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子どもに「性は恥ずかしい」と教えてはいけない理由 ノルウェー保育士が提案する性教育

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
子ども向けのプライド行事 写真:Julia Kalvik/Oslo Pride

子どもたちは幼い頃から、大人の反応を見ながら、何が正常で何が異常かの区別を学ぶ。この重要な時期に、幼稚園や保育園での保育士の言動が、彼らにとってどれほど大きな影響を与えるか、考えてみよう。

大人の反応を見て、「何が正常で」「何が(自分は)異常か」の種を植え付けられる成長期

なぜ、性暴力をする大人を社会は育ててしまうのか。その鍵は幼少期にある。「わたしは、社会の期待にそぐわない」という恐怖の種は、子ども時代から育ち始める。幼稚園・保育園での性教育こそ、「将来の性暴力の予防となる」。そう考えるのはノルウェーのアンナ・コンペリアン保育士だ。

コンペリアンさんはオスロのプライド週間中に講演を行い、2023年に完成した修士論文の内容を紹介した。全国各地で講演を行い、子どもとセクシュアリティ、身体、ジェンダー、羞恥心についての理解を深める活動をしている。

筆者撮影
筆者撮影

※ノルウェーでは日本語に該当する「幼稚園」「保育園」の違いはないため、記事では「子どもの園」、「幼稚園教諭」などのは「保育士」と統一しています。

性のタブー視は危険だ

子どもとは好奇心が旺盛で、気になったことを知ろうとするものだ。だが、大人が性を「恥」として子どもの前で振る舞ったり、性をタブーにすると、「社会にとっていずれ危険なことが起こる」とコンペリアン保育士は指摘する。

同氏の調査から分かったことは、一部の保育士にとって、子どもは「純粋な存在」であり「守ろう」という意識が強く働きやすい。「何が危険」で「守るべきタイミングか」において瞬時に判断しようとして、頭の中で危険信号が点滅しやすい傾向があるという。

だがこのように大人がパニックになり、「何か危ないものから、子どもを守ろうとする」と、子どもは性を「恥」として覚え込んでしまう。

性とオープンに向き合い、理解し合うことが、子どものアイデンティティと自己理解を強め、自身と地域社会への帰属意識を高めることにつながる。

論文の結論は、「何が気持ちいいのか」「何に・誰に興奮するのか」というような子どもの好奇心は「ポジティブな性反応」であり、「子どもが健康的な人間関係を維持しているのであれば、性の多様性を『病気』にしないことが大事」ということだった。

「自分の感情に向き合わないと、いずれ誰かを傷つけることになります」

プライド週間中はこども向けの「ミニ・プライド」も連日開催されており、子どもに人気のアーティストによるコンサートなどが開催される Julia Kalvik / Oslo Pride
プライド週間中はこども向けの「ミニ・プライド」も連日開催されており、子どもに人気のアーティストによるコンサートなどが開催される Julia Kalvik / Oslo Pride

子どもが自分の感情と向き合い、「性は恥である」意識を予防するためには、「オープンでインクルーシブな対話が必要です。言葉は、まさにパワーそのものなのです」とコンペリアン保育士は話した。

保育現場からの具体的な事例

性教育の絵本を読んで、子どもと対話ができるか?まさに、大人に内在されている危険信号の度合いが測られる。

「事実、現場では多くの子どもが自慰行為をしています。それを叱ったりせずに、『今はみんなでお昼ご飯を食べているから、後で部屋でやろうね』と話しかけたほうがいい」

「子どもたちが人形で遊んでいるとき、それが異性愛や性暴力を連想させるものであれば、大人は怒ったり、パニックになったり、『見てはいけないものを、見てしまった』という態度を出さずに、『何をしているのかな』と好奇心を持って話しかけたほうがいい」

「『私は男性が好きだけれど、みんなは違うかもね』というような語り掛けが重要なのです」

もし、大人が子どもと性の対話をすることを「怖い」「変なことを言ってしまうかも」「やりづらい」と話すのを避けようとするのならば、「それこそが、あなたは特権性を内在しているというサインでもある」とコンペリアン保育士は考える。

「マジョリティ側であるほど、あなたは間違いを犯しやすい立場にいます。しかし間違わずにして、知恵を身につけることはできません」

性教育の効果

「だめだよ」「よくないよ」。そういう大人の態度を見て育つと、「性とは恥ずかしいものだ」「自分のしていることや自分の存在は恥ずかしくて、隠さなければいけないことだ」と子どもは思い込む。

保育士の立場としてコンペリアンさんが言えることは、性の話を幼少期からできていた子どものほうが、成長してから、コンドームを使うなどの「境界線を引く」スキルを身につけているという。

プライド月間に子どもを関わらせたくない大人へ

 オスロ・プライド期間中のコンサートを楽しむ市民。プライドは子どものためのイベントでもある 写真:Julia Kalvik / Oslo Pride
オスロ・プライド期間中のコンサートを楽しむ市民。プライドは子どものためのイベントでもある 写真:Julia Kalvik / Oslo Pride

今、ノルウェーでは「学校が虹色の旗を掲げる」ことの議論が再び勃発している。コンペリアン保育士は、子どもの園でプライド月間を祝う意義は、「性の多様性は、素晴らしいことであり恥ではない」「世の中は、男女という黒白の考え方でおさまるものではない」というメッセージを子どもに伝えることが大事だと主張した。

「子どもたちには、ありのままで輝いてもらおうじゃないですか」と同氏は締めくくった。講演後、「すごく良い内容だった!」と笑顔で退席している市民もいた。

執筆後記

性暴力の社会問題に歯止めがかかっていないノルウェーでは、予防のために性教育の見直しが問われている。幼少期から大人と性についてオープンな対話がでない社会では、性に興味を持つ子どもや若者が結局ポルノサイトなどに行きついてしまい、誤った性認識で育つからだ。性的な漫画やアニメが幅広く流通している日本社会であり、問題はさらに深刻だと感じる。

一方で、性教育の難しさを感じる大人は多い。

だからこそ、コンペリアン保育士さんのように、どうすれば性の対話ができるのか手本を披露し、「行き過ぎた性教育」に懐疑的な親とのコミュニケーションを共有し、大人にも根付いた性に対する「恥」の意識を解体する「コーディネーター」的な人がいると、現場でも性教育の話はしやすくなるのかもしれない。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在16年目。ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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