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はやぶさ2「サンプルリターン大成功」に込められた宇宙と地上がつながる喜び

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
津田雄一PMらが掲げる「サンプルリターン大成功」。撮影:秋山文野

2020年12月6日、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」から小惑星リュウグウのサンプルが入っているとみられるコンテナを収めたカプセルが地球の大気圏に再突入しオーストラリア南部に着地した。カプセルは同日回収され、内部から小惑星の物質が揮発した可能性のあるガスを採取した後にただちに日本へと運ばれた。12月8日、カプセルは神奈川県相模原市のJAXA 宇宙科学研究所に届き、地球外の物質を扱う専用のキュレーション施設へと無事に収められた。今週はコンテナからサンプルの確認と取り出しが始まり、まもなく「リュウグウのサンプルが入っているとみられる」から「みられる」はとってもよいと期待される。

2020年12月8日、JAXA 宇宙科学研究所にオーストラリアで回収されたはやぶさ2の再突入カプセルが届いた。撮影:秋山文野
2020年12月8日、JAXA 宇宙科学研究所にオーストラリアで回収されたはやぶさ2の再突入カプセルが届いた。撮影:秋山文野

カプセルを運ぶトラックと共にキュレーション施設前まで走ってきた津田雄一プロジェクトマネージャ(中央左)と吉川真ミッションマネージャ(中央右)。撮影:秋山文野
カプセルを運ぶトラックと共にキュレーション施設前まで走ってきた津田雄一プロジェクトマネージャ(中央左)と吉川真ミッションマネージャ(中央右)。撮影:秋山文野

サンプルコンテナのカプセルが無事にキュレーション施設に届いたことで、直後の記者会見ではやぶさ2プロジェクトチームの津田雄一プロジェクトマネージャらは「サンプルリターン大成功」の言葉を掲げた。ここで、基本に立ち返って小惑星からのサンプルリターンが成功するとなぜ嬉しいのか、はやぶさ2ミッションのこれまでとカプセル帰還会見から振り返る。

サンプルから始まる、宇宙と地球の「答え合わせ」

そもそもはやぶさ2の探査目標として小惑星が選ばれたのは、小惑星が太陽系初期の物質をとどめた歴史の保管庫のような存在であるためだ。小惑星リュウグウ近傍に滞在していた2018年6月から2019年11月まで、はやぶさ2に搭載された光学航法カメラ、近赤外分光計NIRS3(ニルス3)、中間赤外カメラTIRなどの観測機器から得られたデータを元にリュウグウの素性を解き明かす成果が論文として発表されている。

これまでの成果によれば、直径はおよそ900メートルのリュウグウのような1キロメートル前後の小惑星は、太陽系の初期により大きな天体が衝突破壊を繰り返した破片から生まれたと考えられている。現在のリュウグウになるまでのシナリオはいくつかあるが、有力とされるひとつはこうだ。45.6億年前の太陽系初期、水の豊富な微惑星があり、この天体の内側で熱が発生する化学反応から部分的に脱水していった。その後、この微惑星は天体衝突を繰り返して小惑星ポラナまたはオイラリアという大型の小惑星となり、さらにその破片が集積してリュウグウになったというものだ。

はやぶさ2と協力関係にあるNASAの小惑星探査機オサイリス・レックスがサンプルを採取した小惑星ベンヌは、リュウグウと同じ母天体を持つきょうだいのような関係だが、ベンヌのほうが水が豊富だと考えられている。リュウグウを構成する物質に水が少ないのは、微惑星の段階で水が失われるプロセスを経たためだとされる。持ち帰ったサンプルの分析によってリュウグウの歴史はさらに詳しくわかるとされる。小惑星ポラナとオイラリア、どちらが本当のリュウグウの親なのか判明する可能性もあるという。

はやぶさ2が世界で初めて行った、小惑星表面に人工クレーターを作るSCI(衝突装置)の実験は、太陽光の影響を受けていない地下のフレッシュな物質を表面に掘り起こし、持ち帰るサンプルの価値をさらに高めた。それだけでなく、人工クレーター実験そのものもサイエンスの成果を上げている。小惑星上で自然に起きる隕石衝突によるクレーター生成をSCIが模擬したことで、天然クレーターから小惑星の年代を知る手法の精度がさらに高まった。サンプルがリュウグウが経てきた歴史のどこに当てはまるか、それを調べることで太陽系の歴史はさらに詳しくわかることになる。

ISASクリーンルーム内での解体作業。クレジット:JAXA
ISASクリーンルーム内での解体作業。クレジット:JAXA

宇宙探査機という「探査の道具」の性能向上にもサンプルは役立つ。カプセル帰還時の記者会見で、サンプルの取り出し、選別とカタログ作りを担うキュレーションチーム代表の地球外物質研究グループ長 臼井寛裕さんは「可視、近赤外での観測を行いMicrOmega(マイクロオメガ)による観察を行う」と述べた。マイクロオメガとは、2018年10月にはやぶさ2がリュウグウに投下した欧州の着陸機「MASCOT(マスコット)」に搭載された観測装置の地上版だ。また、近赤外での観測ははやぶさ2の観測機器ニルス3の観測方法でもある。

はやぶさ2が宇宙に持っていった観測機器と同じ手法をもう一度地上で繰り返すのはなぜか。それは、「宇宙に持っていった機器と地上の機器は解像度が全く違う。宇宙ではのっぺりとしか見えなかったものが、地上で同じものを見ればはるかに高精細になる」(臼井さん)からで、限られた重量、限られた電力という制限の中で観測していた宇宙の観測機器と同じものを地上のより高精度な装置で観察すれば、はるかに多くの物質の組成、形、大きさなどが分かるからだ。宇宙で調べたことが合っているかどうか、地上で答え合わせができる。

宇宙の「現地」で観測する意義

地上の機器が探査機に搭載の観測機器よりも高精細ならば、探査機はサンプルを採取することだけに特化して、より多く、より多地点のサンプルを持ち帰って地上で調べることに特化させればよいとも考えられる。しかし、はやぶさ2は「限られた荷物しか積めない宇宙機にどのような観測機器を搭載するか」というパズルに、サイエンスの側の要求に沿うだけでなくエンジニアリングの側からも提案できることを実証した。

その代表が、回収班の一員で日本にカプセルを持ち帰った澤田弘崇さんが開発した分離カメラ「DCAM3」だ。2019年4月に衝突装置でのクレーター生成の際には、DCAM3というカメラで爆発の瞬間を撮影している。DCAM3は宇宙ヨット「イカロス」から引き継いだカメラだが、世界で初めて行う小惑星での人工クレーター生成の最中を本当に撮影できるのか、事前に保証できる者はいない。考えうるシチュエーションにすべて対応できるよう技術を注いでいるにしても、やってみなくてはわからない不確実性は残る。

だがDCAM3は本当にクレーター生成の瞬間をとらえた。これで大喜びしたのは、カメラを開発した技術チームはもちろんだが、小惑星を研究するサイエンスチームだ。小惑星に隕石が衝突しているのと同じ、衝突装置が小惑星表面の物質を噴き上げ、すり鉢状の「イジェクタカーテン」を作っているまさにその瞬間をとらえたのだ。イジェクタカーテンの画像は米科学誌Science掲載の人工クレーター生成実験の論文で重要な役割を果たした。

回収班の一員としてカプセルの回収と日本に持ち帰るという大役を担った澤田弘崇さん(左)。キュレーション施設にカプセルを運び込んだ後、帰国チームとともにそのまま2週間の隔離に入る。撮影:秋山文野
回収班の一員としてカプセルの回収と日本に持ち帰るという大役を担った澤田弘崇さん(左)。キュレーション施設にカプセルを運び込んだ後、帰国チームとともにそのまま2週間の隔離に入る。撮影:秋山文野

小惑星近傍フェーズの観測成果はScienceやNatureに何度も掲載されているが、「アクセプト間近の成果がいくつもあり、もっと出てくる」(吉川真ミッションマネージャ)という。はやぶさ2では、こうした工学が理学を刺激し、挑戦的な装置や運用がサイエンスの地平を広げるような好循環の可能性があることを示した。このサイクルを続けられるか、行きたいところに行ける、見えると思えなかったことが見える、これまで手に取れなかったものが手に入る、ということが科学を推し進める。

はやぶさ2はこれからどうするのか

一方、はやぶさ2探査機本体は、12月5日にカプセルを分離した後、エンジン噴射を行って地球を離れた。小惑星のサンプルコンテナを地球に届けた後に地球を離れ、新たな宇宙探査へと旅立つことは初代「はやぶさ」で計画されながらも実行できなかった目標のひとつだった。

日本時間12月6日午前8時50分にONC-T(光学航法カメラ・望遠)による撮像「行ってきます。地球」クレジット:JAXA、産総研、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大
日本時間12月6日午前8時50分にONC-T(光学航法カメラ・望遠)による撮像「行ってきます。地球」クレジット:JAXA、産総研、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大

12月6日には、光学航法カメラで地球を撮影。「行ってきます。地球」と名付けられた画像は、はやぶさ2の記念の画像のひとつになりそうだ。それだけではなく、探査機の今後にとっても重要な1枚になる。

はやぶさ2の「拡張ミッション」では、小惑星1998 KY26という目的の天体へ約11年かけ、2031年7月まで航行する。2014年12月の打ち上げから宇宙を飛行する期間は17年近くなる。カメラなど光学系の機器やセンサーは、宇宙で放射線などによる劣化が起きると考えられている。地球や月といった色がわかっている天体を今のうちに撮影しておくことで、将来にカメラの劣化が起きたとしてもその進み具合を知ることができる。はやぶさ2自身にとっても、将来計画されるより遠くの天体の探査の場合にも、観測機器の性能を十分に引き出せるための下地作りだ。

はやぶさ2の特徴でもある、イオンエンジンも長期間の運転が行われることになる。これまでの航行で慎重に運用されてきたことから推進剤はまだ半分近く残されており、余裕はある。これをできるだけ節約し、また性能を長期間維持する技術を得て、将来の新しい探査ミッションに備える。はやぶさ2が次世代のミッションを育てることになる。

地球帰還の際に、はやぶさ2からはカプセルが分離し、いわば穴が開いた状態だ。設計時とは異なる状態で航行すると、太陽の熱がそこから探査機に入り込む、または反対に探査機の内部から熱が逃げて冷えすぎてしまうといったリスクも考えられた。12月6日の記者会見で津田プロジェクトマネージャは「幸い探査機の状態は健全」といい、十分に探査機の限界を試すことができる状態ではやぶさ2は地球を出発した。

小惑星1998 KY26は、はやぶさ2がまだその名前になる前、「はやぶさ」に続く小惑星サンプルリターンミッションの計画を検討していた2007年ごろに目的地の候補として挙げられたことがある。350以上の候補のひとつであり、最終的にはより適したリュウグウが選ばれたが、探査にとって魅力的な天体だと考えられているのだ。地上に星のかけらを残し、「縁」のある新たな天体に向かってはやぶさ2は旅を続けている。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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