Yahoo!ニュース

アカデミーがオスカーおみやげ袋の会社を訴訟。品のない中身も大きな理由?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョージ・クルーニーは、もらったギフトバッグを慈善オークションに寄付した(写真:ロイター/アフロ)

アカデミーが、授賞式で候補者に渡されるおみやげ袋を作る会社を訴訟した。訴状は、彼らがやっていることが「著作権の侵害であり、アカデミーの有名なトレードマークの価値を薄め、善意を傷つけるものだ」と述べている。さらに、「マスコミは、今年のギフトバッグに含まれる、健全とは言えない商品について積極的に取り上げている」とも続けている。

訴訟を受けているのは、L.A.のマーケティング会社、ディスティンクティブ・アセッツ。同社は、トップ中のトップのセレブの手元に自分の商品を届けたいと願う企業を募り、それら企業からお金を取った上で、商品を提供してもらい、ギフトバッグを詰める。高額であればあるほどメディアの話題に上るせいか、価値は毎年のように上がっており、昨年は16万ドルだったが、今年はなんと20万ドル(約2,300万円)になった。

今年の中身に含まれるのは、VIP待遇のイスラエルへの旅(5万5,000ドル相当、)1年間のアウディのレンタル(4万5,000円相当、)コモ湖の高級ホテル3泊(5,000ドル相当)など。その一方で、アカデミーが指摘するところの“健全でない商品”に当たる、大人のおもちゃ(250ドル相当)やマリファナのバポライザー(250ドル、)美容整形のギフト券(5,530ドル相当、)豊胸トリートメント(1,900ドル相当)などもある。さらに、ドラッグストアで売っている安物リップクリーム、25ドル相当という値段から判断するにたいした素材を使っていないと思えるジュエリー、痩せるためのサプリメント(20ドル)など、どうでもよさそうな物も、多数入っている。

ディスティンクティブ・アセッツのキャッチコピーは、「Everybody Wins at the Oscars! Nominee Gift Bags!。」「オスカーでは、みんなが勝てる!(これが)候補者のギフトバッグだ!」という意味で、たとえ受賞はできなくても、このすばらしいギフトバッグはみんながもらえるのだとうたうものだ。マスコミも、これらのギフトバッグを“オスカーのギフトバッグ”と呼び続けてきているため、一般の人の多くは、授賞式の数週間前にアカデミーが候補者を集めて開くランチョンのように、このバッグも、アカデミーの伝統のひとつなのかと誤解してしまう。当然、アカデミーは、以前からこれを懸念しており、昨年2月には、「あなたたちのギフトバッグがアカデミーのやっていることだと混同する人がいないようにすることは、非常に大切です」と、ディスティンクティブ・アセッツに書面で警告を出している。

それを受けて、今年、ディスティンクティブ・アセッツは、ほんの少しだけキャッチコピーを変えたが、それでもマスコミは“オスカーのギフトバッグ”として、これらの中身を、時に写真つきで報道した。大人のおもちゃの写真が“オスカー”という名前の横に並んだことで、品格を重んじるアカデミーも、ついに堪忍袋の尾が切れたのだろう。訴訟という行動に出たことについて、アカデミーの広報は、米西海岸時間17日(水、)「ディスティンクティブ・アセッツは、法外なギフトバッグが、アカデミーの指示で、あるいはアカデミーの支援や承認を得た上で配られているかのようにうたってきています。アカデミーは、ディスティンクティブ・アセッツとは、何の関係もありません。アカデミーはディスティンクティブ・アセッツを雇ったり、彼らに助言を求めたり、ギフトバッグを配る手伝いをしたりはしていません。‘オフィシャル・オスカー・ギフトバッグ’に関する報道は、どれも正しくありません」と、声明を発表している。

訴訟問題となった今、このギフトバッグが、果たして今月末のオスカー授賞式で配られるのかどうかは疑問だ。しかし、たとえもらえなくても、がっかりする候補者は、おそらくほとんどいないだろう。もともとこのバッグは、演技部門の候補者20人と、監督部門の候補者5人だけに渡されるもので、一般の人がほとんど名前を知らない、技術系の部門や短編部門に関わる候補者は、もらえない。そして、オスカーの候補に上がる俳優や女優といえば、そうでなくても、普段から、素敵な物をいくらでもタダでもらえる人たちである。1,400ドル相当のパーソナル・トレーナーによる3回のプライベートトレーニングが入っていたとしても、彼らにはすでに、いつもお願いしているお気に入りのトレーナーがいるだろうし、ジェニファー・ローレンスはディオールから、ケイト・ウィンスレットはランコムから化粧品を山のようにもらうので、聞いたことのない会社が、「一生分のスキンクリームとクレンザー、3万1,200ドル相当」をくれたとしても、パーソナル・アシスタントかメイドにあげるだけだろう。実際、本来意図した受け取り主であるセレブ本人が旅行パッケージなどを利用することは、ほとんどないという。

商品を提供する企業も、ある程度はそれをわかって提供していると思われる。たとえば、美容整形などは、そもそも、患者の情報は秘密にするのが絶対のルールなので、どうせ名前は出すことはできない。それでも彼らが参加するのは、“オスカーのギフトバッグ”と思われているものに入ることがもたらす知名度アップを期待するからだ。つまり、これは100%、宣伝広告なのである。

総額が総額なだけに、2006年、IRS(税務署に当たるもの)は、これらのバッグは課税対象になると、アカデミーに通告を出した。いらないものばかりが詰まったバッグのために税金を払わされて、逆に迷惑だと感じるセレブもいるだろう。ジョージ・クルーニーは、バッグを丸ごとチャリティオークションに出した。そのバッグには4万5,000ドルの値がついたという。バッグがたどりつく場所という意味で、それは最も有効で、意義のあるところだったかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事