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「将棋で強くなるためには高いコンピュータが必要なの?」観る将棋ファンのためのコンピュータ講座(3)

松本博文将棋ライター
(画像:いらすとや)

松本 今回のテーマは「AWSってなんなの?」。または「将棋で強くなるためには高いコンピュータが必要なの?」です。杉村先生、よろしくお願いいたします。

杉村 よろしくお願いします!

松本 これまでの一連の記事を読まれた皆さまからは、いろいろな反響がありました。よく目にした感想の一つが「研究用のハイスペックなコンピュータは、いまやとにかくお金がかかるんだな・・・」というもの。それから「囲碁ではAWSを使って研究してるんだから、将棋でもやればいいじゃん」という指摘。後者はわりと事情に詳しい人ですね。そのあたりを今回はうかがいたいと思います

杉村 承知しました。

AWSってなんなの?

松本 ではまず、AWSとはなんでしょうか?

渡辺 alwaysの略。

松本 wwwwwwwww

杉村 そうは略さないでしょう(笑)

渡辺 映画でありますよね。

松本 あるある! スピルバーグ監督の映画もあるし、三丁目の夕日もありますね。

渡辺 すみません、続けて下さい(笑)

松本 名人はお忙しいでしょうから、作業しながら適当にコメントをいただければと思います。

渡辺 はい。

松本 で、AWS。オールウェイズではなくて。

杉村 えー、アマゾンウェブサービス(Amazon Web Services)の略です。

写真:ロイター/アフロ

松本 Amazon! ネットショッピングの会社ですね!

杉村 その通りです。アメリカの大企業、Amazonが、一般向けに、クラウド上のコンピュータを貸してくれると。

松本 クラウドって雲のことでしたっけ?

杉村 雲が語源のようです。ウェブ上のサービスということですね。ネットワーク経由でサービスを利用する、みたいな。

松本 そのAmazonさんが提供しているサービスなんですね。

杉村 AWSを使えば、 高性能なパソコンを持っていない人でも時間単位で、高性能なパソコンを貸してくれるそういう仕組みです。

松本 えっ、それってすごくないですか? でもお高いんでしょう?

杉村 それが・・・結構お安い!

松本 なんと!

杉村 例えば、96個のコア数のCPUを借りようとすると、最安だと1時間100円くらいの金額で貸してくれるみたいです。

松本 やすっ!!!

渡辺 おお。

松本 爆安じゃないですか。だって64コアのThreadripper 3990X(スレッドリッパー、TR3990X)が50万円するわけでしょ?

松本 買えば高いCPUを安く借りられるんだから、コスパめちゃめちゃよさそう。

渡辺 ここまでメリットしかない。

杉村 1日動かしても2400円。100日連続で動かしても24万円。

松本 何と比べるといいのかは、ちょっとよくわかりませんが・・・。それでもなんだかお得感があります。

杉村 200日動かすこととなると、50万円くらいになるので、TR3990Xくらいの値段となりますね。しかもAWSを使うなら家の電気代が増えない。

松本 なるほどなるほど。

渡辺 私の家で使った場合の電気代と比べればいいんですかね。それと初期費用。

杉村 その通りです! しかし、弱点もあります。まず、動いているOS(オペレーティング・システム)がWindowsではありません。

渡辺 あら。

松本 最も一般的なOSではない。

杉村 正確にはWindowsで借りようとすると一気に5倍くらいの値段に変わるはずです。

松本 いきなりハードル高そうな雰囲気になってきた。

杉村 使ったことのないOSで動かす。いきなり大変。

松本 それはLinux(リナックス)とかですか?

杉村 はい、Linuxです。

渡辺 初めて聞く。

松本 私も名前しか知らないOSです。ハードルたけーよ、と言いたくなりますね(笑)

杉村 そして、水匠の探索部の基となっている、やねうら王。Windows向けにはすぐに動作できるプログラム形式で提供されていますがLinux用にはそれがありません。したがって自分でLinux上で動くようにプログラムをビルドする必要があります。

渡辺 それは棋士には無理です。

松本 控え室の検討陣は早くもあきらめムード。

杉村 もちろん詳しい方ならやってやれないことはないでしょうが、大変だということです。次に、ShogiGUIを動かす。おそらくこれも大変。将棋の研究用に使うならば、自分のPCとAWSをネットワーク上で繋いで、自分のPC上のShogiGUIで動かすのが一番いいのかな、と思うのですが、これもネットワークの知識が必要で大変。

松本 なんだかよくわかりませんが・・・。大変なことだけはわかりました。

杉村 開発者の誰かが詳細なマニュアルを作れば出来るようになるのかもしれませんが。自分のPCのWindowsで水匠を動かす難易度が5だとすると、AWSを使わず自分のPC上でdlshogiを動かすだけでも難易度は1000くらいありそうですが・・・。

渡辺 ぎゃあ。

松本 難解で複雑な手順に控え室からは悲鳴が。

杉村 さらに、AWS上でdlshogiや水匠を動かし、それをssh接続などを使って自分のPC上で動かす。それは難易度53万くらいあるんじゃないでしょうか。

渡辺 ああ(笑)

杉村 フリーザ様の戦闘力(笑)

松本 やっぱりドラゴンボールの世界だ。

将棋ではクラウドより自前のPCが強い

杉村 ちょっと話を戻すのですが、96コアのCPUを借りられると言いました。しかしそれはTR3990Xより弱いと考えられています。

松本 えええ。64コアのスレッドリッパーの方が、なぜ96コアのAWSよりも強いんでしょう?

杉村 1コアあたりの速度が速いからです。

松本 なるほど! 1人あたりの戦闘力が高いと。

杉村 ですから、AWSを借りて水匠を動かしたい人は値段上のメリットしかありません。しかも、私みたいにTR3990Xを1年以上ずっと使っている場合は、AWSの方が高い可能性もある。

松本 高価なCPUを購入しても、ペイしてるんですね。だったら買っちゃった方がいいと。

杉村 そういう場合もあるということです。GoogleもGCP(Google Cloud Platform)というAWSと同じようなサービスをやっています。

松本 それが大手による2大サービスですか?

杉村 そのとおりです。

【追記】

松本 クラウドのシェアはAWS、Microsoft Azure、GCPの順だから「3大サービスが正しいのでは?」と読者の方からご指摘がありました。

杉村 そうですね・・・。失礼しました。

松本 コンピュータ将棋界では主にAWSとGCPが使われているということですね。

【追記終わり】

杉村 GCPでは224コアのCPUを貸してくれます。

松本 ケタが多くなった。すごくないですか?

杉村 GCPの224コアのCPU。64コアのTR3990X。どちらが強いのか。これは難しい対決だと思っていました。

松本 数では大差ですが、勝負になるかもしれないと。

杉村 そこでちょうど、今年の7月に電竜戦TSECという大会が行われ決勝66番勝負において、GCP224vCPUを使う名人コブラとTR3990Xを使う水匠の対決となりました。

松本 66番勝負っていい意味でクレージーですよね(笑)。疲れを知らないコンピュータ同士だからできる。

杉村 そこで、水匠がある程度の差をつけて勝ったので。TR3990X強い、という話に今もなっています。

松本 なるほど、そういうテーマもあったんですね。

杉村 その通りです。同じNNUEの対決でしたが、クラウドサービス vs 自前リソースという対決でした。

松本 まとめると、AWSで従来型の将棋ソフトを動かすのは一般の人にはハードルが高すぎるし、また現状はそれほどのメリットもないということですかね。

GPUを使う囲碁ソフトはAWSと相性がいい

渡辺 ではなぜ囲碁ではAWSは使えたんでしょう?

松本 そうそう、それが聞きたかった! 囲碁界では棋士がAWSを使いこなしているとニュースにもなりました。

杉村 囲碁では、ソフトがインストールされているAMIが提供されており・・・

松本 AMI?

渡辺 亜美って誰?

杉村 Amazon Machine Images

松本 女の人ではなかった。

杉村 既に難しい部分は設定済のシステムということです。

松本 へええ・・・。

渡辺 誰が提供してるんだ、そんなの。

杉村 そのAMIを使って、AWSを動かしているのだと思われます。囲碁のソフトはGPUを使います。

松本 おお。前回の話につながった。

杉村 CPUと違ってGPUとなると、自宅のPCよりももっと高性能なGPUを借りられます。なので、AWSを借りていいGPUを使う。そのような動きになったのだと思われます。

松本 それは合理的ですね。その延長として、囲碁と将棋ではAWSの接し方に違いが生じると。

杉村 現在、AWSではあのA100x8も借りられます。ただし1時間1000円。

松本 時給1000円・・・ってなにと比べていいのか、これもよくわかりませんが(笑)。A100はdlshogiが長時間マッチでも使ってましたね。いま手に入る最高クラスのGPUで、8つも買ったら1000万以上すると。それ考えるとめちゃめちゃ安いか・・・。

杉村 そのような高性能なGPUを使いたい場合、AWSという選択になるのかと思います。

松本 世界コンピュータ将棋選手権の参加チームのCPUを見ると「Amazon EC2 p4d.24xlarge」とか、そういうのが並んでますね。これらはクラウドサービスを利用して競技会に出てるということですね。

杉村 その通りです。p4d.24xlargeは、A100x8を借りているという意味です。

松本 PALはDL系の代表格のソフトと聞きましたが、「Nvidia A100x8」ってすらっと書かれてますね。これは自前・・・。

杉村 おそらくHEROZさんのサーバーですね(笑)

松本 つよい。それをクラウドで借りてるチームも多いと。

杉村 その通りです。なのでスペックは互角です。

松本 こういうところでは、将棋勢の開発者はAWSを使いまくってるわけですよね。

杉村 大会ではそうですね。

松本 それもずいぶん前から。

杉村 その通りです。2019年の第29回世界コンピュータ将棋選手権では決勝進出の8チームのうち、自前でPCを持ち込んだのは1チームのみでした。

松本 その1チームというのが。

杉村 水匠だけでした。

2019年世界コンピュータ将棋選手権、決勝に進んだ水匠開発者・杉村達也さん(撮影筆者)
2019年世界コンピュータ将棋選手権、決勝に進んだ水匠開発者・杉村達也さん(撮影筆者)

松本 なるほどね。

杉村 他は全てクラウドサービス。

松本 買えば高いものを、皆さんが効率よく借りてるとよくわかりました。

杉村 はい。今後将棋界もさきほど言ったAMI等が提供されAWSが使いやすくなる。そういった未来があるのかもしれません。

松本 そういう動きはないんですか?

杉村 具体的な動きはありませんが、特にdlshogiチームの加納邦彦さんはAWSに詳しいイメージなのでやってくれるかもしれませんね。大変な手間なので、もしかしたら、という程度ですが・・・。

将棋研究用のコンピュータは高くないといけないの?

松本 この前の水匠対dlshogiの長時間マッチ。渡辺名人がゲストで出演して、奨励会員とかこれからどうするのか、みたいな話になりましたね。

杉村 高いPCを買うことは難しいでしょうからね。

松本 私はいま小2の息子がいます。「おとうさん、将棋強くなりたいから、名人と同じ130万円のコンピュータを買って」と言われても「いやちょっと待ってください」となりますね(苦笑)

松本 使いやすくて手頃な料金設定のクラウドサービスが始まれば、多くの人に歓迎されるでしょう。

杉村 クラウドサービスを使うためのクレジットカードを持てるのか、という別の問題もありますか・・・。

松本 なるほど、そういう問題もあるのか。

杉村 時間単位での課金だと、親御さんに相当な理解度が必要になってしまうかもしれませんね。

松本 ソーシャルゲームみたいに、課金してるうちにびっくりするような額になる可能性もある?

杉村 仮にA100x8を借りると1時間1000円。場合によっては結構高額になってもおかしくないですかね。

渡辺 それなら普通のパソコンを買いますね。家庭用デスクトップくらい。

松本 棋力そこそこなら、それでも十分ですか。

杉村 そこまでの性能が必要なのか、という根本に戻ると思います。結局、ソフトをどう使うのか、という点に戻ってくる気がしますね。

渡辺 級位者は家庭用デスクトップ。初段になったらゲーミングPCとか(笑)

松本 なるほど、そういうモチベーションも与えると。

杉村 コンピュータ将棋界もそうですが、スペックだけが実力ではありません。Bonanzaもそうですし。

松本 2006年当時、Bonanzaはノートパソコンで世界コンピュータ将棋選手権に出場し、優勝しましたからね。

杉村 最近ではQhapaqさんやRyfamateさんという参加ソフトもそうですが、低スペックのPCを使いながら技術力でカバー。

Qhapaq開発者の皆さん(撮影筆者)
Qhapaq開発者の皆さん(撮影筆者)

松本 いい話ですね。

杉村 それも極めて大事です。

松本 観る将棋ファンにとってはどうですか? たとえば推し棋士の棋譜を並べて形勢の推移を見るために。

杉村 普通のPCでもめちゃくちゃ強いです。

松本 そうなんですよね。それこそ普通のPCに最新版の水匠で十分ですか。

杉村 どんどんソフトも強くなっており、水匠も以前よりも少ない読みで強いです。

松本 私も新しいパソコンを購入する際にはGPUをそれなりに厚くして、DL系のソフトをインストールしたいとは思っています。でもそう急ぐ必要はないかな・・・。

杉村 練習対局用という意味では、白ビールシリーズを開発している芝世弐先生のDL系ソフトは3手読むだけでレーティング2200くらいの強さがあるようです。

松本 それでも十分つええ・・・。原田泰夫先生の言われてきた将棋の基本「三手の読み」の精神はやっぱり正しいと。

杉村 3手の深さじゃなくて、本当に3局面の読みですけどね(笑)

松本 これ、私のTwitterアカウントでやったアンケートです。300万円相当の将棋盤とコンピュータ、どちらかもらえるとしたら、どちらを選びますかと。

杉村 絶対に将棋盤。

松本 やっぱり! 見たところ、開発者の皆さんは将棋盤一択でしたね。

杉村 あ、そうでしたか(笑)

松本 ええ。でも全体的な結果はほぼ拮抗なんですよ。

杉村 へー・・・。

松本 一般的なファンでも、少なからぬ方がハイスペックなコンピュータを持ちたいと思ってるということでしょうか。高級な将棋盤を持つことは、やはりいまでも多くの将棋ファンの夢でしょう。大山康晴15世名人が「強くなりたかったらいい盤駒を持ちなさい」という有名な言葉を残しています。これは史上最高のセールストークでしょうね(笑)

タイトル戦で使われる高級な将棋盤と駒(撮影筆者)
タイトル戦で使われる高級な将棋盤と駒(撮影筆者)

松本 昭和の将棋雑誌をひもといてみると、大名人の言うことだから「なるほどそうか」と納得して、愛棋家がいい盤駒を買ったという記事がいくつも見られます。やっぱりいい盤駒を前にすれば、おのずと将棋に向かう心構えが違ってくるのかもしれません。資産価値で見れば、将棋盤の価値は何年経ってもそう変わることはない。むしろ高まることもあるでしょう。一方、コンピュータは高価でも、5年、10年すれば、どんどん価値がなくなっていくわけですよね。

杉村 その通りです。

松本 じゃあやっぱり、プレイヤーとして高いところを目指すなら高いコンピュータを買う価値はあるけど、趣味でたしなむ程度のほとんどの人は、無理してまで買わなくてもいいと。

杉村 そうですね。必要があるときに限った方がいいと思います。

松本 そしてこれから先は、もしかしたらクラウド上の安価なサービスで将棋の研究もできる時代になるかもしれない。

杉村 そうですね。開発者の皆様に期待したいところです。

松本 ありがとうございました。聞きたいことはだいたい聞けたような気がします。ところで高いコンピュータを持ってると、婚活に有利になったりしませんか?

杉村 不利にしかならんでしょう(笑)

松本 あらら。

杉村 浪費駄目絶対。

松本 趣味で高いコンピュータを買うのは浪費と見られてしまうのか・・・。将棋はどうなんですかね。

杉村 お金がかからない、いい趣味だと思います! 頭もよさそうだし。

松本 そうだ、杉村さん、Twitterで「スパダリ」って言われてたじゃないですか。弁護士で水匠の開発者でイケメンで優しくて丁寧、と。

杉村 「スパチャの一種ですか?」と思い、語源を調べました(笑)

松本 コンピュータ将棋界からもYouTubeでの発信がますます増えるようですね。楽しみです。ありがとうございました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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