オズの魔法使いの心理学:性格とは何か? あなたもなりたい自分に。
◆オズの魔法使い◆
♪Somewhere over the rainbow…
虹の向こう側のどこかに
すばらしい場所がある。
そこでは、どんな夢もかなえられる。
ドロシー(ジュディ・ガーランド)が歌う「虹の彼方に」は、2001年全米レコード協会による「20世紀の名曲」で、1位に選ばれました。(下の動画で歌が聴けます)
アメリカの児童文学作家ライマン・フランク・ボームが書いた原作『オズの魔法使い』は、19世紀最後の年1900年に発表され、たちまち人々(子どもと子ども心を失わない大人たち)を夢中にさせます。ボームは、結局14冊の「オズ」シリーズを書きました。
『オズの魔法使い』は何十年も愛され続け、無声映画にもなり、そしてジュディ・ガーランド主演の有名なMGMミュージカル映画『オズの魔法使』が、1939年(昭和14年)公開。何と戦前の映画です(映画の邦題は『オズの魔法使い』ではなく『オズの魔法使』)。
この映画も、映画史に残る名作で、米国映画協会の「歴代名画ベスト100」で6位、「歴代名ミュージカル映画ベスト100」で3位に輝いています。アメリカでも繰り返しリバイバル上映され、世界中で10億人が見たと言われています。
原作や映画に登場する「黄色いレンガの道」や「エメラルドの都」は、アメリカ人の日常会話にも出てくるほど、みんなが知っている物語です。
私は1974年、テレビで初めて『オズの魔法使』を見て、すっかり魅了され、原作も読み、当時ビデオはなかったので、カセットテープに映画を録音して保存したほどです。
今年2013年3月、『オズの魔法使い』の前日譚『オズ はじまりの戦い』をディズニーが映画化。ブーム再燃で、書店にも原作が平積みされています。
さてこの物語は、原作者のボームが言うように、押し付けがましいお説教ではありませんが、100年以上にわたって、こんなにも多くの人をひきつけるのは、みんなが持っている心の悩みや希望の真理を表しているからでしょう。ここでは、ちょっと心理学の観点、特にパーソナリティの面から、のぞいて見ることにしましょう。
☆ ☆ ☆
♪鳥たちが虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだって飛べるはずです。
(このページでは、新作映画のネタバレはいたしません。原作と1939年の映画は、とても有名ですから、そのあらすじ、ストーリーはご紹介しつつ、人間の心について考えていきましょう。)
◆性格とは何か◆
かかしとブリキマンと臆病ラインが悩んでいたように、自分の能力や性格を悩んでいる人はたくさんいます。性格診断や性格占いは、テレビや雑誌の定番です。では、性格って何でしょう。
あの人がやさしいのはなぜか? それは優しい性格だから、と普通は考えるでしょう。性格というものが心の中にあって、その性格が原因となって、様々な感情や行動が出てくると考えるわけです。しかし、人々がやさしい性格と判断するのはなぜでしょう。それは、その人がやさしい行動をとっているからです。おや? これでは説明になっていません(ぐるぐる回りのトートロジー、循環論)。
心理学的には、「性格」はそれほどシンプルなものでもないし、心の中に宿っているものでもありません。ある人が、ある行動パターン、思考パターンを持っているのは事実です。でもそれは、生まれつきの部分と、これまで育ってきた環境と、そして今現在の状況が作り出しているものです。
これらを総合して、私たちは、この人の「性格」と呼んでいます。
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NHKの新しい朝ドラ「あまちゃん」の主人公は、東京では感情表現しない無口で地味な女子高生でした。しかし、岩手県北三陸で海女を始めた彼女は、ちょっと変なところはありますが、びっくりすれば「じぇじぇじぇ!」と大声を張り上げ、海に飛び込み、うに丼のお弁当を売っていて、後に地元のアイドルになっていきます。
彼女は、東京では「暗い性格」と思われていたでしょうし、岩手では「元気な性格」といわれるでしょう。
◆セルフイメージとしての性格◆
私は、こうして記事を書いていますが、もしも何かのきっかけで「自分は人に見せる原稿など書けない人間だ」と思い込めばどうでしょう。私自身は何も変わらないはずなのに、もう書けなくなってしまうでしょう。
心の悩みとは、そういうことです。私が、のどや脳の病気で話せなくなれば、もちろんそれは悩みますが、「人前で話ができない」という、いわゆる心の悩みとは違います。「人前で話せない」心の悩みを持っている人は、実は、「私には話せる能力があるはずだ、それなのに実際は話せないのが苦しい」という悩みではないでしょうか。
人は自分自身のイメージを作り出します。このイメージを作り出す枠組み、「セルフ・スキーマ」があります。心理学の研究によると、セルフ・スキーマが出来上がってしまうと、そのスキーマに合ったことが目に付きやすく、すばやく情報処理され、印象深く記憶に残ります。
たとえば、私は音痴だといったん思い込めば、歌が下手なことは恥ずかしい、みっともないといった情報ばかりが頭に入ってきます。歌で失敗したことがいつまでも記憶に残ります。こうして音痴でだめな私というセルフイメージが出来上がり、歌に関しては心配性になり、それに沿った行動をし、「性格」(行動パターン、主観的自分像、他者からの評価など)が作り上げられていきます。
◆かかしとブリキマンと臆病ライオンが求めていたこと◆
3人は、それぞれ問題を抱えていました。
かかしは、脳みそ(知識・知恵)がないことを悩んでいました。
ブリキマンは、心臓(ハート:やさしい心)がないことを悩んでいました。
ライオンは、勇気がないことを悩んでいました。
人間で言えば、「知・情・意」の問題ですね。
それぞれ、偉大なるオズの魔法使いに、願いをかなえてもらおうと、少女ドロシーと一緒に冒険の旅に出かけます。
映画『オズの魔法使』の中では、かかしは知恵を絞って作戦を考えます。ブリキマンはよく泣きます。ライオンは怖がりだけどドロシーのためにがんばります。
こうして悪い西の魔女をやっつけて、オズに会いに行ったのですが、実はオズにはそんな魔力はなかったのです。
◆オズがくれたもの◆
オズは、3人に、欲しいものはもう持っているのだと伝えます。木にぶら下がってただけのかかしは、オズの存在すら知りませんでした。でも、旅を通じて知識を得、頭を働かせることを学びます。オズは言います。「あんたは毎日何かを学んでおる。赤ん坊には脳みそはあるが、たいしたことは知らんじゃろ。経験だけが知識をもたらすのじゃ」。
ライオンにも、君はもうたくさんの勇気を持っていると告げます。「君に必要なのは、自信じゃ。生きとし生ける者で、危険に出会って怖いと思わないものはない。真実の勇気とは、怖いと思うときに危険に立ち向かい行動できることじゃ。」
ブリキマンも、すでにやさしい心をもっていました。オズは、3人にそれぞれ象徴となる卒業証書や、勲章や、ハート型の時計をくれますが、それはただの象徴です。経験を通して成長し、オズの言葉で自覚が生まれ、新しいセルフイメージが出来上がり、彼らの行動や思考や感情が変わっていきます。人々は、あの人たちは性格が変わって成長したと言うでしょう。
◆性格を変えたいあなたに・自分探し◆
自分の頭や性格に悩み、性格を変えたい自分を変えたいと思いながらも、自分探しと称して引きこもっている人もいます。でも、そんな自分探しは失敗します。かかしは木にかかったまま、ブリキマンはさび付いて動かないまま、臆病ライオンは虚勢をはって強がるまま。もしもそのままだったら、彼らは変化しなかったでしょう。
自分はもっとこうなりたいと願い、怖いけれど不安だけれど、歩き出す。敵は来る。傷つきもする。でも、目標がある。守るべき人もいる。その中で、私たちは本当の自分を探し出し、成長していけるのでしょう。
◆新旧のオズ映画◆
戦前の『オズの魔法使』を今見ても楽しめます。今も古びないということは、当時は画期的ということです。たとえば、主人公のドロシーが「虹の彼方に」を歌うシーン。実はもう少しでカットされそうでした。
当時の映画では、登場人物はきれいな場所で直立して歌います。ところが、『オズの魔法使』の主役ジュディーガーランドは、納屋の前で自然な動きを伴って歌います。映画会社の幹部たちはこれが気に入らずに、カットしようとしました。今見れば、当たり前の、美しいシーンです。
ジュディーガーランドのメイクも、当初はもっと濃いものでした。メイキング映像で、そのメイクを見ると、いかにも昔の映画です。けれども、カンザスの田舎娘なのだと、監督がメイクを変えます。こうして、メイクも衣装も、歌も踊りも、そしてストーリーも、今も色あせない名作が出来上がりました。
映画の冒頭、カンザスの場面は白黒映像。竜巻に飛ばされてオズの国にやってきて、ドアを開けると、そこはカラーの世界。当時はまだ珍しかったカラー映像が効果的に使われています。「カラーもいいでしょ」と映画に言われているような気がします。(「映画芸術はこの時代でもう完成した。その後、映画の本質は何も変わっていないと思わせるほど。同年の映画に、『風と共に去りぬ』『駅馬車』などもあります)。
新作映画『オズ はじまりの戦い』では3D技術が使われています。いろいろある3D映画の中には、別に3Dでなくても良いと思うものもありますが、この映画は3Dがおすすめです。「3Dもいいでしょ」と映画に言われているような気がします。しかし原作も旧作映画も、これだけ愛され続け、ファンの多い作品です。それだけに新作の作成は大変だったでしょう。私もファンとして心配もありました。
でも、大丈夫。新作映画は、原作や映画『オズの魔法使』の世界観を壊していません。それどころか、旧作のファンをにっこりさせるオマージュがいっぱいです。
新作のストーリーはオリジナルですが、テーマは同じです。「あなただってなれるわ。あなたが、そうなりたいと願うなら」。
ちょっとした小ネタやら魔法やらで、新旧がつながっているところがたくさんありますが、心に関しては、こんな場面も。
旧作(原作)で、心を欲しがるブリキマンに、オズは「心なんかがあると苦しいぞ」と言うのですが、ブリキマンはそれを受け入れ、苦しみと共に人を愛せる心を求めます。さて、新作。ある登場人物がとても苦しい体験をします。その心の苦しさをなくそうとしますが、でもその結果は、悲劇につながっていくのです。
◆私たちとメルヘン◆
本当のメルヘンは、子供だましではありません。本当の夢や希望は、人生の真理であり、心理学でもすこしずつ実証されつつあります(これからも、いろいろとご紹介していきます)。もちろん、現実は映画のように2時間でハッピーエンドにはなりません。努力がいつも報いられるわけがありません。けれども、社会心理学の研究によれば、努力は報いられると信じる人の方が、実際に努力が報われやすくなることは実証されています。「運命と努力の心理学:ローカス・オブ・コントロール(統制の所在)」
♪幸せの小さな青い鳥たちが
虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだってできないはずはない!
上の動画は、1934年の『オズの魔法使』が後にリバイバル上演されたときの予告編です。映画の楽しい雰囲気が良く伝わってきますね。アメリカ人が好んで引用するこの映画のセリフ、「トト、ここはカンザスじゃないみたいよ(Toto, I've got a feeling we're not in Kansas anymore.)」、「お家が一番だわ(There's no place like home.)」も、出てきます。
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BOOKS
- 『オズの魔法使い』ライマン・フランク・ボーム 著 (ハヤカワ文庫・1974) (岩波少年文庫・2003) (新潮文庫・2012)など、いくつかの翻訳が出ています。
- 『あなたはなぜ変われないのか: 性格は「モード」で変わる 心理学のかしこい使い方』サトウ タツヤ・渡邊 芳之 著 (ちくま文庫) よりよい自分になるために、性格は柔軟に変えていくことができることを、心理学者が解説。