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刑務所内のがん医療格差を解消するために必要なこと

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【刑務所内のがん発生率は一般市民と比べてどう違う?】

英国で行われた大規模な研究により、刑務所内のがん発生率と予後が一般市民と比べてどのように異なるのかが明らかになりました。1998年から2017年までの20年間に及ぶこの研究では、刑務所内で新たにがんと診断された人の数は9倍に増加し、特に50歳以上の受刑者の割合が大幅に上昇したことがわかりました。

一方、男性受刑者のがん発生率は、調査開始当初は一般男性よりも低いレベルにありました。しかし、調査終了時には一般男性とほぼ同程度にまで上昇しています。男性受刑者の間では喫煙率が高いなどのがんリスク要因が知られていますが、それにも関わらずがん発生率が一般男性と同程度になったのは、刑務所内でのがん診断に対する認識が高まり、診断体制が改善されてきた結果だと考えられます。

ただし、女性受刑者については、子宮頸がんの上皮内がん(がんになる前の状態)の発生率が一般女性の約2倍と高く、子宮頸がんの予防とスクリーニングが十分に行き届いていない可能性が示唆されました。日本でも、女性受刑者に対する子宮頸がん検診の徹底が求められるでしょう。

【刑務所内のがん患者は適切な治療を受けられているか?】

研究の結果、刑務所内でがんと診断された人は、一般市民と比べて治癒を目的とした治療を受ける可能性が低いことが明らかになりました。特に、手術による治療を受ける割合が一般市民よりも有意に低くなっています。

これには、刑務所内の医療体制の問題や、受刑者の移動に伴う治療の中断、医療従事者と刑務官とのコミュニケーション不足などが影響している可能性があります。また、治療に関する情報提供や受刑者自身の治療選択の機会が十分でない点も課題として挙げられるでしょう。

【刑務所内のがん医療格差を解消するために何が必要?】

刑務所内のがん患者の生存率は、一般市民と比べて有意に低いことが示されました。この格差の約半分は、治癒を目的とした治療を受けられていないことが原因だと考えられます。

がんの早期発見と予防のために、刑務所内でも効果的ながん検診の実施と、喫煙対策などのリスク要因の管理が重要です。また、受刑者ががんと診断された際に適切な治療を受けられるよう、医療アクセスの改善と治療継続のための体制づくりが求められます。

さらに、皮膚がんのリスクについても注意が必要です。日光暴露量の多い環境で作業する受刑者や、衛生状態が十分でない場合は、皮膚の健康チェックを定期的に行うことが大切だと言えるでしょう。

今回の英国での研究結果より、刑務所内のがん医療の問題が社会的な課題として提起されました。日本で調査が行われた場合、どのような傾向になるかは不明ですが、同様の可能性があります。受刑者の人権と健康を守るために、行政・医療機関・市民社会が連携し、がん医療の格差解消に向けて取り組んでいくことが重要だと考えます。

参考文献:

Lüchtenborg, M., et al. (2024). Cancer incidence, treatment, and survival in the prison population compared with the general population in England: a population-based, matched cohort study. The Lancet Oncology, 25(5), 553-562.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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