気になる小説「さくらのまち」 寡作の作家が6年ぶりの新作 「心の闇」を引きずり出す青春ミステリー
書店はもちろん、小説投稿サイトなどには多くの小説があり、何を読んでよいか迷うはず。そこで実際に読んで、気になった小説を取り上げてみます。今回は、三秋縋(みあき・すがる)さんの小説「さくらのまち」(実業之日本社)です。
物語は、ある男性と女性の会話から始まります。話題は、マッチングアプリで、客のふりをしていて場を盛り上げる「さくら」について。意味深なせりふで会話が終わると、男性のもとに一本の電話が入り、知人であった女性の死が告げられます。男性が死の真相を知るために、近寄りたくない故郷「桜の町」に戻ります。内容は、青春ミステリーです。
「さくら」は、「やらせ」の一種でイメージの悪い言葉ですが、掘り下げていくことで人の本質に切り込んで、話をさらに深掘りしていきます。物事を疑心暗鬼にとらえがちな主人公の心の「揺れ」は、誰もが持つであろう「心の闇」でもあり、徐々に引きずり出していくのです。一度読み終えた後で、答えを踏まえつつ、自らの気持ちを整理するために、もう一度物語をかみしめたくなる魅力もあります。
作者の三秋さんは、もともとネット掲示板で作品を発表して人気になり(別名義)、「メディアワークス文庫」で商業デビュー。「君の話」で吉川英治文学新人賞にノミネートされ、「恋する寄生虫」は林遣都さんと小松菜奈さんのダブル主演で実写映画にもなっています。
今回の「さくらのまち」は6年ぶりの完全新作で、寡作な作家らしく、言葉を一つ一つ吟味しているような感じさえあります。三秋さんのファンは「ミアキスト」と呼ばれるそうで、ネットで派手に話題になるような見え方はしませんが、リアルのイベントになると熱心に集まる模様。書店員が熱心に推すこともあってか「さくらのまち」の売れ行きも好調な様子ですが、推したくなる強力なパワーの源泉は何なのでしょうか。売り手(書店員)が、強力に推したくなるある種の「魔力」が備わっているのは間違いないのですが……。
三秋さんの実績を考えると、同作が映像化されても不思議ではありません。しかし、映像メディアではなく、小説(文字)だからこそ味わえるものもあるわけで、ぜひ一人でも多くの人に堪能してほしいと思います。