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ワクチン拒否した主役がクビに。ハリウッドで初の例にさまざまな反響

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ワクチンを拒否して主役の座を失ったエミリオ・エステヴェス(写真:ロイター/アフロ)

 ハリウッドの撮影現場でワクチン義務化が進む中、そのせいで主役がクビになるという初めての例が出た。エミリオ・エステヴェスがその人だ。

 彼が主演するのは、「飛べないアヒル - ゲームチェンジャー -」。1992年のヒット映画「飛べないアヒル」とその続編「D2/マイティ・ダック」「D3/マイティダックス」に続くシリーズとして製作されたこのシリーズは、今年3月にDisney+ で配信開始された。現在配信中の第1シーズンが撮影されたのは、まだワクチンが出回らない頃だったが、誰もが打てる状況になるにつれ、ハリウッドでは、俳優と、彼らの至近距離である「ゾーンA」と呼ばれるエリアで仕事をする人たちに対し、ワクチン接種を義務付ける動きが進んできている。業界全体で強制するものではなく、あくまでプロダクション単位での判断ではあるものの、数多くの映画やシリーズを製作するNetflixは、アメリカ国内で撮影されるすべての作品の現場で「ゾーンA」の人々に接種済みであることを雇用条件にすると決めた。HBOの作品の多くも同様のルールを設定し、「〜ゲームチェンジャー」を製作するディズニーTVもまた、新しいシリーズといくつかの既存のシリーズに対し、同様のルールを定めている。

 しかし、「〜ゲームチェンジャー」第2シーズンの撮影開始が年明けに迫る中、この件に関して主演のエステヴェスと何度やりとりをしても承諾がないことから、ディズニーTVは、次のシーズンにエステヴェスが演じるゴードン・ボンベイを出さないという決断を下したというのだ。第2シーズンの脚本はすでに執筆作業が進んでいるが、これから書き直しがなされるとのこと。エステヴェス側は、「クリエイティブ面での意見の相違があった」とも言っているようだが、ワクチンが決定的な理由だったのは間違いなさそうである。

主役が消えてもシリーズは続くハリウッド

 人気のシリーズがワクチンのせいで主役を失うという驚きの展開に、ソーシャルメディアにはさまざまな意見が寄せられている。

「(ワクチンは)自分だけじゃなくて他人のためでもあるのに」「いや、個人の自由だ」といった、これまで散々繰り返されてきた論議は当然のようにまた繰り広げられている一方で、「このシリーズはこれで終わりだ」「第3シーズンは、ないね」「エステヴェスなしで『飛べないアヒル』はない」といったシリーズの運命についてのコメントも多い。「意外にも優れたシリーズだったのに、この自分勝手な俳優のせいで潰されてしまった」「すごくがっかり。この一家の中で彼は頭の良い人だと思っていたのにな。まあ、もともとの基準が低いが」など、エステヴェスを批判するものもある。「エミリオがワクチンを拒否してクビになったって?じゃあ、第2シーズンはコロナで死んだボンベイの葬式のシーンで始めたらどうだ?」という、ブラックユーモア的な投稿もあった。

 たしかに、エステヴェスが「飛べないアヒル」に欠かせないのは事実である。だが、一部の人が言うように、彼がいなくなったことがシリーズの死活問題になるのかどうかは、わからない。ハリウッドでは、主役を失った番組が無事に続いた例が、これまでにもあるからだ。

 たとえば、同じくディズニーの傘下にあるABCが放映したシットコム番組「Roseanne」では、人種差別コメントをツイートしたことが理由で主役のロザンヌ・バーがクビにされた。この時は、共演者の強い望みで、主人公ロザンヌ・コナーが死んだことにし、「The Conners」というタイトルで生まれ変わることになっている。この番組は好調で、今も放映中だ。Netflixの「ハウス・オブ・カード 野望の階段」も、主役のケビン・スペイシーが「#MeToo」で業界追放となる困難に直面した。だが、彼の妻を演じるロビン・ライトを主役に据えることで、無事、シリーズを終わらせている。

「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、ロビン・ライトを主演に据えることで乗り切った(David Giesbrecht/ Netflix)
「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、ロビン・ライトを主演に据えることで乗り切った(David Giesbrecht/ Netflix)

 エステヴェス自身のすぐ身近にも、良い例がある。依存症を抱え、現場に多大なる迷惑をかけた彼の弟チャーリー・シーンは、製作側が我慢強く対応してくれたにもかかわらず、感謝するどころかトップを貶すような発言をして、シットコム番組「Two and a Half Men」の主役をクビにされてしまった。番組の人気は自分のおかげによるものだと、シーンはタカをくくっていたようだが、彼の代わりにアシュトン・カッチャーがキャストされると大好評。番組はその後も順調に視聴率を稼ぎ続けることになった。主役が誰かよりも、作品そのものの強さがものをいうということを、これらの例は示している。

 とは言え、今回の件は、ハリウッドにもまだ反ワクチン派がいるという事実を見せつけたと言えるだろう。リベラルなカリフォルニアでは、科学を信じ、ワクチンを打つのはコミュニティに生きる者の義務と感じる人が多数派だ。パンデミックが始まって以来、自らの非営利団体を通じてPCR検査の拡大やワクチン普及に大きな貢献をしたショーン・ペンは、数ヶ月前、「ゾーンA」だけでなく全員がワクチンを打つまで主演するテレビドラマの現場に戻りたくないと発言して話題を集めた。その時も、彼に同調する声が多く聞かれている。

 その一方では、カリフォルニアの警察官や消防隊員の中に接種義務に強く反対する人が少なくないという現実もある。彼らの中には「接種するくらいなら仕事を辞める」と言う人までいるのだ。今週は、接種後半年経つとワクチンの有効性が大きく下がるという研究結果も発表された。これを受けてまた職場におけるワクチンについての議論が再燃する可能性もある。カメラの裏でのドラマは、これからも出てくるかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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