Yahoo!ニュース

【富山】同じ障害のある兄を殺害した弟に面会「裁判でも理解されなかった」

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 統合失調症とASD(自閉症スペクトラム障害)を抱える兄を殺害したとして、懲役11年の実刑判決を受けた同じASDを抱える20代の弟。判決後、裁判長に納得いかない様子を見せた弟は高裁に控訴したものの、6月8日に棄却された。そんな被告を高裁判決前の6月初め、筆者が面会に行くと、「裁判でも理解されない。障害を持つ人には、厳しい」と心情を明かした。

小学校は地獄のような場所でした

 最近、兄弟姉妹の間で起きる殺傷事件が相次いでいる。2020年11月、富山市内の自宅で、兄の頭をハンマーで何度も殴って殺害したとして、弟が兄殺害事件の被告になっている事件もその1つだ。

 報道によると、被告は小学生の頃、家族以外の人に話しかけられるとパニックになり、相手の言葉に対して、うまく反応できなかったと、被告人質問で証言している。また、周りの友だちと違うと思ったことがたくさんあり、周りから、からかわれたりうまく馴染めなかったりして浮いている状態だったという。

 小学校ではいじめにも遭っていて、「小学校は地獄のような場所でした。人生はこんなにつらいものなのか。生きているのがつらい」などとも法廷で語っている。

 報道では、中学に入ってもいじめはエスカレート。体を殴られることは日常的にあったとされる。やがて、被告は「障害を持ったお兄さんが身内にいるせいで、人から好かれないし、バカにされる」などと思うようになっていったという。

 被告は高校卒業後に一旦就職したものの、働くことができなかった。富山の実家に帰って来てからは、兄弟げんかが絶えず、事件前には包丁を持った兄から追いかけられる事態に発展。「やられる前に自分が先にやっておかないと、と思うようになった」と動機を募らせた。

 そして、被告自身も逮捕後の精神鑑定で初めて兄と同じASDと診断され、「腑に落ちた」「人間関係を築けなかったのはASDだったからと思いました」とも話し、診断されるまでは「自分は健常者」と考えていたという。

 兄と弟の立場は違うが、筆者自身も障害を抱えて長年働けずにいた弟を持っていただけに、この兄弟間で起こった事件が他人事には思えず、今年1月31日に行われた判決を富山地裁まで傍聴しに行った。

 裁判長は「精神障害を持つ兄の言論等への不満や、兄によって家族が迷惑を被っていると考えて犯行に及んだ」としながら、「それは思い込みであって、被告も兄を傷つける言動をしてきた」などと指摘。一方で「弟と兄双方に精神障害があったことが影響して、関係を修復するのは困難だった」などとして、検察側の懲役15年の求刑に対し、懲役11年を言い渡した。

 被告は法廷に入ってきた当初、傍聴席をじっと見渡すなど、少し落ち着かない様子だったが、判決文の読み上げが始まると、被告席前で下を向いてふさぎ込んだ。

 判決後、裁判長は「お兄さんのかけがえのない命を奪ったということを長い時間かけて見つめ直してください。お父さんやお母さんが、あなたから反省の気持ちが感じられるようになるよう願ってます」と、被告に語りかけた。すると、被告は裁判長に向かい、「判決文の謄本を頂けますか?」と質問。「請求があればできます」と裁判長は繰り返したものの、被告は終始、納得のいかない様子だったことが気になっていた。

生きづらさを感じていた

 そこで、筆者は6月1日、富山県内のひきこもり家族会代表と発達障害のあるひきこもり経験者と一緒に被告を訪ね、面会した。

「発達障害があると働きづらいし、普通の人と上手くコミュニケーションが取れなくて、理解されない」

 被告は当初、訪ねてきた私たちに驚いた様子でこちらを覗き込んでいたが、「う~ん」と言葉を絞り出すようにして、そう訴え始めた。

「ずっと、つまはじき。裁判でも同じことなのか、って」

 どんなところが納得できなかったのか?と尋ねると、「裁判そのものに、納得できないです」と答えた。

 もちろん、どんな事情にせよ兄の命を奪った行為は許されるべきものではなく、罪は償わなければならない。ただ、事件を起こして以来、この3年余りの間、こうして誰かが面会に来ることさえも、初めてのことだと聞いて驚いた。

「親に話しかけても、反応がないんです。しゃべるのが上手くなくて、裁判でも話が伝わらなかった」

 孤立状態にあった長い時間。どんなにきつかったことだろうか。

 ここに至るまでにも、精神疾患と障害を抱える兄との間で、いろいろなことがあったのだろう。

「生きづらさを感じていた」

 そう明かす被告のノートには、小さな文字がぎっしり書き込まれていて、私たちの話も時々メモしていた。

「親にも障害に対する理解がないし…。障害を持った人には、厳しいです」

 罪を償って出所した後、どんなことを望んでいるのか聞いてみた。

「殺人犯の前科が付いちゃったから、もうコンビニのバイトもできないのかな」

 筆者に同行したひきこもり経験者が、思わず「これから友だちになろうよ」と声をかけると、彼は前のめりになって嬉しそうにうなずき、今後のことも話し合った。

 それにしても、このような悲劇に至る前に、どこかで何とかできなかったのだろうか。こうした悩みを抱える多くの家庭がそうであるように、家族も孤立していたのではないかと推測できる。行政で何とかケアできればいいが、「支援は必要ない」と家族側から拒否されれば、それ以上は何もできずにいるのが実態だ。

 6月8日に名古屋高裁金沢支部で行われた控訴審判決でも、「兄に殺されるかもしれないと思い込み、殺害に及んだ」という弟の主張は棄却され、1審判決が支持された。

 国の「ひきこもり地域支援センター」や基礎自治体の相談窓口の開設が進められているものの、自治体の認識には温度差があり、今回のような兄弟姉妹の相談対応まではまだ機能しているとは言い難い。

 私の所属する特定非営利活動法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」でも、今年度から毎月1回、こうした悩みを抱える本人や家族が、周囲に知られず全国からつながれるように「メタバース居場所」を開設。①ひきこもり本人限定、②親子向け、③兄弟姉妹向けの交流の部屋をつくることにしている。次回は7月8日(土)に開催する予定だ。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。約30年前にわたって「ひきこもり」関係の取材を続けている。兄弟姉妹オンライン支部長。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』や『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

池上正樹の最近の記事