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久保建英がタジキスタン戦ラスト6分で魅せた別次元の輝きとレアル・マドリー戦の関係性

杉山茂樹スポーツライター
久保建英 写真:岸本勉/PICSPORT(本文中も)

 3−0で勝利したタジキスタン戦は、モンゴル戦(6−0)より試合としては何倍も面白かった。相手がその分だけ強かったからだが、それでも両者の間には70対30ぐらいの差が存在した。

 終盤になると、タジキスタンは伸びきったゴムのようにへたれ切っていた。日本も貪欲に追加点を狙っていたわけでもないので試合のレベル、娯楽性はおのずと低下した状態にあった。

 後半42分。久保建英はそのタイミングで投入された。南野拓実と交代で1トップ下に収まった。後半のロスタイムは3分。久保にはつまり約6分のプレー機会が与えられることになった。

 その間、久保がボールに触れたのは8度。その中で堂安律、浅野拓磨にそれぞれシュート機会を演出している。

 浅野に送ったラストパスはとりわけ絶品かつ完璧だった。右サイドから3人いた相手のマークをかわしてゴールライン際から送ったマイナスの折り返しである。

 ところが浅野は、ゴール正面、至近距離から放ったシュートをバーに当ててしまう。自分の足元に寸分狂いない折り返しが送られてくるとは想像だにしていなかったように見えた。ボールを受け慌て、シュートを浮かせてしまった。しかし、その浅野のプレーをボーンヘッドだと責める気にはなれない。見ているこちらも同じだったからだ。突然の高級感に目は驚かされることになった。

 もっとも瞬間、それが高級に見えなかったことも確かだった。あまりに余裕綽々、自然に繰り出されたので、その価値に気付けなかったのだ。浅野がシュートを外して初めて、その一歩手前のプレーの偉大さに感激させられた次第である。

 8度のプレー機会すべてに目は釘付けになった。もちろんミスは一度もなし。他の日本人選手とは余裕度がまるで違った。中島翔哉、堂安律らが出たとこ勝負というか、自分のプレーに一生懸命になりがちだったのに対し、久保は受け手の呼吸の合わせ、次の動きが優しくなるようなパスを出していた。浅野に送ったマイナスの折り返しはその象徴になる。ボールを浮かすことなく人工芝の平らなピッチの上を滑るような、まさに差し出すようなラストパスだった。繰り返すが、マーカー3人を振り切った後に、である。

写真:岸本勉/PICSPORT
写真:岸本勉/PICSPORT

 アジアの2次予選で見るプレーではなかった。それは日本にとって、あるいは久保にとっていいことなのか。いろいろな意味で簡単には喜べない話になる。久保を送り込まなくても3−0で勝てた試合だった。久保という将棋に例えるならば飛車角級の駒をわざわざ切る必然はあったのか。

 モンゴル戦、タジキスタン戦2試合で、プレーした機会はこのわずか6分。逆にその分だけプレーは燦然と輝くことになったが、不必要な輝きでもあった。マヨルカ所属の久保にはこの5日後、レンタル元のレアル・マドリー戦が控えている。彼にとっては今季一番のビッグマッチである。

 このわずか6分のために、マヨルカ→東京→タジキスタン→マヨルカという2万数千キロに及ぶ大移動を、レベルの低い2次予選のために、わざわざ課していいものだろうか。FC東京→レアル・マドリー→マヨルカと短い間に所属先の変更を余儀なくされた18歳の少年に、である。

 10代の時、天才ではないかと騒がれるも、その後、大きく伸びなかった選手はいくらでもいる。右肩上がりを順調に続けられる選手はごく一部だ。そうしたシリアスな年齢を迎えている久保はもっと慎重に扱われるべきではないのか。

「6分間」のプレーに話を戻すならば、ポジショニングに関しても文句なかった。起用されたのは1トップ永井謙佑の下。高からず低からず。左右の動きも 自然だった。誰かと変に重なることもなく、協調性の高そうなポジションを取った。全体が見えているのだ。

 例えば左で先発した中島、右で先発した堂安は、中央にカットインすることが多いが、全体図を見てというより、自分の都合を優先させる感じだ。内に入る理由が、縦突破をあまり得意としていないからであることが透けて見える。俗に言う流動的な動きなのだけれど、自分がプレーしやすい場所に、居心地の良さを求めて移動するーーが、真実であるように思える。

 そうした癖というか、得意不得意が久保にはない。ピッチのどこでボールを受け、どちらに向かっていっても苦にしない様子だ。

 久保はサイドで出場すれば、サイドアタッカーとして振る舞うこともできる。変に内に入り込むことなく、ポジションワークよく全体のバランスを取ることができる。全体の流れに自分の動きを同調させることができる。

 左ウイングとしてプレーをすることはあまりないが、おそらくできてしまうはずだ。久保ほど与えられた状況に合わせることができる対応の幅、すなわち技術的に幅のある選手も珍しい。

 浅野に送ったラストパスは右サイドを縦に突き、ゴールライン際から折り返したものだが、同じ左利きの堂安に、こうしたプレーが期待できるかと言えばノーだ。左の中島との比較でも同じことが言える。

 左利きと言えば「私は左利きです!」と主張するような選手が目立つ。日本人の歴代選手しかり。格闘技で言うところの左半身の体勢で、左利きを誇示するようにプレーした。しかし、プレッシングが激しくなると、左半身がきつければ、動きは読まれやすくなる。身体を開かず、ボールを身体の中央にセットし、どちらに動くか判りにくい体勢をとる必要が生じる。久保はそれが完璧にできている。左利き特有の悪い意味での臭みがない。今日的なのだ。

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 グレードの低い試合に数分間出場させるために、マヨルカ島からわざわざ呼びつけるべきではない。どうしても使いたいのなら、1トップ下ではなくサイドで、と言いたい。選手としての市場価値が高いのはMFではなくFW。アタッカーだ。いの一番に求められるのは縦への突破である。そうした技術は、真ん中より1対1のシーンが頻繁に訪れるウイングの方が身につきやすい。いまは攻撃力、突破力、爆発力、そしてスケール感を膨らますべき時。小器用さを身につける時期ではない。学ぶべきはメッシが踏んだプロセスだ。

 わずか6分の間に別格のプレーを見せた久保。期待感はさらに膨らんでいる。問題はマヨルカでどんなプレーができるかだ。10月20日、パルマ・デ・マヨルカの「ソンモッシュ」で行われるレアル・マドリー戦に目を凝らして損はないと思う。万が一、スタメンを外れるようなことがあれば、それはそれで大問題だ。久保を日本代表に招集した森保監督ならびに日本サッカー協会の責任は大きいと言わざるを得なくなる。注目である。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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