「選挙ドキュメンタリー」はなぜ人気なのか? 杉並区長選の映画も満席続出、そのおもしろさの理由を探る
現在、映画で人気ジャンルの一つとなっているのが、選挙ドキュメンタリーだ。
2024年1月2日より東京のポレポレ東中野で上映がスタートし、2月3日より大阪の第七藝術劇場ほか全国順次公開される『映画 ◯月◯日、区長になる女。』もその一本。ポレポレ東中野では連日満席を記録し、封切りから約1か月で2千5百人近くを動員するなど好評だ。
同作は、2022年の東京都杉並区長選に立候補して現職を187票差で破った新人・岸本聡子さんを追ったドキュメンタリー。ペヤンヌマキ監督が、自身が住むアパートが立ち退き危機にあることを知って杉並区の政策に関心を持ち、自分の目線で杉並区長選を映し出している。
近年は立て続けに選挙ドキュメンタリーの映画が公開、ロングランヒットを記録
「選挙」のおカタいイメージを払拭し、キャッチーな内容で幅広い層に届いた作品と言えば2007年公開の『選挙』だろう。主人公は、切手・コイン商の山内和彦さん。川崎市議会議員補欠選挙の公募に“まさか”の合格を果たして自民党公認の候補者となった山内さん。しかし政治とは無縁の人生を歩んできたばかりか、出身地も東京都で川崎とは縁もゆかりもない。ライバル候補はベテラン揃い。選挙戦で重要とされる三バン(地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(金))もない。苦戦必至だ。ただ「電柱にもお辞儀をせよ」を合言葉とし、家々をまわるなどしらみつぶしに支持を訴えるどぶ板選挙を展開して自分を猛アピール。そして奇跡の当選を果たす。山内さんが、選挙に振り回されながらも“下剋上”を実現させる様が鑑賞者の心をつかんだ。
2013年公開の『立候補』は、“スマイルセラピー”を提唱し、数々の選挙に立候補しては落選を繰り返すマック赤坂さんに密着。さらに数々の知事選に名乗りをあげた富豪・羽柴誠三秀吉さん、過激な選挙演説で注目を集めた外山恒一さんらも登場。泡沫候補と呼ばれる人物に焦点をあてたところが異色的で、鑑賞意欲を高めた。くわえて当時の大阪市長選の、維新の会の橋下徹さんと現職だった平松邦夫さんの激戦をまじえたところも刺激的だった。
ほかにも、2020年公開の『なぜ君は総理大臣になれないのか』は衆院議員の小川淳也さんに17年密着し、政治家としての目の輝きが少しずつ失われていく姿などをとらえた。同年公開『れいわ一揆』は山本太郎代表が率いるれいわ新選組の10名の候補者による衆議院選挙の模様を記録。2021年公開の『香川1区』は『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編的位置付けで、全国注目の選挙区に着目したもの。2023年公開の『劇場版 センキョナンデス』はラッパーのダースレイダーさんと時事芸人のプチ鹿島さんが、2021年衆院選、2022年参院選の候補者たちに突撃取材を繰り広げるだけではなく、安倍晋三元首相銃撃事件の影響、メディアのあり方などにも切り込んだ。同年公開『NO 選挙,NO LIFE』は各地のあらゆる選挙戦を取材するフリーランスライターの畠山理仁さんを主人公とした内容に。
特に近年は選挙を題材としたドキュメンタリー映画が立て続けに公開され、ロングランヒットするなど話題を集めている。
選挙ドキュメンタリーのおもしろさは「舞台裏」と「人間模様」
それにしてもなぜ、選挙ドキュメンタリーはおもしろいのか。
一つはやはり、立候補者の素顔や選挙戦の舞台裏である。表向きはしっかりしているように映る立候補者も、実は意外といろいろ抜けている部分が多々あったりして、思わず笑ってしまう。また、投票してもらうためになにをしたら良いか頭を悩ませる場面などは、当事者しか知り得ないことなのでとても興味深く映る。いずれからも選挙は決して敷居が高いものではないことが分かり、政治に興味を持つこともできる。
もう一つは、立候補者だけではなく、その支援者やアンチの存在のおもしろさである。それぞれの人間模様と事情が、時にはおかしさを呼んだり、社会課題を与えたり、感動を集めたりする。
『映画 ◯月◯日、区長になる女。』では、候補者の岸本さんが、12年(撮影当時)続く現職体制に疑問を投げかけ続けるベテラン支援者らの膨大な主張を背負い込み、さらにスムーズに進行しない会議などもあり、どんどん疲弊していく。これまでなかなか陣営から有力な立候補者が出せなかった原因はそういったことにあるのではないかと推察できる。そしてペヤンヌマキ監督も劇中「岸本さんは立候補を辞退するのではないか」と不安を募らせる。さまざまな人たちが入り乱れて“自我”を押し通すのが、選挙という“祭り”なのだと実感させられる。
同作の松尾雅人プロデューサーは、「ペヤンヌマキ監督も『選挙っていろんな人が集まってくるからおもしろいんです』と話していました」と明かす。一方、選挙ドキュメンタリーでそういった人間模様のおもしろさを撮れるかどうかは監督の腕次第なのだと言う。
松尾プロデューサーは「ペヤンヌマキ監督は自分でカメラをまわしながら、被写体に対して変な圧を与えないところが良いんです。カメラを持って被写体と対峙するのではなく、カメラを小脇に抱えて相手を見ながら話をし、撮影をしています。これは、簡単そうでなかなか出来ないことです。監督やカメラマンはどうしてもカメラを正面に構えて『さあ、撮りますよ。良いことを言ってください』という風になってしまいます。それがなく、相手と同じ目線で、懐にふっと入っていける撮影スタイルが突出しています。それゆえ、被写体のいきいきとした姿、愚痴、不安、言い争いまでも撮れたりするのです」と、見どころである“揉めごと”や岸本さんのストレスを捉えることができた理由を話す。
『映画 ◯月◯日、区長になる女。』ペヤンヌマキ監督に生まれた変化
松尾プロデューサーは、ペヤンヌマキ監督との付き合いのなかで政治の話は聞いたことがなかったという。だからこそ「監督から『選挙の映画を撮りたい』と聞かされたときは驚いた」と振り返る。
「僕の事務所に来てもらい直接事情を聞くと、彼女は区長候補者のチラシを胸の前に置き、街頭演説さながらに撮影の動機を語り始めました。撮影に際して一つだけリクエストしたのは、選挙を追うだけではなく、節目節目で自分にもカメラを向けて、その時々の気持ちを撮って欲しいということ。使うか使わないかは別にして、それまで政治や選挙や市民活動に無縁だった人間がなぜ関わることになったのかを、そのときしか湧いてこない感情と自分の言葉で残しておいて欲しかったのです」
松尾プロデューサーはこの『映画 ◯月◯日、区長になる女。』が「右とか左とか政党とか政局とか関係なく、住民のための政治、対話を重視する地域自治主義を掲げる候補者が選挙で勝ったという全国でも数少ない成功例を、映画の力で多くの方に届けたい。これからの民主主義を考えることに繋がれば嬉しい」とした上で、「監督自身、映画の題材となった杉並区の道路問題をきっかけに、地域の活動に参加するようになって知り合いができ、近所付き合いも始まり、地域の情報に明るくなったそうです。実際、災害や困ったことがあったときに、相談したり、連絡を取り合ったりする人が近所にいるのは大変心強いことです。政治の活動を通じて、そんな繋がりを持てたことは羨ましいと思いました」と、ペヤンヌマキ監督自身に生まれた変化についても口にする。
『映画 ◯月◯日、区長になる女。』に限らず、選挙ドキュメンタリーのおもしろさはもしかすると「舞台裏」「人間模様」を観る楽しさだけではなく、作り手、そして鑑賞者の個人の物語にも結びつく部分なのかもしれない。