「名誉」の名のもとに行われる犯罪も処罰することを明確にしたにもかかわらず、Qisas、Diyatと呼ばれる二つの政令が今も適用され、そのために、「名誉」を理由に刑事責任が軽減されたり免責されたり、不起訴となることが少なくないという(2013年・女性差別撤回委員会総括所見、21パラグラフ)

若い女性を殺しても、殺人犯が誰も処罰されず、逆に「名誉を守った」とたたえられ、ヒーロー扱いされるのであれば、女性が残虐な暴力の犠牲にあい殺されることは止められない。

パキスタンでは、女性に対する暴力は世界でも最も深刻である。

そして、「恋愛する」「結婚相手を選ぶ」ということすら自分の意思ですることが出来ず、処刑の対象となるなら、いかなる自由な人生も女性たちが歩むことはできない。

国際的な関心を

本件では、国際的な非難が集中し、ピレイ国連人権高等弁務官も声明を公表し、国際的な非難が高まっている。国内でも女性の人権団体が声をあげている。

[こうした国際世論に押されて、州知事も厳正な対処を決定し、父親や親族らが逮捕された。 http://www.afpbb.com/articles/-/3016396]

まず、この事件で厳正な正義が実現すること、女性に対する残虐な殺害について適正な処罰が実現することが必要である。そのために、引き続き、国際的な関心を寄せていくことが必要だ。

しかし、国際的に注目されているこの事件だけがショー・トライアルとなることがないように、とも思う。

この事件を契機に、パキスタンのみならず、世界各地で続く「名誉」殺人が厳正に処罰され、何ら名誉なことではない、ということを各国政府や裁判所、司法当局が明確に宣言し、被害を根絶する対策に向かって動き出すことを願ってやまない。

名誉殺人について知りたい方は是非、こちらも参照されたい。

スアド「生きながら火に焼かれて」

ヒューマンライツ・ナウ「恋愛をしただけで、殺される」(人権で世界を変える30の方法)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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