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「歩つき八日は花より団子」将棋名人戦が始まる春に思い起こされる言葉

松本博文将棋ライター
(写真:アフロ)

 将棋界の歳時記では、4月は新年度が始まり、ちょうど名人戦が開幕する時節です。毎年この頃は、心浮き立つ思いをされているファンの方も多いのではないでしょうか。

歩つき八日は花より団子

 毎年4月8日になると、筆者はこのフレーズを思い出します。将棋界では古くからある洒落(しゃれ)言葉で、たとえば『将棋月報』1936年8月号「将棋用語番附」では前頭の項に掲載されています。

 筆者は、その言葉を、過去の複数の文献でしか目にしたことがありません。実際に誰かが口にしているところは見たことがなく、おそらくは、すでに失われた言い回しの一つと言えそうです。

 洒落についてあれこれ補足してみるなど、不粋のきわみではありますが、それを重々承知の上で、文化の伝承としてご紹介できればと思います。

卯月八日は花より団子

 これが元になるフレーズです。

 「卯月」(うづき)は陰暦で四月のこと。「歩つき八日は花より団子」は、「うづき」と「ふつき」が掛かった洒落というわけです。

 将棋界では無数の人々が、盤上の技術だけではなく、こうした言い回しを、数百年にもわたって考え続けてきました。盤上の定跡と同様に、中には現在に残り続けるものもあれば、すたれてしまったものもあります。

 将棋でもっとも数が多く、もっとも使われる駒は歩です。歩を一つ前に進めることを「突く」と言います。歩を突かない対局などはまずなく、そういう意味では非常に汎用性の高いフレーズといえます。しかし前述の通り、現在では耳にすることはありません。(温故知新で、誰か有名な棋士がリバイバルで口にすれば、いくらか流行するような気もしますが)

 4月8日はお釈迦さまの誕生日で、花まつり(灌仏会[かんぶつえ])がおこなわれます。

写真:イメージマート

花より団子(はなよりだんご)
(1)風流を解さないこと。
(2)名よりも実利を尊ぶこと。
出典:『広辞苑』第7版

 風流に花を見るよりも、団子を食べる方に心がひかれる。古来、少なからぬ人がそうだったものと思われます。

 将棋の対局では、盤上の戦いだけではなく、盤外で起こったことも注目されます。対局者がなにを食べてきたのかも、実は古くからの注目ポイントでした。観戦記者の倉島竹二郎(1902-1986)などは、新聞や雑誌といった限られた紙幅の中で、棋士がなにを食べたかについて、意識して触れ続けてきました。

 インターネットで多くの情報が伝えられるようになると、「将棋めし」あるいは「勝負めし」として、キラーコンテンツの一つになります。

 さらには藤井聡太現八冠の登場で、将棋に関するあらゆる情報が、社会的にも広く伝えられるようになりました。タイトル戦がおこなわれる場所で、どんな食事やおやつがが提供されるのかについては、一大イベントとなった感もあります。

「棋譜より団子」もまた、立派な将棋の楽しみ方の一つといえそうです。

 もっとも、実利なしに、趣味で将棋に関する情報を追うことは、風流に「花」を見る側に近いのかもしれません。

 いま筆者の手元にある『将棋名人戦全集』を開いてみたところ、1965年、大山康晴名人(42歳)に山田道美八段(31歳)がいどむ第24期名人戦七番勝負は、4月8日の開幕でした。

 振り駒で先手となった大山名人は初手、7筋の歩を突いて、角筋を開いています。

(画像作成:筆者)
(画像作成:筆者)

 将棋には「いろは譜」と呼ばれる、古い表記方法があります。

(画像作成:筆者)
(画像作成:筆者)

 古来、もっとも多く指されてきたこの初手▲7六歩を、いろは譜で表せば「春歩」になります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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