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安倍元首相の国葬を前に欧州の報道を振り返る 銃撃事件発生への衝撃と日本の政治構造に対する問いかけ

小林恭子ジャーナリスト
事件を報道する日本の新聞各紙(写真:吉原秀樹/アフロ)

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」8月号掲載の筆者記事に補足しました。)

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 安倍元首相の国葬が9月27日に迫る中、銃撃事件発生後の欧州メディアの報道ぶりを振り返ってみたい。

 7月8日、安倍元首相の銃撃死は欧州内でも大きなニュースとして報じられた。筆者が住む英国、フランス、ドイツではどのような論点があったのか。

 元首相が選挙戦の応援演説中に銃撃されたのは、先月8日午前11時半頃である。英国では午前3時半頃に当たる。

 この日、筆者はたまたま早朝に目覚め、英BBCのニュースサイトを閲覧していた。午前5時過ぎに第一報に気づいたように記憶している。午前6時直前、BBCはサイト上に重要なニュースを刻一刻と伝える「ライブ・リポーティング」というコーナーを設置し、ここで銃撃事件を随時伝えた。まもなく、トップ記事が銃撃事件となった。

 銃撃の前日、英国ではジョンソン首相(与党・保守党党首、当時)が党首辞任の意向を表明し、英政界は次の党首候補は誰かで大騒動となっていたが、翌8日、英新聞の複数のウェブサイトでは安倍氏銃撃のニュースがトップあるいは準トップの扱いを数時間維持した。

 経済紙「フィナンシャル・タイムズ(FT)」のウェブサイトもトップ記事として扱った。当初、記事に付けられた写真には撃たれた元首相が路上に横たわっている姿が映っていた。同氏の頭部が見える、生々しい画像だ。事件の概要を伝える記事を読むと、下のコメント欄に「不愉快だ。この画像を載せる意味はない。変えるべき」という一読者の意見が載っていた。まもなくして、容疑者が警備員らに取り押さえられる写真に変更された。

 事件当日、自宅のテレビでフランスの国際放送局「フランス24」、欧州のニュースを伝える「ユーロニュース」、カタールの衛星放送「アルジャジーラ」(それぞれの英語版)を見てみると、英メディア同様大きな扱いだった。安倍元首相の国際社会での存在感を示すものと言えよう。

日本で銃犯罪が発生したことへの衝撃

 どのメディアも衝撃として伝えたのが、安全なはずの日本で銃犯罪が発生した点だった。

 英リベラル系ガーディアン紙はなぜ銃を使った犯罪が日本で珍しいのかを解説した(7月8日付)。その理由は法律で銃の所持が禁じられ、所持が許される場合でも煩雑な手続きが障害になるからだ。

 BBCや英テレビ局「チャンネル4」は日本での銃による犯罪件数は「年に10件ほどしかない」と報道した。だからこそ安倍氏の銃撃死が日本国民にとって大きな衝撃になる、と。

 BBCの東京特派員ルパート・ウィングフィールド=ヘイズ氏は、警備の緩さを指摘しながら、安倍氏の銃撃死が「日本を変えるのは確かだ」とレポートした(BBCニュース、8日付)。

 平日夕方放送の報道番組「チャンネル4ニュース」には安倍元首相のスピーチライターだった谷口智彦氏が遠隔出演した。暗い室内でカメラの前に座った同氏は黒っぽい背広、黒いネクタイ姿である。安倍氏の死によって「私の人生の目的がほぼ終わったも同然だと感じている」と開口一番に語った。

 司会者は、安倍氏が「政治の伝統がある家系の出身、最長の政権を維持した」、「オバマ及びトランプ米大統領など、世界中の政治家から尊敬を得た」と功績をまとめた。

 谷口氏は安倍氏が今後最も人々の記憶に残るのは、「日本を再形成しようとしたこと、世界に向かって日本の位置を再構築しようとしたことなるだろう」と述べた。

 谷口氏へのインタビューの前にはインドのモディ首相やカナダのトルドー首相の安倍氏への追悼を表明する動画が流れた。両者ともに安倍氏を称賛する言葉を並べた。

 チャンネル4ニュースは辛口の報道で知られる番組だが、今回は安倍氏およびその政権を批判らしい批判がないままに伝えるという非常に珍しい報道だった。批判がなかったのは、単に日本及び安倍氏についての知識が十分ではないという要素もあったのかもしれない。少なくとも、この日のキャスターは準備されたテキストに沿って質問しているだけ、という印象を筆者に与えた。

 英国のほかの媒体でも高く評価する論考が複数出ていた。

 例えば英ニュース週刊誌「エコノミスト」はアジア事象について書く「バンヤン・コラム」で、日米、オーストラリア、インドの4カ国の枠組み「クアッド」が元々は安倍氏の提唱によるものだったと指摘し、「自由で開かれたインド太平洋」という概念は「安倍氏の大きな地政学上のレガシーの一つ」と書いている。

 かつて英メディアの一部は、安倍元首相を「超タカ派」、「日本の平和憲法を書き換え、再軍備をもくろむ危険な政治家」という文脈で言及していたが、欧州では中国やロシアなど「敵」の存在感が増し、受け止め方が変わったようだ。

長期政権と民主主義への疑問

 一方、フランスの中道左派「ル・モンド」紙のフィリップ・メスメル東京特派員は安倍氏の訃報記事(7月10日付)の中で、経済政策アベノミクスの功罪、憲法の再解釈によって自衛隊の集団自衛権行使を可能にし、特定秘密保護法による国家機密の保護やテロ法を厳格化したことなどに言及した。

 また、「国連が批判するほどのメディア支配によって、森友学園問題、加計学園の獣医学部新設問題の衝撃を最小化させることができた」と分析した。

 元首相は東京五輪の成功を弾みとして「憲法改正に持ち込もうとした」が、新型コロナの感染が広がり、五輪は延期となったため、「野心を断念せざるを得なくなった」。

 同記者は安倍氏を「優柔不断で、無反応、コミュニケーション能力が低い」と評し、「危機においては不利な指導者に見えた」と手厳しい。

 ドイツの週刊誌「シュピーゲル」はヴィーランド・ヴァグナー記者が「安倍氏の死が日本の将来にとって何を意味するか」と題された記事(7月11日付)を書き、この中で日本の民主主義の実態に注目した。日本は「1955年以来自民党がほぼ継続して政権を担当してきた」、「語るに足るほどの野党はいない」、7月の参院選の投票率は52.05%で「約半数の有権者が投票に行かなかった」。

 そこで記者は問う。「日本の民主主義は機能しているのか」。

 事件発生直後、殺害の動機は捜査中ではあったが、容疑者は特定の宗教団体への恨みがあったことが報道されていた。記者は、ここに特定の党の長期政権が続く日本流民主主義の構造を嗅ぎ取る。

 日本の「政治家は専門家集団や宗教集団などの強力な組織に大きく依存している。こうした団体がしばしば組織票を動員できるからだ。一方、個々の有権者やその悩み事はまともに扱われない」。

 安倍政権の評価はどの面に注目するかで分かれるとしても、有権者個人の懸念を吸い上げ、これを政治の場に生かす構造になっていないのではないかという記者の問いかけは一聴に値する。その後、政治家と統一教会との関係が大きく問題視されていくが、それを予測するような論考だった。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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