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『0.5の男』制作者に聞いた「ひきこもりドラマ」から見える新しい潮流 2.5世帯住宅の家族のリアル

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
WOWOWオンデマンドで配信中の「連続ドラマW 0.5の男」(WOWOW提供)

 メディアの描く「ひきこもりドラマ」というと、親が甘やかしているとか自立や就労を迫って本人を追い詰めるなどの誤解や偏見に基づくシーンがよく出てくる。しかし、このドラマは違った。実家で「家守」のような生活を続ける40歳の立花雅治は、オンラインゲームのコミュニティではカリスマ的な存在。一方、そんな雅治を両親も温かい眼差しで見守っているのだが、いたって真面目な本人と家族の日常での“あるある”話や、周囲とのやりとりで思わずクスっと笑いたくなるシーンも時々出てくる。WOWOW『連続ドラマW 0.5の男』からは、そうした従来の「ひきこもり」イメージを覆す、新しいドラマの潮流が感じられた。

家族の眼差しの温かさに救われた

「ひきこもり」がテーマのドラマだと聞いて、『0.5の男』を第5話の最終回まで一挙に視聴した。

 ドラマの舞台になっている「2.5世帯住宅」は、両親と子の家庭が住む2世帯住宅に単身の兄弟姉妹も同居するという、住宅メーカーが提案する住まいだ。元々、メーカーが「2.5世帯」という発想の中にひきこもる兄弟姉妹のことを想定していたのかどうかはわからないが、「ひきこもり」状態にある人の数は、内閣府の2022年度の調査によると、推計150万人前後。兄弟姉妹や家族も含めれば1000万人以上が「(ひきこもり・不登校)関係者」というデータもあるだけに、他人事ではないし、ある意味「潜在的ニーズ」に沿った住まいの選択肢の1つともいえる。

「2.5世帯住宅」への建て替えを巡って譲歩を迫られる、きょうだいの葛藤もリアルに描かれている。WOWOWオンデマンドで配信中の「連続ドラマW 0.5の男」(WOWOW提供)
「2.5世帯住宅」への建て替えを巡って譲歩を迫られる、きょうだいの葛藤もリアルに描かれている。WOWOWオンデマンドで配信中の「連続ドラマW 0.5の男」(WOWOW提供)

 雅治と両親の住む立花家でも、古くなった自宅の建て替えをきっかけに、妹夫婦とその子どもたちも呼び寄せて同居することになった。しかし、住まいの設計に当たって「お兄ちゃんが家にいるせいでスペースが狭くなるじゃない」と妹の塩谷沙織が苛立つシーンは、きょうだいのリアルな“持ち家問題”を彷彿とさせるものだ。

 こうして始まった新生活の中で、自らを「0.5の男」と揶揄する雅治は、沙織の中学生の娘である姪からは、部屋の前でうっかり鉢合わせし「キモっ」などと言われる。雅治が引き続き実家にこもり続ける事態は、本人にとっても家族にとっても外には言えない悩みを抱えて、リアルに関わる当人たちにしてみれば深刻だ。

 しかし、母親の恵子は「ずっと家に居ればいいよ」と声をかけ、父親の修は「外に出て一緒に走ったら溶けちゃうんじゃないか」と一緒に走ろうとする雅治に驚いてみせるなど、家族の眼差しの温かさに心が救われた。オンラインゲーム上でのアバターを通じた交流や、子どもたちには好かれる雅治の優しい素顔、保育士という職種への憧れなど、捉え方や方向性も新しい切り口の描き方で共感できる。そんな雅治を松田龍平さんが演じているのも、深刻さの中に終始、乾いた明るさを感じさせてくれるのかもしれない。

雅治は姪から「キモっ」と言われながらも、オンラインゲームの世界では皆からリスペクトされる存在。オフ会にも出かけていく。WOWOWオンデマンドで配信中の「連続ドラマW 0.5の男」(WOWOW提供)
雅治は姪から「キモっ」と言われながらも、オンラインゲームの世界では皆からリスペクトされる存在。オフ会にも出かけていく。WOWOWオンデマンドで配信中の「連続ドラマW 0.5の男」(WOWOW提供)

変われない自分への戒めも込めて

 いったい、どのようにしてドラマは生まれたのか。WOWOWコンテンツ制作局ドラマ制作部の植田春菜プロデューサーによると、外には出ていけないものの家の中で家族を助けて生きる場所を見つけている人が身近にいて、そんなホームドラマができないかとの提案を契機に作られたオリジナルストーリーだという。

「WOWOWというと、社会派やサスペンス物などが多く、純粋なホームドラマをやったことがありませんでした。この企画は、8050問題目前という社会的問題のメッセージ性も込められるので、いいアイデアだと思いました」(植田プロデューサー)

 ドラマに違和感があまりなかったのは、スタッフたちの周囲の身近な例や自分自身の実体験が散りばめられているからなのだろう。企画を提案してドラマ制作を手がけた石原仁美プロデューサーの甥の、いじめが傷となって学校に行けなくなり、ゲームばかりして家にいる事例もモデルの1つになった。

「でも、甥っ子は“お母さんのご飯が美味しい”ってSNSに上げるし、オンライン上に彼女もいる。世間のひきこもりイメージとは違うんです。もう1人のモデルは友人のお兄さん。30年ひきこもりましたが、お母さんの看護や認知症のお父さんの下の世話、家の修繕、墓守もしてきました。妹さんから“兄が家事手伝いしてくれて助かってる”と聞いて、なんで男は家事手伝いしていても許されないのかなという疑問があったんです」(石原プロデューサー)

 周囲から責められるイメージのある「ひきこもり」とは名乗りたがらないものの、同じように「家守」をしていたり、生きづらさを抱えていたりする人たちは少なくない。

「家族は、いちばん小さな単位の社会だと思うんです。ひきこもる本人が納得してこういう生き方をしようと思うに至るまで、周りがどのように関わっていくのか。その本人を支える周りの人たちの物語がホームドラマの形なのかなと、沖田修一監督とも話し合ってきました」(植田プロデューサー)

 親が高齢化して心配だからと、家を建て替えて親と子世代の家族が一緒に住もうと、2世帯住宅を建てる話はリアルに起きている事例であり、実家に住む単身の兄弟姉妹がいれば、結果的に「2.5世帯住宅」になる。

 そんな住宅の「0.5の男」であったとしても、家の中で甥から「死ね」と絡まれた雅治は、自分に向けて「生きる、生きる、雅治は生きる」とつぶやく。姪とのやり取りの中で“生きていてくれればそれでいい”と思いが語られるシーンもあった。植田プロデューサーは、今回の制作を通して自分がこう変わったと言う。

「ひきこもりに限らず、社会のレールに当てはまらない人に接したとき、想像することができても、実践する難しさもある。そんな自分自身のキャパや寛容度を広げるためにも、自己鍛錬を心掛けなければいけないと思いました」

 また、石原プロデューサーによれば、この作品は「祈りのドラマ」でもあるという。

「家族は小さな宇宙なのに様々な所で衝突が多い。共生共存の時代になるはずだったのに世の中は逆行している。お互いの考えや生き様、性格の違いを認めて理解する祈りを、なかなか変われない自分への戒めも込めて描きました」

 重たいテーマであるにもかかわらず、ひきこもる雅治は生き生きと人生を楽しんでいるし、一緒に暮らす両親や妹夫婦、甥、姪も、甥の通う幼稚園の保育士も、みなキャラクターが魅力的でどこか面白く、ドラマを見終わった後も爽快だった。

「連続ドラマW 0.5の男」(全5話)は、WOWOWオンデマンドで配信されている。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。約30年前にわたって「ひきこもり」関係の取材を続けている。兄弟姉妹オンライン支部長。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』や『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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