元DeNA乙坂智、アメリカ野球挑戦へ。移籍先のアトランティックリーグとは?
DeNAが好調だ。現在、阪神と首位争いを繰り広げているチームは、元サイヤング賞投手、バウアーを迎え入れ、25年ぶりの優勝かとファンの間でささやかれている。
そのDeNAを一昨年シーズン限りで退団し、昨シーズンはメキシカンリーグでプレーし.367の高打率をマークした乙坂智が、アメリカ独立リーグで開幕を迎えた。
昨年、メキシコで会った彼は、自身の「これから」について、「メジャーに挑戦します」と言っていた。正直なところ、日本でレギュラーを張ったわけでもない彼のこの発言に私は少々驚かされ、活字にしてもいいのかと問い直したが、彼はきっぱりと「いいですよ」と返してきた。彼には、DeNA在籍時の2018年の年明け、彼がメキシコのウィンターリーグに武者修行を行った後にも話を聞いたことがあるが、そのときも日本球界のいごこちの悪さと、国外でのプレーの楽しさを語っていた。この男には、海外の水が合うのだろう。昨年もメキシコでのプレーの後もベネズエラのウィンターリーグでプレーし、レギュラーとして打率.333を残している。
今シーズンを迎えるにあたってメジャー球団との契約はならなかったが、乙坂は独立リーグのひとつ、アトランティックリーグのヨーク・レボリューションに入団した。リーグじたいは先月28日にすでに開幕を迎えていたが、今月9日のホームゲームで「アメリカデビュー」を飾った。2番センターでスタメン出場したデビュー戦では3打数2安打1得点でその実力をいかんなく発揮した。以後レギュラーに定着し、16日までに6試合に出場。打率.480と好調を維持している。
北米独立リーグ最強のアトランティックリーグ
乙坂がプレーしているアトランティックリーグは、アメリカ北東部、ニューヨーク周辺地域を基盤とする8チームから成る独立リーグである。日本では独立リーグと言えば、「プロ」であるNPB、アメリカでは「インダストリアル・リーグ」と呼ばれている社会人実業団、それに大学野球の下位に位置づけられるカテゴリーというのが一般認識だと思うが、北米のそれは、「プロ」の名に恥じないレベル、設備を誇る野球リーグである。
北米において現在に連なる独立リーグが発足したのは1993年のことである。内陸部の米加国境周辺を基盤とするノーザンリーグとシカゴを中心とする中西部を基盤とするフロンティアリーグがこの年にペナントレースを開始し成功を収めると、1990年代半ばには北米各地に雨後の筍のごとく独立リーグが林立するブームが訪れる。しかし、その後、財政基盤が弱く、好選手を獲得できないリーグは淘汰され、突然生まれては消える泡沫リーグである「アペンディクス(付録)」リーグと、プロにふさわしいレベルを誇り、MLB球団へ毎年のように選手を送り出す「4大リーグ」に分化していく。アトランティックリーグは、1998年に発足し、そのフランチャイズの立地の良さから、多くの観衆を集め、メジャー経験者を含む好選手を獲得することにより、ますますファンの心をつかむという好循環経営で、たちまちのうちに「独立リーグナンバーワン」の称号を「老舗」のノーザンリーグから奪ってしまった。
私はリーグ発足2年目の1999年にこのリーグを実見したが、ニューヨークから列車で1時間ほどのソマセットという地方都市にある新球場は、当時のMLB傘下のマイナーリーグのそれを凌ぐ立派なもので、フィールドでは、ダグ・ジェニングス(元オリックス)、ブライアン・トラックスラー(元ダイエー)、ヘンスリー・ミューレン(元ロッテ、ヤクルト)など日本でもおなじみの選手がプレーし、ビジターチームの監督も阪神、ヤクルトで活躍したトーマス・オマリーが務めていた。また、マウンドには日本人投手の姿があったが、オマリーの下でプレーしていたこの投手、田島俊雄(1986年南海ドラフト1位)は、このリーグでプレーした最初の日本人選手であった。
彼ののち、マック鈴木(元メジャー、オリックス)、大家友和(元メジャー、DeNA)、仁志敏久(元巨人など)、坪井智哉(元阪神など)ら多くの選手がこのリーグでプレーしたが、そのほとんどはMLBやNPBで一時代を築いた選手で、その彼らでさえも全盛期を過ぎてからはこのリーグでは思うような活躍ができなかったことからは、このリーグのレベルの高さをうかがい知ることができる。
このリーグのレベルについては、よく「3A」級と表現されるが、選手のロースターを見ると、「2.5A」と言ったところだろう。乙坂がプレーする今シーズンのヨークのロースターを見てもメジャー経験者はわずか2人。それも通算で数試合の出場にとどまっており、あとは3A出身者と2A出身者、それに独立リーグで長年生き残っている少数のベテランでチームが構成されている。このようなリーグでなぜメジャー経験者やメジャーまであと一歩の3A経験者がプレーするのかというと、特定球団とマイナー契約を結んでしまうと、そのチームのロースターに穴があくまでメジャー昇格は待たねばならないが、独立リーグからならば、30球団いずれからのオファーに対応できるからだ。実際、前年プレーしたレッドソックスから契約を解除された「世界の盗塁王」、リッキー・ヘンダーソンは、2003年シーズンのプレー先としてこのリーグを選び、シーズン途中にドジャースに緊急補強されている。
MLBから見れば、レベルの高い独立リーグは、リスクなしで選手をプールできる便利な存在である。シングルA以下のマイナーリーグは将来に向けての若い選手の育成、2Aはメジャー予備軍のエリートの育成、3Aはベンチ入りロースターから漏れたメジャーリーガーの調整の場と位置付けているMLB球団にとって、戦力になるかどうか未知数のベテランを置いておく十分な余裕はない。「現在のところは必要ないが、長いシーズン中には力を借りるかもしれない」ベテラン選手の貯水池として、アトランティックリーグは格好の存在と言っていいだろう。だから、MLBは、2020年シーズン後に行ったマイナーリーグの再編(各球団の保有ファームチーム数を揃え、球団数を大幅に削減)の際には、アトランティック、フロンティア、アメリカンアソシエーション、それにMLB傘下のアドバンスルーキー級から鞍替えしたパイオニアの4リーグを「MLBパートナーリーグ」として提携を結んでいる。
乙坂はアメリカンドリームを叶えることができるだろうか
年齢を考えると、29歳という乙坂の年齢は、マイナー契約でもMLB球団としては二の足を踏むものである。ただ、日本やメキシコ、ベネズエラでの実績を見れば、MLBのスカウトからも、バリバリのレギュラーとはいかないまでも、メジャーの舞台でプレーするだけのポテンシャルはもっているとはみなされていると思われる。夏場以降MLBチームには必ずと言っていいほど補強点が出てくる。乙坂が、好調を維持し、自分の持ち味であるディフェンスとシュアなバッティングをアピールし続ければ、「メジャーデビュー」も夢ではないだろう。
私がこのリーグに足を運んだのは、10年前が最後のことになる。やはりニューヨークから列車に乗って1時間半ほどのロングアイランド島にあるアイスリップという町の球場はまさにボールパークというにふさわしく、小さなスタンドの目の前で展開されるハイレベルなプレーにファンは歓喜の声をあげていた。乙坂の所属するレボリューションの本拠、ペンシルバニア州ヨークは、ニューヨークまで300キロほどと少し遠いが、アメリカ人にとっては「日帰り圏」だ。ビジターゲームならニューヨークやフィラデルフィアから列車でも足を運ぶことができる。また、同じリーグのハイポイント・ロッカーズ(こちらのフランチャイズはニューヨークからだとさらに遠いが)では日本ハムで活躍した台湾人選手、陽岱鋼もプレーする。
この夏、メジャー観戦を計画している人は、独立リーグナンバーワンのこのリーグにも足を運んでみてはどうだろうか。
もっとも、その頃には、乙坂はメジャーの舞台に立っているかもしれないが。
(写真は筆者撮影)