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ノーベル賞のNHK解説に「キズナアイ」は適役なのか? ネットで炎上中【追記あり】

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
NHKのノーベル賞解説サイト

京大高等研究院の本庶佑特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。おめでたいことだ。

その前に、NHKはノーベル賞にちなんで特別サイトを開設(「ノーベル賞 まるわかり授業」)。

バーチャルユーチューバーのキズナアイが、「ノーベル賞 まるわかり授業」を行うということで、話題を呼んでいた(バーチャルYouTuberによるノーベル賞解説 NHKサイトが話題)。

ところがこのサイトは、その後、違う意味でネットで話題を呼んでいる。

太田啓子弁護士が、性的に強調された描写、女性の体をアイキャッチに使うことについて疑義を呈し、「NHKノーベル賞受賞サイトでこのイラストを使う感覚を疑う」とツイートしたからだ。

これに反対するひとたちは、別にキズナアイは性的じゃない、女性からも支持を得ていると反論、太田弁護士に賛同する人は「乳袋(という表現があるのを初めて知った)」やへそが出ている時点で、やはり性的ではないかと、ツイートが飛び交う事態になっている。

個人的には、やはりノーベル賞の受賞サイトでこれは適切ではないと思う。内容を見れば、キズナアイの台詞は最初から、

はーい、知ってます。

壊れないですか。

はい。

え~と、スマートフォンの頭みたいな、CPU。

やった~。あ、わかったバッテリー。

おお、やった!

出典:ノーベル化学賞に注目!

といった具合で、相槌が基本である。

その後も、

はいっ。

う~ん。

は~い。

はーい。

ほおー。

といったように、「相槌の名人」となっている。

【「相槌」がなぜダメなのかと思うかもしれないが、社会学では「権力」は相互作用の場面からもつくられていくと考えられている。コミュニケーションの場において、どのような言葉が交わされ、どのように会話が達成されるのか。コミュニケーションは当然、社会システムのなかで行われ、そしてまたその社会システムを再生産するのだ。

このNHKのサイトで「キズナアイ」に割り振られた役割は、基本的に相槌である。それは、従来「女性」に与えられてきた役割である。ある意味で、性別役割分業を再生産していると言えるのだ。

日常会話を「会話分析」すれば、男性の方が多く喋り、リーダーシップをとり、女性はその主張をサポートしたり、広げたり、頷いたりという補佐をしている。女性が喋ると、男性は介入し、話題を転換したり、あたかも先に自分がその考えをもっていたかのように「領有」したり、解説したりもすることが指摘されている(このような行為は、最近では「マンスプレイニング」という名前を付けられているようである)。

「女性がでしゃばっている。喋りすぎている」と感じられるとき、それは「女性」の役割を逸脱しているだけであって、男女の発言をぎゃくにして見れば、そうでないことすらある。男性が「その意見は違う!」と女性の発言に反論するときと、女性が男性にむかって「その意見は違う!」と遮るときを想像してみてもらえれば、あきらかに印象が違うのではないか?

人工知能であるという設定の「キズナアイ」であるが、この意味でも従来の女性の規範をなぞるだけの「役割」が主である。どうせだったら、人工知能という設定を生かして、もう少し専門的な解説をする役割を、振ることはできなかったのか。】

日本では近年、小保方晴子氏の「捏造」が発覚してから、ただでさえ少ない理系女子に対する眼差しはさらに厳しい(小保方晴子さんの「罠」 私たちはなぜ彼女に魅了されるのか)。

また東京医大の入試では、点数を操作して、女子受験生を恣意的に落としていたことが発覚(東京医大だけではない。女子中学生も入試で不当に落とされているー都立高校の入試の話)。

それを受けて、週刊誌が「女性医師の手術はいやだ」というタイトルの記事を書いている。

女性、とくに理系の女性に対しての風当たりは厳しく、ノーベル賞の受賞者も男性ばかりだ。

【ノーベル物理学賞で55年ぶり、史上3人目の女性の受賞者が出てことが話題になったが、日本ではノーベル賞を受賞した女性はいない。】

このキズナアイの代わりに、せめて白衣の女性が立ち、きちんと受け答えをしてくれていたら、女子学生はどれだけ励まされただろうか。

【とくに最近では、人間の「魅力」や「ルックス」も「能力」のひとつとして重視されるようになってきており、とくに若い女性に対しても「性的に魅力的であれ」という圧力は強まっている。その一方で、女性が普通に勉強をし、働くことに対してのサポートが、十分にあるとはいいがたい。そんななかで、「キズナアイ」に割り振られた「この役割」をみて、若い女性が励まされるだろうか?】

今後はぜひ、研究や教育にかかわる分野では、配慮をお願いしたい。

*「相槌」がなぜダメなのか、女性のノーベル賞受賞者が出ているのに配慮がない等の批判が寄せられたので、【】内を補足させていただき、またURLなどを追加した。それ以外は手を入れていません。またキズナアイが「相槌係」だと書いたことにかんして、「印象操作」で「捏造」で謝罪しろという批判が多く寄せられたが、そのことはまた別稿であらためて触れさせていただく。この件に関しては、相槌の数は「聞き手」であることを考慮したとしても、明らかに多いと考えている(2018年10月10日 13時30分)。

画像

なお10月3日、9時の時点で、スマートフォンから見ると、キズナアイはバストショットしか見えない(パソコンでは、へそなどの下半身が見える)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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