寛容の国スウェーデンで極右「自警団」が難民の子供たちを襲撃
「もうたくさんだ」
スウェーデンのストックホルム中央駅などで29日夜、難民施設の女性職員が15歳の少年に刺殺された事件に絡み「もうたくさんだ」と難民排斥を訴える黒覆面の極右グループ40~50人が路上で暮らす移民か難民の子供たちを次々と襲撃する騒ぎが起きました。「自警団の登場」を称賛する声もソーシャルメディアにアップされています。警察は男数人を拘束して捜査を開始しました。
まずロシアのニュース専門局RT(旧ロシア・トゥデイ)をご覧下さい。黒い覆面をした男たちが棍棒を手にして子供を追い回す様子が撮影されています(1分16秒以降)。スウェーデン・メディアは移民排斥を掲げるスウェーデン民主党に利用されないよう移民や難民の問題を抑えめに報道しているのに対して、RTはかなり詳しく伝えています。
スウェーデンは移民にも難民にも最も優しい国と言われてきましたが、昨年の欧州難民危機で16万3千人もの難民が押し寄せたため、社会の緊張が高まっています。
けんかを止めようとして刺殺される
そんな中で、西部ヨーテボリの難民施設で25日朝、難民申請中のソマリア人少年(15)が女性職員アレクサンドル・マザハルさん(22)を刺殺する事件が起きます。マザハルさんの家族はレバノン出身のキリスト教徒で、身寄りのない14~17歳の難民が暮らす施設で2~3カ月前から働いていました。
英大衆紙デーリー・メールのスクープによると、マザハルさんは泊まり勤務を終える直前、ソマリア人少年が他の少年とつかみ合いのケンカを始めます。止めに入ったマザハルさんはソマリア人少年に背中と腿を刺され、病院に運ばれましたが、死亡してしまいます。
ソマリア人少年は神経衰弱に陥っており、頭の中で人の声が聞こえると訴えていました。事件前夜もまったく眠れなかったようです。難民施設は政府からの委託で民間業者が運営していました。職員を増員すべきだという指摘を受けていましたが、利益を優先したため、最小限の職員数で回していたそうです。
スウェーデン人の男200人が今日集まった
一方、覆面の極右グループが配っていたビラにはこう書かれています。「警察はスウェーデン国民を襲う犯罪を捜査し、防ぐことがもはやできなくなったという報道が国全体にあふれている。(マザハルさんが刺殺された)事件では、警察庁長官は被害者よりも犯罪者に共感を寄せている」
「私たちはスウェーデン女性への攻撃とハラスメントが繰り返されるのを断固として許すことはできない。私たちの安全な社会が破壊されるのを許容できない。一般のスウェーデン人にとってスウェーデンの通りは安全に歩くことができなくなっている」
「問題を解消するのは私たちの義務だ。北アフリカのストリート・チルドレンが首都の中央駅で暴れ回るのに対抗するため、スウェーデン人の男200人が今日集まったのだ」
移民統合政策では世界一のスウェーデン
スウェーデンは出稼ぎ労働者だけでなく、難民をたくさん受け入れてきました。外国生まれの人口は2014 年時点で160万3551人。総人口は974万7355人なので、移民は16.5%以上とみることができます。フィンランド生まれの人に次いでイラク生まれの人が多いのはイラク戦争とその後の内戦で多くの難民を受け入れてきたからです。
「寛容の国」スウェーデンでいったい何が起きているのでしょう。まず各国の移民政策を比較した「移民統合政策指標(Migrant Integration Policy Index)2015」をみてみましょう。欧州連合(EU)加盟国に米国やオーストラリア、カナダ、日本などを加えた38カ国中、スウェーデンの総合得点は下のグラフを見ていただくと分かるように78点で前回2010年に続いてトップです。ちなみに日本は44点で27位です。
各分野でスウェーデンは(1)労働市場へのアクセス98点(2)家族の呼び寄せ78点(3)教育77点(4)政治参加71点(5)長期滞在強化79点(6)国籍取得73点(7)差別防止措置85点――と高得点をあげています。別の角度からも見てみましょう。
労働市場への統合は進まず
英国で暮らしている筆者は以前からスウェーデンより英国の方が移民統合は進んでいるという印象を受けていましたが、移民統合政策指標では英国は57点の11位に過ぎません。スウェーデン生まれと外国生まれの就業率を経済協力開発機構(OECD)データで比較してみます。
スウェーデンは77.7%と英国の72.4%を上回っています。外国生まれで見てみると、スウェーデンは63.5%、英国は69.4%と逆転しています。つまりスウェーデンの移民統合政策は最も進んでいるのですが、実際の労働市場への統合はそれほど進んでいません。英語の習得がスウェーデン語に比べて簡単だからかもしれません。
ストックホルム在住の男性によると、スウェーデンではスウェーデン語が満足に話せないと就職が難しい上、同国の産業が高度化し、労働生産性が高いことが外国生まれの労働者の就業率を押し下げているとも言います。単純労働者の働き口はだんだん減ってきています。スウェーデンの若年失業率も若干下がったとは言うものの、高止まりしたままです。スウェーデン人の若者でも就職が難しいのに、移民や難民の就職はさらにハードルが高くなります。
フーリガン化する若者たち
スウェーデンでは就職できずにブラブラしている若者が増え、フーリガン化して、フラストレーションのはけ口を立場の弱い移民や難民に求めています。外国生まれの失業率が2014年で16.4%(スウェーデン生まれは6.2%)にのぼっていることで社会保障の支出が膨らんでいます。「働かない移民がスウェーデン人の年金や医療費を食い潰している」という主張が説得力を持ち、移民排斥を唱える右派ポピュリスト政党・スウェーデン民主党は最近の世論調査で何度も支持率トップになっています。
スウェーデンのイーゲマン内相は1月27日、昨年同国に到着した移民のうち難民申請が却下された6万~8万人を国外退去処分にする方針を発表しました。同月4日からは難民流入を制限する措置としてデンマークからの入国者に対してパスポートなど写真付き身分証明書(ID)のチェックを始めました。パスポートなしで国境を行き来できるシェンゲン協定は事実上、崩壊状態にあります。
寛容の国スウェーデンが生み落とした極右グループの「自警団」は欧州の未来にとって非常に危険なシグナルです。難民危機は極右ポピュリズムの強烈な追い風になっています。
(おわり)