金価格が暴落した理由
内外の金(Gold)価格が再び急落している。
6月20日のNY金先物相場は1オンス当たりで前日比-87.80ドルの1,286.20ドルと急落し、2年9ヶ月ぶりの安値を更新している。東京商品取引所(TOCOM)の円建て金先物価格も1グラム当たりで前日比200円を超える急落となっており、本日は昨年8月以来の4,000円台割れとなっている。「アベノミクス」に伴う急激な円安を背景に、2ヶ月前には5,000円台に乗せていたが、その後の値下がり幅は早くも1,000円を超えている。
■ドルの信認回復見通しが確信に変わる
金価格急落の背景を一言で言えば、「安全通貨としての金」に対する投資ニーズが大幅に減少していることだ。
金(Gold)が銅や原油などと同じ「コモディティ」なのか、それとも「通貨(マネー)」であるのかは議論のある所だが、少なくとも2000年代後半以降の金価格高騰は通貨として買われてきた結果だと考えている。サブプライム・ローン問題、続いてリーマン・ショックとペーパー資産の信用が大きく傷つく中、多くの市場関係者は誰の負債でもなく、発行者の信用に基づかない究極の資産である金に対する評価を高めてきた。
特に、08年以降に米連邦準備制度理事会(FRB)がゼロ金利政策から量的金融緩和(QE)政策にステージを進めると、国際機軸通貨であるドルに対する信認も大幅に低下し、「やはり最後は金だ」との評価が、2011年9月に金価格を一時1,923.70ドル(過去最高値)まで押し上げる原動力になった。
ドルは伝統的に米国債などと並ぶ安全資産として評価されていたが、有事となれば中央銀行(=FRB)の一存で無制限に供給される危険な資産であることが露呈したことが、ドルに対する信認問題に発展したのだ。もっとも、こうした中央銀行に供給量のコントロールを依存したのはドル固有の問題ではなく、ユーロや円、人民元など全ての通貨に共通した問題である。だからこそ、通貨価値を重視する向きからは、中央銀行廃止論が繰り返し提起されている訳であり、金の法定通貨化といった動きが見られるのだ。
こうして通貨価値を巡る議論が活発化する中で、評価を高めたのが「通貨としての金」だった。年間で約2,800トンという供給制約のある金は、ドルやユーロのように無制限で印刷できるものではなく、通貨(更には中央銀行)不信の受け皿として投資需要を集めたのである。紙幣そのものには何ら価値が存在しないが、金は存在そのものに価値がある点も、高く評価された。
シンボリックなのが、各国中央銀行が準備資産に金を組み込む動きを強めたことである。2000年代前半には、金利を生まない金を保有するメリットはなくなったとして、年間500トン近い金が中央銀行などの公的部門から売却に出されていた。しかし、08年以降はこの数量が顕著な減少傾向を見せ、10年には約30年ぶりに買い越しに転換したのである。直近の12年では533トンも買い越しており、こうした点からも「ドルやユーロではなく金」という動きが広がったことが明確に確認できる。
マーケットには「中央銀行に逆らうな」という格言があるが、各国中央銀行がドルやユーロなどを売って金を購入する動きに追随して、民間投資家が金保有高を拡大する動きは必然的だったと言える。
そして今、金相場が急落しているのは、これまで金価格を押し上げてきた通貨価値毀損の動きにブレーキが掛かるのではないかとの期待感・警戒感である。バーナンキFRB議長が19日、年後半に現行のQE3における資産購入額を縮小し、更には来年半ばにはQE3そのものを停止する意向を示したことが、こうした見方を一気に拡散させている。
実際にこうした思惑通りに金融政策が展開するのかは不透明感もあるが、2008年から5年近くにわたって続いてきたドル増刷政策がピークアウトする時期が近づいていることが、これまでの「ドル売り・金買い」の流れを逆流させている。
今年は緩やかなペースでこうした量的緩和政策のピークアウト見通しを織り込んできたが、その流れが確信に変わったのが6月18~19日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)だったという訳である。
■中国製造業指標悪化、短期金利急伸という不運
そして、もう一つの大きな問題が「金融緩和→インフレ」との警戒感が杞憂に終わる可能性が一段と高くなっていることだ。短期間にここまでドルの増刷政策が展開されたことは過去にないだけに、まだその影響・効果については分からないことも多い。
実際、今回のFOMCではカンザスシティ連銀ジョージ総裁が「長期のインフレ期待を引き上げる要因になる」と指摘する一方で、セントルイス連銀ブラード総裁は「ここ最近の低いインフレ指標を踏まえ、委員会はインフレ目標を堅持する意欲をより強く示すべき」と、正反対の意見を出している。「アベノミクス」の反対派から、インフレの暴走を招くとの批判がある一方で、脱デフレには効果がないといった正反対の批判が展開されているのと、構図は同じである。
ただ、現実の各種指標を見る限りは、現状で警戒すべきはインフレよりもディスインフレやデフレとなっている。コモディティ価格の指標となるCRB商品指数も、20日の株価急落と連動して年初来安値を下回り、約1年ぶりの安値まで下落している。
これは、金を通貨として考えると、1オンスの金で購入できるコモディティの量が増えることを意味する。換言すれば金価格の高値が必要なくなったということであり、商品市況全体のダウントレンドと連動して金価格は値下がりし易い環境になっている。
特に、20日は中国の製造業指標悪化、短期金利が過去最高の13%台に跳ね上がるといった不穏な動きが見られたことで、新興国経済に密接な関係があるコモディティ価格が急落し、つれて金価格も急落するといったフローが発生した。金価格の強気派にとっては不運としか言いようがないが、「安全通貨」としてのみならず「購買力指標」の観点からも、金を保有する必要性が低下したことが、パニック的な急落を招いた真相と考えている。