「おでんツンツン」は「威力」か【追記あり】
■はじめに
先日、28歳の男が、コンビニで売られているおでんを指で「ツンツン」と突いて、その動画をネットに公開し、器物損壊と威力業務妨害の疑いで逮捕されました。
器物損壊罪における「損壊」とは、物を物理的に破壊する行為はもちろんのこと、物本来の効用を害して使えなくするような行為も含まれます。客が指で突いた商品のおでんはもはや売ることができなくなりますので、器物損壊罪(3年以下の懲役又は30万円以下の罰金か科料)を適用することに問題はありません(そのおでんはもともと廃棄の予定だったという情報もあり、そうだとすればもちろん器物損壊罪は成立しません)。
問題になるのは、このような行為が威力業務妨害罪となるのかということです。
■「威力」とはどのような意味なのか
まずは刑法の条文を確認しましょう。
(信用毀損及び業務妨害)
第233条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
(威力業務妨害)
第234条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
刑法234条の威力業務妨害行為は、条文に書かれているように、233条の偽計業務妨害罪と同じように、「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」で処罰されます。
犯罪成立の要件は、「威力」を使って、他人の業務を妨害することです。
今回の事件では、コンビニが商品のおでんを結果的に廃棄せざるを得なくなったので、業務が妨害されたという点については問題はありません。考えなければならないのは、「おでんをツンツンする行為」が「威力」なのかどうかという点です。
「威力」の意味については、判例も学説も「人の意思を制圧するような勢力」だと理解しています。
暴行や脅迫は当然ですが、それに至らないものであっても、社会的、経済的な地位・権勢を利用した「威迫」、多衆・団体のカの「誇示」、騒音喧騒、物の損壊など、およそ人が怯(ひる)むような勢力のことをいいます。
具体的にその行為が「威力」に該当するかどうかは、犯行の日時場所、犯人側の動機目的、人数、勢力の態様、業務の種類、被害者の地位などの事情を考慮して、それが客観的に見て人の自由な意思を抑圧するにたりるものであるかどうかが判断されます。そこで、実際の裁判で「威力」に当たるとされた例と否定された例を見てみましょう。
【肯定例】
- デパートの食堂でシマヘビ20匹を撒き散らす行為(大審院昭7・10・1)
- キャバレーの客席で牛の内臓等を焼き、悪臭を充満させる行為(広島高裁昭30・12・22)
- 中国経済貿易展の会場に掲示された毛沢東国家主席の写真に生鶏卵1個を投げつける行為(大阪地裁昭40・2・ 25)
- 天ぷら製造業者が店舗で天ぷらを揚げているところへ木の葉や土砂等を天ぷらの原料にふりかかるほど縦約2.5メートル、横約1.5メートルの範囲に振り撒いた行為(福岡高裁昭41・4・13)
- 国会内でアジビラを撒き、爆竹を鳴らす行為(東京高裁昭50・3・2)
- 参議院本会議場で内閣総理大臣が答弁を行っていた際に演壇に向って運動靴を投げ付ける行為(東京高判平5・2・1)
【否定例】
- 製材業務に従事していた被害者に対して、「製材機はここからは入れさせぬ」と言って妨害した行為について、それはいまだ相手方の自由意思を制圧していないとされた(広島高裁昭28・5・27)
- 心身障害者施設のボイラー及び通電の停止について、それが平穏に行われ、暴力的ニュアンスはなく、回復措置も困難でなかったことから、「威力」に該当しないとされた(前橋地裁昭55・12・1)
このような裁判例から判断しますと、「威力」が用いられたというためには、少なくとも相手が怯(ひる)む程度に、実力による排除を困難と感じさせるような威圧感を与える行為であることが必要ではないかと考えられます。
したがって、本件のように商品の「おでんをツンツン」する行為は、コンビニの店員がそれによって威圧感を覚えるような態様ではないと思いますので、威力業務妨害罪の成立は疑問ではないかと思うのです。
■軽犯罪法には違反しているのではないか
ただし、このような行為は、軽犯罪法には該当するのではないかと思います。軽犯罪法は犯罪としては軽い行為を特別に処罰する法律ですが、その第1条31号に次のような規定があります。
軽犯罪法第1条31号 他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者(法定刑は、拘留又は科料)
「悪戯(あくぎ)」とは、一時的なたわむれであって、それほど悪意のない行為だと解釈されています。
昭和23年に軽犯罪法の制定をめぐって国会で議論されたときには、「悪戯」とは、たとえば「舞台に出ようとするところの役者の背中に貼紙などをするとか、あるいは講演者の前に『こしよう』を振掛けまして、くしゃみをさせるような、その程度の行為」(第2回国会参議院司法委員会会議録第6号6頁)などがこれに当たると説明されていました。
具体的な裁判例としては、次のような行為が「悪戯」に当たると判断されています。
- 衆議院本会議場において、内閣総理大臣が施政方針演説のために登壇しようとした際、「憲法改正を断行せよ」と題するビラ約350枚を一般傍聴席から議場に散布する行為(豊島簡裁略式命令昭33・6・28)
- 東京国立博物館のモナ・リザ画展示会場で、「身障者を差別するモナ・リザ展に反対する」と絶叫しながら、展示中のモナ・リザ画に向けて赤色スプレー塗料を噴出させた行為(東京高裁昭50・6・26)
- 「日本社会党大演説会」会場において、演壇上で演説を開始しようとした土井たか子委員長(当時)に対し、「土井」と大声で叫びながら聴衆を押し退けて右演壇上に駆け上がろうとした行為(長野簡裁略式命令平3・3・29)
このように、実際の裁判例では、一定の勢力が認められる場合であっても軽犯罪法違反にとどまるとされているものもあって、限定的な解釈がなされているケースも少なくありません。
本件でも、行為じたいが単純であり、主観的にも面白半分で行っているものと思われますので、刑法的には器物損壊罪と軽犯罪法違反として評価することで足りるのではないかと思います(最高3年の懲役)(しかし、28歳にもなって、何と情けないことでしょうか)。
なお、本件でかりに指で「ツンツン」したのではなく、たとえばおでんに唾液を吐くといった行為を行った場合であっても、直接にも間接にも、人に対して行われていませんので、同じことだと思われます。
業務妨害罪は、業務に支障がでれば成立する方向で解釈される傾向がありますが、軽犯罪法との関係について慎重に検討すべきだと思います。(了)
【追記】
コンビニで商品のおでんを指でつついたとして、威力業務妨害などの容疑で逮捕された愛知県常滑市の無職男性(28)について、名古屋地検半田支部は16日、不起訴処分にしたと発表しました。なお、同支部は、処分理由については明らかにしていません。