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北朝鮮社会が震撼「医大の性奴隷」事件で死屍累々

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(平壌写真共同取材団)

北朝鮮医学界の最高峰、平壌医科大学を震撼させた集団性暴力事件。エリート学生の性奴隷にされ、自ら命を絶った被害女子学生の母親は、不正行為の通報制度である信訴を使い、捜査と加害者に対する処罰を求め続けた。

しかし、その切実な訴えは無視され続けた。長い闘いの末、訴えがようやく取り上げられ、加害者は処刑、信訴を握りつぶしていた責任者やその家族ら60人が首都・平壌から追放される処分を受けた。まさに死屍累々の展開である。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

処分はそれにとどまらず、さらに上層部に及んだ。その様子を、デイリーNKの高位情報筋が伝えた。

今月1日、中央党(朝鮮労働党中央委員会)の組織指導部は、イルクン(幹部)全体を対象にした緊急講習会を開催した。

一堂に会したイルクンの面前で、突如として「ショー」が始まった。中央党の信訴処理部長のリ氏(50代中盤)、信訴請願課の課長、第2受付担当の第1部の部長ら4人に対する猛烈な「吊し上げ批判」だ。

以前から知り合いだった加害者の親から頼まれ、被害者の母親の信訴を握りつぶしていた件に対して、組織指導部は「党と革命大衆の一心団結の根幹を揺らがす実例」と指摘、「人民大衆の声を黙殺した罪は、党の唯一指導体系を破壊し、唯一指導体制を蝕む恐ろしい思想の毒素」であるとして、4人と家族に対して、更迭、平壌からの追放、そして北朝鮮最大の塩田である平安南道(ピョンアンナムド)の広梁湾(クァンリャンワン)製塩所のヒラ労働者に身分を落とす革命化(下放)の処分が下された。

組織指導部は、「反党の道に落ちた者どもの末路がいかなるものか、目に焼き付けておくがいい」と宣言したという。

時代劇のお白州さながらの場面に、その場の空気は凍りついた。だが実は、このようなやり方は北朝鮮の常套手段だ。

金正恩氏の叔父にあたる張成沢(チャン・ソンテク)氏も、2013年12月8日、平壌で開かれた朝鮮労働党政治局の「拡大会議」の最中、名指しで「反党・反革命分子」と批判された。その場で逮捕・連行された張氏は、4日後に軍事裁判にかけられ処刑された。このようなやり方で幹部が粛清された例は枚挙にいとまがない。

恐怖を煽ると同時に、衆人環視の中で徹底的に辱めて見せしめにするもので、たとえ生き長らえ、処分が解かれて平壌に戻ったとしても、一度顔に塗られた泥はそう簡単に洗い流せるものではないだろう。

組織指導部は、「党と人民より個人の安楽と利害関係を優先させる汚物になってはいないか、集中的に思想を検討する必要がある」として、中央党本部に対する思想検討事業を進めている。

また、教育機関、国家保衛省(秘密警察)、社会安全省(警察庁)でも、厳しい思想検討と総和(総括)が行われており、平壌医大事件で解任、処分された幹部以外にも、さらに数十人の幹部がすでに更迭されたと、情報筋は伝えた。

一方で、金正恩氏の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長は、信訴システムのシステム改善に乗り出した。一例を挙げると、中央党の第2受付信訴請願室では午前と午後に、それぞれ1人の担当者が信訴を受付けていたが、これを3人ずつに増やし、相互監視の目が働くようにした。

この信訴は、民主主義や言論の自由のない北朝鮮で、庶民がお上に何かを申し立てることのできるほとんど唯一の仕組みだ。元々は法制度の外で運用されていたが、金日成時代にはそれなりに機能していた。1998年に制定された信訴請願法で、法的根拠が与えられたが、この時代には既に機能が低下していたと言われ、今でももみ消しや、加害者による逆襲などが後を絶たない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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