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ウィンブルドンの伝統に打ち勝ちベスト16の錦織圭。8進出で歴史の一部になれるか?

内田暁フリーランスライター

■伝統の前では、まだ新参者の錦織■

今更ながらではあるが、ウィンブルドンは、伝統や“経歴”を重んじる大会である。

コート上では白を基調にしたウェアしか着用が許されず、今年はその厳格さに一層の拍車が掛かった。また、過去にこの大会で偉業やインパクトを残した選手には優しいが、新参者には厳しい顔を見せる。

「今までで一番良いプレーが出来ているので、ウィンブルドンでも今まで以上……3回戦よりは上に行きたい」

大会前にそう語っていた錦織圭は、過去2大会連続で3回戦の壁に阻まれてきた。今年は前哨戦のハレ大会でベスト4の結果を残したものの、芝の大会での優勝経験はない。

今年5月の全仏オープンでは、前哨戦で優勝や準優勝の好成績を残したこともあり、錦織に対する地元の注目度は開幕前からすこぶる高いと感じていた。その前年にベスト16に進出していた実績も、アジア人スター選手への興味をかき立てた要因だったろう。

しかしウィンブルドンでの錦織への関心度は、パリでのそれに比べれば随分と穏やかだ。何しろイギリスには、地元で連覇の期待がかかるアンディ・マリーという圧倒的なスターが居る。過去に幾度もこのコートで賜杯を掲げたロジャー・フェデラーや、ラファエル・ナダルにノバク・ジョコビッチらの歴代王者も居る。第10シードに数えられたとは言え、錦織はまだ伝統の壁を突き破るほどの実績を、137年の歴史を誇るテニスクラブでは残していない。

■わずか数ゲームを残し、40時間以上の中断を強いられた3回戦■

3回戦で錦織が苦しめられたのも、まさにこの“オールイングランド・ローンテニス&クローケクラブ”の慣習だ。グランドスラムはどの大会も基本的に2週間を掛けて行われるが、このウィンブルドンだけが唯一、中日の日曜日“ミドル・サンデー”には試合を行わない。日曜日は、神が定めし安息日。そんな鉄の掟が錦織に、残り僅か数ゲームを残し、40時間近くの中断を強いたのである。

土曜日に行われた3回戦の対シモネ・ボレーリ戦。錦織は、ランキング的には格下に当たるボレーリの臆さぬプレーに押され、終始先行される苦しい展開に。それでも第4セットをタイブレークの末に取りきり、ファイナルセットへと持ち込んだ。勢いは追い上げる錦織にあるか……そう思われた矢先の第5セット3-3。ここで日没のため、試合は中断となったのだ。

センターコートをのぞくコートには照明は付けないという、伝統にまずは阻まれる。そしてミドル・サンデーのために、続きが行われるのは月曜日。再開後は最短で3ゲームで終わる可能性もある、まさに集中力勝負である。

「こんな経験は初めてだったので、メンタルがとても疲れた。試合が夢にも出てきて、3-3の場面から2ゲームやっていました」

そう告白するほどに、日曜日は試合のプレッシャーに苛まれた。安息日に全く心が休まらぬ矛盾などは、100余年の伝統の前では看過される。再開後の最終セット、6-4で勝利した際に見せた激しいガッツポーズは、閉塞感を打ち破った者の迫力と気概に満ちていた。

自身初のウィンブルドンベスト16進出を果たした錦織だが、今朝の地元新聞などでの扱いはまだ小さい。ウィンブルドンの伝統は、まだその厳しい表情を緩めてはくれない。しかし本日の対ミロシュ・ラオニッチ戦に勝利すれば、ベスト8進出。

そうなれば“ラスト8クラブ”の一因としてその名を永遠に歴史に刻み、ウィンブルドンの伝統の一部になる。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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